文芸– category –
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寺山修司の『あしたはどっちだ』 明日とは一番無縁な人の明日論
『あしたのジョー』の主題歌「あしたは どっちだ」は寺山修司の作詞。寺山修司ほど「あした」という言葉が似合わない人もない。寺山修司の場合、「今、この瞬間」、「今日」こそが人生そのものだから。 -
人生というのは、いつ始まるのだろう
泥水すすって、初めて知る世間もあり、生きていくということは、実に奥深い。奥深いからこそ、子供には第二の誕生が必要で、二度目に生まれた時には、人生はただ苦痛なものではなく、不様でも生きるに値するということが、ようやく分かってくるのである。 -
寺山修司の『時速100キロの人生相談』~高校生の悩みに芸術的回答~
寺山修司が高校三年生の悩みに芸術的に回答。斜め下から真理を突き刺すような分析と比喩が素晴らしい。『幸福はもっと、たけだけしいものだ / 地獄を肉眼でとらえなさい / 怒るなら、もっとでっかく怒ることです / 想像力で人生を変えなさい /目的を作り出してゆくのが日々の営み / 人間は進歩するのではなく、変化するもの』など。 -
生まれた時代が悪いのか、それとも俺が悪いのか ~ガラクタでも輝けた1960年代
「生まれた時代が悪いのか、それとも俺が悪いのか。何もしないで生きてゆくなら、それはたやすいことだけど」。若者が権力に逆らった時代でもある1960年代の追想と、スポーツ界の敗者について綴るコラム。ガラクタでも光り輝ける時代の寛容さと現代の厳しさ。 -
文学と自己啓発の違い ~詩を役立てる心とは 寺山修司『人生処方詩集』
『人生処方詩集』の冒頭で、寺山修司は詩が役に立たないものとして無視されてきた歴史を指摘する。対照的に「役立つ詩」「食える詩」が自己啓発だ。人間の本質を無視した理想一点張りの人生論はかえって人を不幸にする。文学は人間のありのままを描く芸術である。文学と自己啓発の違いについて考察するコラム。 -
支配する母親と囚われる息子の歪な愛憎を描く 戯曲『毛皮のマリー』
男娼マリーは美少年・欣也を部屋に閉じ込めて育てていたが、ある日、美少女が現れ、外の世界に誘う。寺山修司と母・はつの親子関係を彷彿とする戯曲の名台詞と舞台劇の見どころを紹介。 支配する母親と囚われる息子の歪な愛憎をテーマにしたコラムを掲載しています。 -
『幸せ』が人生の目的ではなく 寺山修司の『幸福論』 / 佐藤忠男の解説「自分の不幸も表現しよう」
一般的な幸福論と異なり、自分が幸せと信じるものを根底から覆し、世界の見方を教えてくれる斬新な一冊。『自分の不幸も表現せよ』という評論家・佐藤忠男氏の解説と併せて、見どころを紹介。コラム『幸せになれない自分も大切にしよう』と併せて。 -
どんな偉大な作家も半分しか書くことはできない ~寺山修司の論談より
心の中、あるいは頭の片隅に、何かアイデアを抱えていても、「恥ずかしいから」「まだ中途だから」「素人だから」「時間がないから」、等々、様々な理由で、表明しない人は少なくないと思います。 しかし、誰にも言わず、形にもしなかったら、それは最初から存在しないのと同じこと。 いくら頭の中に素晴らしいストーリーを思い描いていても... -
初めに《御言葉》があった。《御言葉》は神であった
ヨハンネスによる福音 《御言葉》が人間となった 初めに《御言葉》があった。《御言葉》は神とともにいた。《御言葉》は神であった。 このかたは、初めに神とともにいた。 神はこのかたによって万物を造った。 造られたもので、このかたによらないで造られたものは何一つなかった。 このかたによらないで造られたものは何一つなかった。 こ... -
羊飼いが天使と出会う時 ~福音は信じる者に訪れる 《世界で最初のクリスマス》より
ルカスによる福音書より。貧しい羊飼いたちにメシアの生誕を告げたのは天使の大軍だった。カメラも書物も、人権という概念さえも無い時代、イエスの言葉は神のように美しく感動的だったろう。聖書とは何か、天使は存在するのかについて綴るクリスマス・コラム。 -
正しいことのために苦しむ ~悩むのは真剣に生きている証し 《ペトロスの手紙》より
「神の意志によるのであれば、善を行って苦しむほうが、悪を行って苦しむよりはよいのです」あれこれ悩むのは真剣に考え生きている証し。気にかけない者に悩みはない。正しく悩む者は神に愛され、報われるという喩え。 -
我に触れるな Noli Me Tangere ~マグダラのマリアと西洋絵画
聖書とキリスト教において謎と魅力に満ちた女性、マグダラのマリア。ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』ではイエスの妻とされていましたが、真偽はともかく、深い心の交流があったのは確かでしょう。イタリアの巨匠ティツィアーノの名画を交えながら感動的な再会の場面『我に触れるな(ノリ・メ・タンゲレ)』について解説。 -
エロスとプシュケの寓話 ~愛と疑いは一緒にいられない
恋の神エロスはプシュケに恋をし、姿形を隠して結婚生活を送るが、夫を疑うプシュケは明かりをかざして神であるエロスの姿を見てしまう。エロスは「愛と疑いは一緒にいられない」と言って飛び去るが、プシュケは困難を乗り越え、神の一員として迎えられる。人間の魂の変容を描いた名作。 -
エロスとは上昇する生のエナジー ~ヴィーナスとクピドの神話より
海の泡から生まれた美と愛の女神ヴィーナスと息子クピド。エロスは上昇する生の象徴でもあり、所有と欲望の愛に突き動かされる。エロスの本質を絵画と併せて綴るエッセー。 -
男は死んでも櫻色 (三島由紀夫) / 武士道とは、死ぬ事と見付けたり
男は死んでも櫻色。切腹の前には 死んでも生気を失わない様に頬に紅をひき、唇に紅をひく作法があった。敵に封じて恥じない道徳は死の後までも自分を美しく装い自分を生気あるように見せるたしなみを必要とする。散り際の美学を説く三島由紀夫の名言。 -
初心者にもわかりやすい キリスト教の本 ~西洋美術や映画をより深く理解するために
聖書が身近に感じられる初心者向けの書籍を紹介。ビジュアル資料や西洋絵画を通してキリスト教への理解が深まること間違いなし。新約聖書・共同訳、創世記・岩波文庫、西洋絵画の主題物語など。 -
この世は辛い事ばかりだから、私なら最初から産まないわ ~ミケランジェロの『ピエタ』より
お堅いクリスチャンのハワードは美少女フローレスに恋するが、彼女は悲しい生い立ちからハワードの信仰心を揶揄し、反抗的な態度を取る。ミケランジェロの『ピエタ』を前にフローレスは「産まないことが愛の証」と言い、ハワードはそんな彼女の苦しみに寄り添う。 -
人にあわれみをかけない者には、あわれみのないない裁きが下される ≪新約聖書より≫
「人を差別するなら、あなたたちは罪を犯すことになり、立法によって違反者と断定されるのです。律法全体を守ったとしても、一つの点で落ち度があるなら、律法全部の点について有罪となるからです。人にあわれみをかけない者には、あわれみのないない裁きが下されます。あわれみは裁きに打ち勝つのです」ヤコポスの手紙 『差別に対する警告』 より。 -
決意より信念を維持する方が難しい 《新約聖書より》
あなたたちは、光に照らされた後、苦しい大きな戦いによく耐えた初めのころのことを、思い出してください。 あざけられ、苦しめられて、見世物にされたこともあり、このようなめに遭った人たちの友となったこともありました。 実際、あなたたちは捕らえられた人たちと苦しみをともにし、また、自分がもっとすばらしい、いつまでもなくならな... -
クリスマスとイエス・キリスト ~真理は、あなた方を自由にする
この方は、人類のあらゆる罪を一身に背負うために、この世に現れたのだ。ご覧、あの十字架に、世界中の苦痛がのしかかっているようではないか。これは終わりではない。始まりだ。いずれ、世界中の人々がこの方に付き従って行くだろう