詩とアフォリズム– tag –
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美輪明宏の『愛の讃歌 ~エディット・ピアフ物語』/ 『花』
美輪明宏の『愛の讃歌 ~エディット・ピアフ物語』について 舞台『愛の讃歌 ~エディット・ピアフ物語』は、寺山修司・原作『毛皮のマリー』や江戸川乱歩・原作『黒蜥蜴』に並ぶ、美輪明宏の代表作です。 私も2000年6月の大阪公演を観劇し、非常に感銘を受けました。 エディットというシンガーを決して美化することなく、それでいて、歌に... -
一生に一度だけ、誰でも詩人になる ~寺山修司の名言より
人は一生のうちで一度だけ、誰でも詩人になるものである。だが、やがて「歌のわかれ」をして詩を捨てる。そして、詩を捨て損なったものだけがとりのこされて詩人のままで年老いてゆくのである。 私もまた、詩を捨て損なったにがい心をいだきながら、群衆の中におし流されていきつつある。 だが、もし船出にまにあっていたら、私は冒険家にな... -
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし ~作品の感想は自分の言葉で表そう
マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや。擦ったマッチと吸い殻はどこにいったのか。私にはポイ捨てできずに、コートのポケットに忍ばせて持ち帰った寺山修司の姿が浮かぶ。 -
古今東西の名言 御言葉50選
われわれの人生とは、われわれの思考が作り上げるものに ほかならない / 常に何かを聞き、常に何かを考え、常に何かを学べ。 これが人生の真の生き方である。何事も切望せず、 何事も学ばない者は生きる資格がない。 -
革命を遠くから見ているだけでは何も変わらない ~『千一夜物語・新宿版』より
「目玉なんて何もなりゃしない。革命を遠くから、見ているだけだ。大切なのは心臓だけだ」ただ論じているだけでは無力で、縦のものを横にする勇気と行動力がなければ、どんな立派な論説も空回りに終わってしまう。 -
【詩とJAZZ】私の月に会いに行く ~JAZEBOO『Acapulco』
【詩】 私の月に会いに行く 辛い時、悲しい時 太陽ではなく、月を見上げるのは何故だろう。 同じ天宮に輝く星なのに、太陽ではなく、月に救いを求めるのは……? 昼の中では 自分を知るのが怖くて 瞳を開くのも躊躇われる時も 月明かりの下なら ほんの少し 自分の心を感じることができる 太陽には見せられないものも 月明かりの下なら ほん... -
フリードリヒ・ニーチェの哲学 「自己超克」と「生の肯定」は本当に救いになるか
生そのものが、柱を立て、階段をつくって、高みを目指して、おのれを打ち建ててゆこうとする。生は、はるかな遠方に目をそそぎ、至福の美を望み見ようとする。そのために生は高みを必要とするのだ。ニーチェの哲学の心髄である『自己超克』に関するエッセー。 -
詩を書く心・言葉で一瞬を永遠に留める ~寺山修司の少女詩集に寄せて
ハイティーン詩集傑作選もみずみずしい筆致で綴られた可愛い作品ばかりだ。「寺山修司なら読んでくれる」。そんな信頼も感じられる。だから、みな「ポエム」などと自嘲したりしない。自分の言葉を大事にする者は、相手の言葉も大事にできる。幼い詩人に必要なのは、詩を批評する先生ではなく、その詩情を受け止めてくれる優しい大人だろう。 -
人は「時を見る」ことなどできない ~認識の仕方は人それぞれ 『仮面画報』より
人は「時を見る」ことなどできない。見ることができるのは、「時計」なのである。人は「それ」をどのように認識するのだろう? 事象は事象であって、それ自体は何の意味もなさない。 -
『ことばは友だち』 いい言葉との出会いは、よき人との出会い ~『両手いっぱいの言葉』より
気の利いた「言葉」は、それ自身で、友人になることもある。途方にくれているとき、いいアドバイスをしてくれるからである。 -
それでも、蛍は光を灯しつづける 『さかさま博物誌 青蛾館』より
「蛍の光で書物を読むのは、蛍ではなく人間である。蛍は自分の光で、自分を照らすことなどできないし、その光で自らの道を照らすこともできないであろう。それでも、蛍は光を灯しつづける」 芸人はお客より自分の楽しみを優先したら終わり、という喩え。 -
詩心とは世界と人を愛する気持ち 『寺山修司 少女詩集』について
寺山修司の『少女詩集』の概要と「一ばんみじかい叙情詩 / しゃぼん玉 / 三匹の子豚 / 十九歳 / かなしみ / 汽車」を紹介。詩は役に立たないものにも美しさを見出し、人間社会に潤いをもたらす。コラム『詩心とは人と世界を愛する気持ち』と併せて。 -
懐かしのわが家(寺山修司の遺稿)
ぼくは不完全な死体として生まれ 何十年かかって 完全な死体となるのである そのときが来たら ぼくは思いあたるだろう 青森市浦町字橋本の小さな陽あたりのいい家の庭で 外に向かって育ちすぎた桜の木が 内部から成長をはじめるときが来たことを -
ふしあわせという名の猫がいる 【寺山修司の詩】
ふしあわせという名の猫がいる。いつもわたしにぴったりよりそっている。でもその猫は気まぐれなので突然 どこかに行ったりします。ふらりと帰って来た時にはしあわせ という名の大きな魚を口にくわえていたりします -
紫色の涅槃 ENZOのピアノ・インストゥルメンタル『Mystic River』
数あるピアノ・インストゥルメンタルの中でも、メランコリックで透明感あふれる曲調が印象的なアーティスト、ENZO。 特に代表作の『Mystic River』は遠い涅槃を感じさせる、幻想的で、非常に美しい楽曲だ。 ところが、ENZOのプロフィールはどこを探しても見当たらない。 まるで存在そのものが Mystic River のように、ピアニスト・ENZO の情... -
心のホームレス Monde Grossoの『1974-Way Home』~美しいジャズ・インストゥルメンタル
帰る場所のある人は幸せだ。帰る場所があるから、何所までも遠くに行くことができる。帰る場所がなければ、何所にも行かれない。それが家の中であれ、生まれ育った町であれ、何所にも行けないのは、帰る場所がないからだ……切なくも甘美なメロディが印象的なMonde Grossoの名曲をYouTubeとSpotifyで。 -
ロック史に残る叙情詩 『天国への階段』 レッド・ツェッペリン
初めて『天国への階段』を聴いたのはスティーブ・マックイーンの訃報を聞いた時。曲のタイトルもツェッペリンの名前も知らなかったが、天国をイメージした曲だということは分かった。曲にまつわる詩と伝説的名盤『Ⅳ』について紹介。 -
FMラジオ少女だった私 ~エアチェックとカセットテープとクロスオーバー・イレブン
昭和の時代、CDさえなかった頃、FMラジオが唯一の音楽源だった。エアチェックで好きな曲を録音し、カセットテープをコレクションする。当時音楽を所有することは大変な労力と情熱を必要としたのだ。リスナーの熱烈なリクエストによって構成されるラジオ音楽番組も素晴らしかった。 -
アルトゥール・ランボーの詩と伝記映画『太陽と月に背いて』
もう一度 探し出したぞ。何を? 永遠を。それは、太陽と番った 海だ。待ち受けている魂よ、 一緒につぶやこうよ、空しい夜と烈火の昼の 切ない思いを。フランスの天才詩人ランボーの傑作と、ポール・ヴェルレーヌとの男色スキャンダルをテーマにした映画『太陽と月に背いて』の魅力を紹介。 -
アーサー王伝説『シャロットの女』 恋と孤独を恐れた処女姫
呪いをかけられ、高い塔に閉じ込められた乙女にとって、外界と繋ぐ唯一のものは鏡だった。ある日、その鏡に騎士ランスロットが写り、その麗しさに魅了された乙女は思わず外界を目にして「呪いが私にふりかかった」と叫ぶ。運命を覚った乙女は一隻の船に乗り込み、最後の歌をくちずさみながら、やがて息絶えてしまう……。