エリザベス1世 : 現代に通じるキャリアウーマン
エリザベス1世は、私が好きな歴史的人物(女性)の一人です。
どれくらい好きかといえば、自作の小説のヒロインの名前に頂戴したほど。
ロンドン塔の囚人からイングランド女王、そして、世界の覇者へ。
若干25歳で戴冠した彼女の運命の重さを思うと、胸が震えます。
エリザベス1世の生涯は、幾度となくTVドラマや映画化され、彼女をモチーフにした読み物も多いですが、私の一押しは、ケイト・ブランシェットが演じる映画『エリザベス』。
「私は国家と結婚した」と自らの運命を受け入れる以前の、繊細で、どこか夢見るような乙女エリザベスを好演。
彼女の生き様はキャリアに生きる現代女性にも通じると思いますので、機会があれば、ぜひご覧下さい。
映画『エリザベス』(1998年公開)
映画のあらすじ
ヴィクトリア女王の統治下、大英帝国として空前の発展を遂げたイングランドも、エリザベス1世が即位するまでは、ヨーロッパ列強に翻弄される小さな島国に過ぎなかった。
しかも国内は、カトリックとプロテスタントの宗教的対立で二分し、宮廷内でも権力闘争が絶えない。
エリザベスの父王ヘンリー8世の死後、王位に就いた娘のメアリー1世は、熱心なカトリック教徒であったことから、国内のプロテスタント勢力を片っ端から血祭りにあげ「ブラッディーメアリ(血まみれメアリ)」と恐れられていた。
政治的理由から、スペインのフェリペ2世と結婚したものの、夫婦仲は冷え切り、世継ぎもない。
そんなメアリの後ろに王位継承者として控えているのが、美しい義妹のエリザベスだ。
エリザベスは、ヘンリー8世の二番目の妻で、不倫の恋の末に王妃キャサリン・オブ・アラゴンを追放し、まんまと王冠を手に入れた卑しい女、アン・ブーリンの娘で、世間からは「淫売の子」と蔑まれている。
アン・ブーリンは、ヘンリー8世の不興を買ったこともあり、結婚後わずか2年で魔女裁判にかけられ、ロンドン塔で斬首された。
そして、娘のエリザベスもロンドン塔に幽閉され、母と同じ運命を辿るのは明らかだったが、美しく聡明な乙女だったことから、女王メアリに反発する幾多の支持者を味方につけ、ついには王位を継承する。
病に冒された女王メアリは、ついにエリザベスの死刑宣告の書類にサインすることなく没したからだ。
とはいえ、国庫は空っぽ。
軍隊とは名ばかりで、国を守る要塞も砲弾一つで砕け散るようなお粗末さ。
にもかかわらず、海を隔てた向こうでは、強国スペインとフランスが虎視眈々と英国の王座を狙っており、国内では依然としてエリザベス暗殺を目論むカトリック派が暗躍を続けている。
そんなエリザベスの身の安全を保障する手立てはただ一つ。
結婚して、世継ぎをもうけることだ。
即位と同時に、幾多の縁談が持ち上がるが、エリザベスは忠臣の話にまともに耳を傾けようともしない。
なぜなら、彼女はハンサムな貴公子、ロバート・ダドリー卿(ジョゼフ・ファインズ)に夢中だったからだ。
果たして、エリザベスの恋は実るのか。
なぜ、彼女は『私はイングランド(国家)と結婚した』という名言を残し、生涯独身を貫いたのか。
そのプロセスを、「恋する乙女』「国家という重責を背負った運命の人」という視点でドラマティックに描いたのが映画『エリザベス』だ。
彼女の生き様は、女性の幸福とキャリアの狭間で揺れ動く現代女性にも十分に通じるはずである。
映画『エリザベス』のみどころ
重すぎる責務とキャリアの第一歩
本作の魅力は、なんと言っても、ケイト・ブランシェットの知的でみずみずしい美しさにある。
ケイト・ブランシェットといえば、『ロード・オブ・ザ・リング』の森の奥方・ガラドエリルが圧倒的に有名だが、彼女の出世作となった『エリザベス』では、25歳の駆け出し女王の恋心や葛藤を、上品かつ情熱的に演じ、従来の王室ものとはまったく異なる現代風史劇に仕上げた。
たとえば、恋人ダドリー興と愛し合った後、ベッドでぼんやりまどろんでいたら、いきなりノーフォーク公にカーテンを開けられ、スコットランドが挙兵した事を告げられる。
初めての国政。
ぼさぼさ頭で、ドレスの胸元も乱れ、まるで新卒OLのごとき頼りなさ。
それでも、女王らしく意見を述べ、英国の重鎮を前に英断を下そうとするが、老獪な側近を相手に回して自らの意志を貫くだけの強さはない。
戴冠当時、国政の要であったウィリアム・セシルに重大な事態を告げられても、何をしていいのか分からない、エリザベス。
初めて大役についた若い女性の戸惑いと、「それでもやらねば」という気丈さが交互に現れる名場面。ケイトの演技力が素晴らしい。
異議があるにもかかわらず、枢密院に押し切られる形でスコットランドに出兵したイングランドは、案の定、大敗を喫し、犠牲者の中には少年兵も含まれていた。
その事実を、スコットランド女王メアリ・オブ・ギースが送りつけた「血まみれの国旗」で初めて知ったエリザベスは激しく動揺し、自らの弱さに打ちのめされる。
だが、そんな彼女をじっと見守る一人の男があった。
フランシス・ウォルシンガム興。
後にエリザベスの腹心として、ゴールデン・エイジを支える老練な政治家である。
ジェフリー・ラッシュは私の大好きな役者さんの一人です。映画『シャイン』のデヴィッド・ヘルフゴッド役から注目しています。
『処女王』の本当の意味 : なぜ彼女は国家と結婚したのか
強くならねばならない――。
この失敗を教訓に、英国指導者としての定めを心に刻んだエリザベスは、強硬なカトリック司祭を相手に一歩も引けを取らず、国内最大の問題である宗教的対立を礼拝統一法によって収める。
自らの権力を意識し、女王としての道を一歩ずつ上り始めたエリザベスであるが、一方で、衝撃の事実を打ち明けられる。
なんと、“相思相愛の恋人”と信じて疑わなかったダドリー伯爵は既婚者だったのだ。
自尊心を激しく傷つけられたエリザベスは、公の前で「私は男妾を一人もつことにします。結婚はしません(オリジナルでは I have no Master. 誰にも仕えぬ、誰の者にもならぬ、という強いニュアンス)」と宣言し、絶対君主としての道を駆け上っていく。
彼女の生き様は、女の幸せと仕事の狭間で苦悩する現代のキャリアウーマンそのものだ。
恋に生きれば、仕事がおろそかになり、仕事に生きれば、恋を失う。
ケイト・ブランシェットが等身大で演じるエリザベスの姿に共感する女性も多いだろう。
特に印象的なのが、会議のリハーサル。
老獪な政治家らにやり込められるのを覚悟して、溜め息ついたり、頭を抱えたりする姿は現代のキャリアウーマンと同じ。
しかも、エリザベスの苦難は、ダドリーの真実にとどまらない。
なんとエリザベス暗殺計画に携わっていたのだ。
「女王に恋することは、男の心を腐らせる」というダドリーの言葉は、キャリア志向の女性を配偶者にもつ男性の心理を見事に表しているのではないだろうか。
ダドリーの企謀は死刑に相当する重罪だったが、エリザベスは彼を殺さず、生かすことを選ぶ。
それは決して恋の憐憫からではなく、「最大の脅威は自分の身近に潜んでいる」という現実を自らに戒める為だ。
かくして、エリザベスは、『処女王 Virgin Queen』の人生に身を投じる。
よく誤解されることだが、エリザベスのいう『Virgin』とは、処女=男性経験なしの意味ではなく、『The Virgin(聖母マリア)』のことである。
キリスト教における聖母マリアがそうであるように、エリザベスもイングランドの母なる存在になることを自らに課した。
それは個の幸福よりも英国の公益を第一とし、「国民の心の支え」「敬愛の対象」となる決意であり、「私に男は不要です」みたいなオールドミスの恨み節とは全く異なる。
髪を切り、顔を白塗りにするのも、「女性的なもの」を外見から排除して、自らを神格化するためであり、女を捨てたわけでは決してない。
それぐらい決然としなければ、王冠は背負えないということだ。
一般女性でも、突然何かを思い立ったら、メイクを変えたり、髪を切ったりしますよね。あれと同じ。
ジョゼフ・ファインズは涙を浮かべる惰弱な英国男性を演じさせたらピカイチです。
DVDと書籍の紹介
映画『エリザベス』(1998年)
本作に関しては、美しいBlu-rayで観たい。
美術や衣装も大変素晴らしく、吹替えもよい。
ケイト・ブランシェットの知的な演技もさることながら、娘時代の全てを捧げた恋人・ダドリー卿を演じたジョゼフ・ファインズのスウィートな雰囲気も素敵(同じ英国もの「恋におちたシェイクスピア」も秀逸)でした。この方は現代的な風貌ながら、かぼちゃ・パンツとエリマキトカゲのようなコスチュームが大変よく似合う(*^_^*)
また諜報活動や暗殺を一手に引き受け、エリザベス政権を支えたをウォルシンガム卿を演じたジェフリー・ラッシュの存在感も圧巻。
数奇な運命を辿った名ピアニストを演じた「シャインも素晴らしかったし、「英国王のスピーチ (コリン・ファース 主演) 」での熱演も記憶に新しい。若い世代には「パイレーツ・オブ・カリビアン」の船長が有名か。
保守的で、お節介オヤジのようにエリザベスの世話をやく忠臣ウィリアム・セシルを演じたリチャード・アッテンボローの好々爺ぶりも非常によい。最後に方針の違いからお払い箱にされるのは淋しいが、成熟するまでは、セシルあってのエリザベスだった。
*
ちなみ、この映画には、バチカンから遣わされた暗殺者として若かりし日のダニエル・クレイグが出演している。人気のない聖堂を、黒いマントを翻しながら、殺意を秘めてエリザベスの方に向かってくる場面は、さすが「21世紀のジェームズ・ボンド」と唸りたくなるほど。拷問の場面も、カジノ・ロワイヤルみたいだった。(これを演じた時、ダニエル・クレイグも、自分が21世紀のボンドになるとは夢にも思わなかっただろう)
華麗にしてスタイリッシュな演出は、時代もの苦手な女性もきっと気に入ると思う。必見。
小説『エリザベス』(ノベライズ版)
いわゆる映画のノベライズ。
解説にもあるように、ここに描かれたエリザベス1世はドラマティックに味付けされており、史実というよりは小説として楽しんだ方がいい。
とはいえ、実在のエリザベスからまったくかけ離れているわけではなく、「きっと、こんな思いだったろうな」と納得できる内容。
映画では描ききれない繊細な心の内や政情などが丁寧に綴られているので、ぜひ合わせて読んで欲しい。
翻訳も素晴らしいです。(エリザベス・ファンは中古でも買う価値あり)
映画『エリザベス・ゴールデンエイジ』
[『エリザベス』の続編として2009年に公開。さらに成長したケイト・ブランシェットの魅力が随所に光る良作。
ヴァージン・クイーンの道を選んだエリザベスが、野性的な魅力をもつウォルター・ローリー卿に出会い、女性らしい葛藤を覗かせる場面は、ちょっとばかり少女漫画チックだが、本物と見まごうばかりの気品と存在感はさすが。
製作サイドは、エリザベスの後世を描いた最終章を企画しているそうだが、ぜひ実現して頂きたい。
こちらが有名な『ティルベリーの演説』。
YouTubeで字幕付きで出ていますが、日本語訳や歴史的背景もネットにたくさん上方が出ていますので、ぜひチェックして下さい。
スペイン艦隊を前に戦略を練るエリザベス。絨毯みたいな世界地図と戦艦の模型が微妙にウケる。
宿敵フェリペ二世とエリザベス。まさに歴史が動いた瞬間です。
作品としての出来は、前作に比べたら、少々、消化不良な印象が。
クライマックスのアルマダ海戦も、案外、あっさり終わって、人によっては肩透かしに感じるかも。
ロバート卿がエリザベスの侍女と極秘裏に結ばれたことに腹を立て、侍女をビンタする場面も「年増のヒステリーおばさん」みたいで、残念だった。
その点を除けば、歴史スペクタクルな作りで、見て損はない。
amazonプライムビデオで十分かも。
*
ケイト・ブランシェットがイングランドの女王・エリザベスを演じた壮大な歴史劇。25歳でイングランドの女王に即位したエリザベスにスペイン国王・フェリペ2世との戦いが迫っていた。
【キャスト】
ケイト・ブランシェット/ジェフリー・ラッシュ/クライヴ・オーウェン/サマンサ・モートン
映画『ブーリン家の姉妹』 ナタリー・ポートマン & スカーレット・ヨハンソン 主演
エリザベス出生までの経緯を知りたければ、ナタリー・ポートマン&スカーレット・ヨハンソンが火花を散らす『ブーリン家の姉妹』がおすすめ。
次代は、ヘンリー8世の御代。
スペイン王室から嫁いだキャサリン・オブ・アラゴンは、またも男児を死産してしまう。
ヘンリー8世の心はますますキャサリン妃から遠ざかり、いずれ国王には愛人が必要になると読んだノーフォーク公は、若く美しい姪のアン・ブーリン(ナタリー・ポートマン)を差し出す。
だが、ヘンリー8世が心を惹かれたのは、優しくて、控えめな妹のメアリー(スカーレット・ヨハンソン)だった。
王の公妾として床を共にするようになったメアリーは、程なく妊娠するが、彼女の身体に飽きたヘンリー8世は、妖艶な姉のアンに心を移すようになる。
その後、アンは王の寵愛を一身に受けるが、アンの野望は愛人にとどまらない。
本当に愛しているなら、愛人ではなく、「正妻」として迎えることを王に強く迫り、ついにはローマ・カトリックの教義に背いて、キャサリン・オブ・アラゴン王妃と離縁させる。
念願の王冠を頂いたアンだが、国民からは淫売と蔑まれ、彼女の背後には、次なる愛人の座を狙うジェーン・シーモアの存在がある。
身の安全を保障する道はただひとつ。
男の世継ぎを産むことだ。
しかし、アンが授かったのは、男児ではなく、女児のエリザベスだった。
彼女が世継ぎを産めないと分かると、王の心も次第に遠ざかり、追い詰められたアンは実弟と交わろうとする。
一度は正気を取り戻し、王の慈悲にすがろうとするが、既に心も冷え切った王はアンを魔女裁判に突き出し、アンには死刑の宣告が下るのだった――。
この映画の見所は、女性として対照的な生き方をするアンとメアリー姉妹を、演技派のナタリー・ポートマンとスカーレット・ヨハンソンが、それぞれの持ち味を生かして、そつなく演じている点だ。
下手すればドロドロの愛憎劇になりそうな箇所も、あまり深く突っ込まず、二大女優の雰囲気だけで葛藤を表現しているので、全体にメロドラマのような仕上がりで、見終わった後もけっこう爽やか。史実を知る者には、救いのあるエンディングとなっている。
ベストセラーとなった原作の方は、アン、メアリー、そして王妃キャサリン・オブ・アラゴンの葛藤や生き様を如実に描いており、読んでいて胸が苦しくなる箇所も多いが(文章が悪いという意味では泣く、アンの思い込みの激しさに疲れてしまう)、映画は三角関係のノリで、一気に話が進む。
重厚な歴史ドラマを期待している人は肩透かしを食らうかもしれないが、二大女優の華麗なコスチュームや、大奥のようなシチュエーションを楽しみたい方には強くおすすめ。
英国の歴史は、やたらと「メアリー」が登場するので、どれがどのメアリーか、混乱することも多いが、この作品を見れば、エリザベス1世誕生の背景が手っ取り早く理解できる。
どちらかといえば、女性向けのメロドラマだが、二大女優の色香を堪能したい男性ファンも大満足ではないだろうか。
私はDVDを買いましたが、今は絶版になって、コレクターズ・アイテムになってますね。
たまにAmazonプライムやU-NEXTなどで配信されることがあるので、要チェックです。
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◆ ナタリー・ポートマン×スカーレット・ヨハンソン 夢の共演
人気実力ともにハリウッドのトップをひた走るナタリー・ポートマンとスカーレット・ヨハンソンの華麗なる共演が実現した作品。
◆ 豪華出演
ヘンリー8世に『トロイ』『ミュンヘン』のエリック・バナ。姉妹を温かく見守る母親レディ・エリザベスにクリスティン・スコット・トーマス。今ハリウッドで期待されているイギリス人俳優ジム・スタ
ージェス、その他、『エリザベス:ゴールデン・エイジ』のエディ・レッドメインなど若手俳優人が華を添えている。
ちなみに私はエリック・バナの大ファン。哀愁のヘンリー8世もはまってますが、スピルバーグの映画『ミュンヘン』のテロリスト役も良かったです。内容は非常にシリアスですが。
フィリッパ・グレゴリーの原作も濃厚で、アンの情念の強さに、読んでいてしんどくなるほど。
加藤洋子氏による翻訳も素晴らしく、私はシリーズで購入した。
とりあえず、アン、ヘンリー8世、キャサリン・オブ・アラゴンのどろどろ愛憎劇を楽しみたい人は、シリーズ第一作の上下巻を読むとOK。
本作では、妹のメアリーが善良で、心優しい娘に描かれ、スカーレット・ヨハンソンのイメージにぴったりである。
*
16世紀イングランド。新興貴族ブーリン家の姉妹、アンとメアリーは、たちまち国王ヘンリー8世の目を惹く存在となる。立身出世を目論む親族の野望にも煽られて、王の寵愛を勝ち取る女同士の激しい争いが幕を上げた!王の愛人となったのはメアリー。その座を奪ったうえ、男児の世継ぎをつくることのできなかった王妃までもを追い詰めるアン。英国王室史上、最大のスキャンダルを描いたベストセラー登場。
後日談として、「愛憎の王冠」「宮廷の愛人」と続くので、興味のある方はぜひ。
でも、胸くそ悪いエピソードの連続なので、読後感はよくありません(^_^;
映画『クイーン』 ダイアナ妃の死とエリザベス二世
時代は一気に現代へ。
『王族』といえば、宝塚歌劇団のように、キンキラキンのドレスを身につけ、着替えも、食事も、すべて召使いにお任せというイメージがあるが、現代のロイヤルファミリーは、家族で川辺でグリルを楽しむこともあれば、日曜日の夫婦みたいに、ベッドにもぐってTV番組を鑑賞することもある。
エリザベス二世女王陛下も自ら四輪駆動を運転してお出かけになるし、時には、お母様に愚痴をこぼしたりして、庶民と同じ姿がそこにある。
しかし、アン・ブーリンやエリザベス1世の時代と異なり、大衆は王室に言いたい放題だし(昔なら火あぶり、縛り首)、20世紀の議会制では、女王より首相の方がはるかに強い実権を有している。議員の決定には女王でさえ逆らえないし、自分で法律一つ変えることもできない。
そんな現代において、女王は何を思い、理想とするのか。
その一面を、王族の威厳と気品を歪めることなく描いたのが、ダイアナ妃の葬儀をめぐるエリザベス二世の葛藤を描いた『クイーン』だ。
エリザベス女王を演じたヘレン・ミレンは本物と見まごうばかりの容姿に加え、知的で、エレガントな演技が高く評価され、様々な主演女優賞を総なめにした。
また、同時期、首相のトニー・ブレアを演じたマイケル・シーンも、労働党の党首らしい「庶民派首相」を軽妙に演じ、国難を救ったヒーローのように描かれているのも興味深い。(マイケル・シーンといえば、ニクソン大統領のインタビューに成功したイギリスの司会者フロストの演技で名高い。参照→『フロスト×ニクソン』アメリカ国民を釘付けにした伝説のTVインタビュー)
私もダイアナ妃の交通事故をリアルに体験した世代だが、あの頃、メディアの大半は、ダイアナ妃の側から事実を伝え、王室側の葛藤はほとんど触れなかった。
時には「薄情な人たち」を印象づける報道もなされ、大衆に対して、声を上げることもできない20世紀の王室の苦悩など、計り知る術も無い。
それを王室側から描いたのが『クイーン』であり、よく英国王室がOKを出したと驚かずにいられないほど。
ダイアナ妃の死は、チャールズ皇太子と正式に離婚が成立し、王室を抜けてからの出来事だったので、その葬儀は王室の存続を揺るがしかねない、深刻な問題だった。
「王族として弔うか」、それとも「私人として弔意を示すか」。
判断を誤れば、国民の憎悪に火を付けるどころか、王室解体まで一気に話が進みかねない。
生前から積極的にワイドショーに出演し、王室の恥部を口にするダイアナ妃の存在は、王室にとって腫れ物のようだったが、だからといって、無碍にもできない。
皇太子の前妻であると同時に、未来の英国王(ウィリアム王子とヘンリー王子)の生みの母でもあるからだ。
どうやっても答えは出ず、一日、一日と、国民の不満も高まっていく。
それにしても、女王とはなんと孤独な存在なのか。
大衆に罵倒されても、一人こらえて、涙を流すしかない。
「私だって、こんなに苦しんでいるのよ」と情に訴えるわけにもいかず、女王として国民が納得するような決断を下さなければならないのだ。
世界十が英国王室、とりわけエリザベス二世の決断を見守る中、映画のエリザベス女王は、当時国民に人気のあったブレア首相と密に連絡を取りながら、万人にとって最善の方法を模索する。ちなみに、労働党という、王制とは真っ向から対立する党首が、次第に女王の苦悩を理解し、批判する側から支援する側に変わっていく様子も面白い。
そんな女王と労働党の首相が打ち出した答えは、「人民のプリンセス(Princess of People)」というポジション。
これならば、国民も納得するし、王室の顔も立つ。
かくして、エリザベス二世の弔辞は大勢の心を打ち、葬儀もとどこおりなく行われた。
女王になるのは宿命だが、「女王でいること」は強い意志なくして出来ない。
どれほど苦悶しようと、常に王者の威厳を忘れないクイーンの姿に、「律する」ということを改めて考えさせられた。
現代には現代の王の務めがあり、信念があることを、強く感じさせる秀作である。
当方は通常版のDVDを購入したが、スペシャルエディションも買って損はないと思う。
吹替えもよかったし、華麗なバッキンガム宮殿内の様子も王室ファンなら必見だからだ。
なんと言っても、ヘレン・ミレンが美しい。
エセ文化人が美と知性を滅ぼす 映画『コックと泥棒、その妻と愛人』で、マフィアのボスに虐げられる哀れな女性を演じたヘレンが、ここでは堂々たる女王の演技だからだ。
物語自体は、歴史が知るところなので、わくわくするような展開はないが、ブレア首相とエリザベス女王の掛け合い漫才みたいな相談も面白いので、一見の価値はある。
*
〜あの事故から10年。これまで決して語られることのなかった事故直後のロイヤル・ファミリーの混乱、首相になったばかりの若きブレアの行動、そして女王の苦悩と人間性を描いた大ヒット作〜
1997年8月31日。チャールズ皇太子との離婚後、充実した人生の真っ只中にいたダイアナ元皇太子妃が、パパラッチとの激しいカーチェイスの末、自動車事故によって急逝した―。事故直後、英国国民の関心は一斉にエリザベス女王に向けられ、たびたび取り沙汰されていたエリザベス女王とダイアナの不仲説への好奇心の対象となった。民間人となった彼女の死に対して、エリザベス女王はコメントをする必要はないはずだったが、絶大な人気を誇るダイアナの死を無視することは、結果的に国民を無視することとなる。民衆の不信感は急激に増大し、エリザベス女王はたちまち窮地に追い込まれてしまう―。
【第79回アカデミー賞】最優秀主演女優賞受賞(作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、衣装デザイン賞、作曲賞6部門ノミネート)。2/26現在各国41映画賞71部門にて受賞し、エリザベス女王を演じたヘレン・ミレンは38映画賞にて主演女優賞を獲得した世界的傑作がついにDVDリリース!
女優ヘレン・ミレンの凄さは、エログロ映画の傑作『エセ文化人が美と知性を滅ぼす 映画『コックと泥棒、その妻と愛人』』を見ればよく分かります。とても同一人物とは思えぬ迫力と演技力。超おすすめです。
おまけ 『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
2018年公開の米英・合作映画。
題材は申し分ないのに、ふたりの女王の描き方がいまいちで、何を伝えたいのかさっぱり分からない、中途半端な作品。
ふたりの女王にとって、「結婚」「出産」が国家にとっても重大な意味をもつのは確かだけど、描き方がちょいと下品で、まったく感情移入できなかった。
映画『エリザベス』の出来映えが素晴らしいだけに、本当に残念。
国家を担う女王同士の対決というよりは、女のいがみ合いみたいな内容で、もう少し、国家の長らしい葛藤や威厳が欲しかったです。
興味のある方はプライムビデオでどうぞ。
初稿 2011年4月22日