スティングの『Fragile』について
脳内恋愛が育んだ英語力
もし、この世に、スティングとレオナルド・ディカプリオがいなかったら、私は英語を話すこともなかったし、国際結婚することもなかった。
20代前半、カーステレオから流れるスティングの『シスター・ムーン』を初めて耳にしてから、寝ても覚めても、スティング一色。
そう言えば、『孤独のメッセージ』も『シンクロニシティ』も『Every little things she dose is Magic』もいい曲だったと、The Policeの時代まで遡ること幾星霜。
暇さえあればCDを聴き、歌詞カードを眺め、ステレオの中のスティングと一緒に歌った。
いつか夢のように会えたなたら、その時、私はどんな言葉で好きな気持ちを伝えればいいのだろうと、脳内恋愛の英会話を始めたのが、英語学習のきっかけだ。
その後、『シスタームーン』も『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』も、すっかり空で歌えるようになった頃、飛行機の中で出会ったのは、スティングでもなく、レオナルド・ディカプリオでもなく、現在の夫という四コマ漫画のようなオチで、私の夢はついに叶わなかったのだが(叶うわけないんだけど)、乙女の多感な時期にスティングに出会えたのは本当に幸運だった。
Be yourself no matter what they say(彼らが何と言おうと、君自身でいることだ)』というスピリットを教えてくれたから。
https://moko.onl/english-man-in-newyork
【歌詞】 人というものがどれほど脆い存在か
そんなスティングの数あるヒット曲の中でも、とびきり好きだったのが、『Fragile』。
自他ともに認めるほどゴーマンで、エゴイストで、「自分大好き」なスティングが、これほど深い愛を込めて人の世の哀しさを歌うのも不思議な話と思った。
「あなたの愛は、本当はどこにあるの?」と聞きたくなるくらいに。
If blood will flow when flesh and steel are one
Drying in the colour of the evening sun
Tomorrow’s rain will wash the stains away
But something in our minds will always stay
Perhaps this final act was meant
To clinch a lifetime’s argument
That nothing comes from violence and nothing ever could
For all those born beneath an angry star
Lest we forget how fragile we are
On and on the rain will fall
Like tears from a star like tears from a star
On and on the rain will say
How fragile we are how fragile we are
On and on the rain will fall
Like tears from a star like tears from a star
On and on the rain will say
How fragile we are how fragile we are
How fragile we are how fragile we are
生身のからだに鋼の刃が突き刺さり
流された血が夕陽に染まって乾いてゆく時
明日にでも雨が降れば血痕は洗い流される
だけどぼくらの心を襲ったものは いつまでも消え去りはしない
ことによるとこの最終的手段は
暴力は何の解決にもならず
怒れる星の下に生まれた者たちにはなす術がないという
一生かけて主張をねじ伏せるものだったのかもしれない
人というものがこんなに脆いとぼくらに思い知らせようと
いつまでもいつまでも雨は降り続けるだろう
まるで星が涙を流しているようだ
いつまでもいつまでも雨は降り続けるだろう
人というものがどれほど脆い存在か
訳:中川五郎 CD『ナッシング・ライク・ザ・サン』のライナーノーツより
CDのライナーノーツを手掛けるのは、赤岩和美氏と中川五郎氏(日本語訳・担当)
CD制作に寄せたコメントで、スティングはこんな言葉を残している。
現在のような状況の下では「民主的自由のためにたたかう人」とドラッグに手を染めたノンポリのゴロツキ、また、平和部隊のボランティアとマルクス革命論者との見分けが、ますますつきにくくなっている。アメリカ人エンジニア、ベン・リンダーは、このため誤解されて、1987年、コントラに殺された。
ベン・リンダー氏は、ニカラグアの貧しい人々に、水や電力を供給することを目的に、水力発電ダムの工事に携わっていた若いエンジニアだ。反政府勢力に標的にされ、手榴弾を投げつけられて殺害された。
スティングの作風はいつも遠回し。
歌詞にも、メロディにも、ストレートなプロパガンダは現れない。
でも、分かる人には分かる。
そういうメッセージ性に富んでいる。
ちなみに、チリの恐怖政治で愛する人を亡くした女たちの孤独なダンスを謳った「They dance alone」は、チリ国内で演奏することも聞くことも禁じられていたそうだ。
私は、スティングやポリスのミュージックビデオも全部持っていて、暇さえあればTVの前でランデブーしていたのだが、Fragileのビデオは特に好きだった。
こんなお方に口説かれたら、たとえ世界中の政府やテロリストを敵に回しても付いていくだろうな、なーんて。
パリの連続テロ事件後のコンサートより
こちらは、2016年、パリの連続テロ事件で多くの犠牲者を出したバタクラン劇場での追悼(営業再開)コンサートのライブ。
この場でフラジャイルが歌われたのは当然の流れと思うし、それ以上にふさわしい選択もないだろう。
「ことによると この最終的手段は 暴力は何の解決にもならず 怒れる星の下に生まれた者たちには なす術がないという」という歌詞が現状にマッチして、哀情しか感じない。
【音楽コラム】 世に悲しみの種はつきまじ
世界には、悲しいことや不条理なことがたくさんあり、神は一体、人の世に何を期待しているのかと問い詰めずにいないほど。
『地上に生きることは、甲斐あること』――それは恵まれた人間だけに許される考え方であって、極限の不幸においては、夢も励ましも何の役にも立たない。
有無を言わせぬ暴力は、一瞬で他人の人生を打ち砕き、幸せな家族を引き差く。
焦土と化した町に、再び春が訪れても、一体、どんな花が咲くのか、我々には想像もつかぬほど。
そんな極限下にあってなお、人間らしく生きようとする意志は何なのか。
地獄のような場所にも愛はあって、僅かな食糧を分け合う人もいる。
この世に見切りをつけるのは簡単だが、人間というのは、そこで終わるものでもないらしい。
*
世に悲しみの種は尽きず、こうしている瞬間にも、誰かが殺され、家財を奪われる。
スティングの歌う『Fragile=脆さ』は、決して命の儚さだけでなく、あっけなく破壊行為に走る人間の愚かさをなぞらえた言葉だ。
How fragile we are. の How は、スティングのみならず、世界中の嘆きにも聞こえる。
いつになったら銃弾が止むのか。
皆が笑顔で暮らせるのか。
恐らく、そんな日は永久に来やしない。
なぜって、人間である限り、怒りや欲望と手を切ることはできないからだ。
だとしても、心ある人々と共に祈り続けたい。
たとえ人が脆い存在としても、私たちは決して愛と平和を諦めたりはしないのだ。
CDとSpotifyの紹介
スティングのヒットアルバムは数あるけれど、結局、この一枚に勝るものはなし、というのが正直な感想。
近年、すっかり好々爺になって、なんか禊ぎの世界になってしまってるけども、やはりスティングは、いつも何かに飢えたような、ギラギラした頃が最高だった。「オレより歌の上手い奴はいっぱいいる。でもオレのように歌える奴はいない」という、あのエゴ丸出しな雰囲気が得も言われず魅力的で。
人間、年をとると丸くなる。
だんだん仏に近づいて、最後は精霊としてあの世に旅立って行く。
それは決して悪いことではないけれど、本当に人間としての魅力を感じるのは、やはり強烈な自我にのたうちまわっている時代ではなかろうか。
完成された魂も美しいが、人間はもっと泥臭くていい。
許される限り、我が侭でも構わない。
……ということを。
スティングは教えてくれたような気がする。
「スティング&ポリス」と銘打ってあるが、実質的にはTHE POLICEのベスト盤。
往年のファンはもちろん、ソロになってから好きになった人にもおすすめの一枚。
ソロになってからのスティングのヒット曲を集めたベスト盤。
初稿 2010年4月16日