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寺山修司のコラム『さかさま博物館 青蛾館』より
蛍の光で書物を読むのは、蛍ではなく人間である。
蛍は自分の光で、自分を照らすことなどできないし、
その光で自らの道を照らすこともできないであろう。それでも、蛍は光を灯しつづける。
世の中には、「役に立つ言葉」や「救いの言葉」があふれている。
でも、それを書いている本人には何の救いもなく、恵みもない。
ただ、ひたすら書き綴る。
本当にそれだけ。
それは文学に限らず、音楽でも、サービス業でも、同様。
好きでやってると思う人もあるかもしれないが、自分もお客と同じように喜んでやってる人など、少数だろう。
以前、落語家のインタビューで、「喋ってる本人は全然面白くない。なんでこんなにウケるのか、いつも不思議に思いながらやってる」というコメントを読んだことがあるが、まったくその通り。
自分が楽しむのと他人を楽しませるのはまた別だし、芸人はお客より自分の楽しみを優先したら終わりだと思う。
それでも蛍のように光を灯し続ける人を才人と呼び、続けられることを天職と言うのだろう。
芸も極めれば、最後は無色透明なエンティティみたいになる。
そこまで行けたら本望ではないだろうか。