フランシス・コッポラの映画『ドラキュラ』について
フランシス・コッポラ監督の映画『ドラキュラ』は、1992年、実力派俳優ゲイリー・オールドマンと、当時人気沸騰だった美人女優ウィノナ・ライダーをメインキャストに据え、ゴシックホラーの怪物ドラキュラを、愛に彷徨する男として描いた、新感覚のホラー&ラブロマンス。
衣装は、アートディレクターとして世界中で高い評価を得ている石岡瑛子氏が手がけ、本作でも、アカデミー賞衣装デザイン賞を獲得した。
恐怖よりもラブロマンスに重点を置いたドラマ作りから、一部で「少女漫画」と揶揄されもしたが、半人半獣として愛に飢えたドラキュラ伯爵をゲイリー・オールドマンが好演し、従来のドラキュラ・ストーリーを覆す、愛と救済の物語に仕上がっている。
石岡瑛子氏の才能 ~死の花嫁衣装とゴシックホラーの耽美
石岡瑛子氏といえば、真っ先に思い浮かぶのが、映画『ドラキュラ』の衣装だ。
上品で優雅なラインの中にも、ゴシック・ホラーにふさわしい陰影があり、特にヒロイン、ミナの親友で、ドラキュラの餌食にされるルーシーの「死の花嫁衣装」は、白眉のものだ。
スペイン女王を彷彿とさせる大輪のカラーとレースのヴェールが無造作に歪み、唇の端から赤い血を流して、一段、一段、地下墓地の階段を降りてくる場面は、凄まじいまでのエロスとタナトスを感じさせる。
映画のCMでも繰り返し流れていたので、『ドラキュラ』といえば、この場面を思い浮かべる人も少なくないのではないだろうか。
こちらは、ドラキュラに魅入られるミナ。
彼女は、ドラキュラの最愛の妻、エリザベータに瓜二つで、生まれ変わりのようだ。
19世紀の英国らしい上品な色使いと、身体にぴったりしたデザインは、教師であるミナの知的でお堅い一面を演出している。
ルーマニアの貴族としてミナの前に現れるドラキュラ伯爵。
シルクハットと胸元のアクセサリーに富貴な印象が漂う。
黒い眼鏡をかけているのは、ファッションもあるけれど、日光の下ではドラキュラも視力が弱い、ということでしょうね。
ドラキュラに魅入られる前の、ミナとルーシー。
天真爛漫なルーシーと、お堅い教師であるミナの違いが対照的なデザイン。
古城に暮らす老貴族として登場するドラキュラ伯爵。
薄暗い古城の中で、鮮やかな緋色のマントが血のように際立つ。
獣性の中にも貴族の品格を漂わせる、絢爛豪華な衣装だ。
ドラキュラと交わって超能力を得たミナが、追っ手からドラキュラを救うため、竜巻を起こす。
ボディラインを強調したデザインながら、袖口が大きく開き、魔女と化したミナのエロスを感じさせる。
深緑のベルベットと光沢のある生地の対比が見事。
ミナのイメージは、一貫して、グリーンなのです。
ルーシーに求愛する三人の若者。
いずれも上流階級のプレイボーイだが、ルーシーを守るため、ドラキュラに果敢に立ち向かう。
真ん中のホルムウッド郷(=ケアリー・ウェルブス)は爵位のある人らしく、両隣の二人とはちょっとばかりお召し物が違う。
映画『ドラキュラ』の魅力 ~永遠の渇きとは
『血』が意味するもの
本作の特徴は、従来のドラキュラ像に独自の解釈を加え、『愛に彷徨する貴族』として描いた点にある。
だが、敵の策略により、最愛の妻エリザベータを失ったドラキュラは「神のために戦った私に対する、これが神の報いか!」と怒り狂い、十字架に剣を突き立てる。
神に対して、最愛の妻への復讐を誓った瞬間から、ドラキュラは生き血を吸って永遠に生き長らえる怪物になると同時に、永久に癒されることのない魂の飢えに苦しむことになる。
ミナの婚約者で、有能な弁理士でもあるジョナサン・ハーカーは、ロンドンに土地を購入したいというドラキュラ伯爵と大きな契約を取りまとめるが、肌身離さず持っていたミナの写真を見られたことがきっかけで、城に閉じ込められてしまう。
婚約者ミナは、伯爵の死んだ妻エリザベータに瓜二つだったのだ。
伯爵は、「私だって、もう一度、人を愛してみせる」と美しい貴公子に姿を変え、ミナの前に現れる。
行方不明となったハーカーを案じながらも、伯爵の不思議な魅力にとらえられるミナ。
やがてハーカーは命からがら城を抜け出し、ミナと結婚式を挙げるが、怒りに燃える伯爵はミナの親友ルーシーを襲い、吸血鬼にしてしまう。
ミナの危険を察したハーカーと仲間は、高名なヘルシング博士に助けを求めるが、すでにミナとドラキュラ伯爵の魂は分かちがたいほどに深く結ばれていた。
ミナは自らドラキュラ伯爵の血をすすり、自身の血を捧げて、永遠に一体になることを誓う。
ここでは「人間でない」ドラキュラ伯爵の正体が影によって描かれる。
本来、「生きた屍」であるドラキュラは鏡にも映らないし、影もない。
ゆえに、影は、お伴のようにドラキュラ伯爵の後に付き、その心を映し出すのである。
コッポラ監督は、ドラキュラ伯爵を「血を吸うモンスター」には描いてない。
神に仕えながら、神に裏切られ、永遠に癒やされることのない愛の渇きに彷徨する、誇り高い騎士として描いている。
本作で描かれる『血(ブラッド)』とは、生命の源である『愛』であり、求めても、求めても、永遠に癒やされることのない魂の渇きを充たすため、ドラキュラは血を求めて彷徨い歩く。
ドラキュラの花嫁となったルーシーにとどめを刺す時、ドラキュラが口にする、「お前も永遠の渇きに苦しむがいい」というセリフが非常に印象的だ。
もしかしたら、現代人も愛に飢えたドラキュラかもしれない。
何を得ても充たされず、他者の生き血を吸っては、失い、その繰り返し。
コッポラ監督は、現代のシンボリックな魂の病いとして、ドラキュラ伯爵を描いているような気もする。
呪われた恋と、愛による魂の救済
一方、ドラキュラに身も心も捧げたミナは、聖なる女性かといえば、決してそうではない。
ミナは戦火の中、川に身を投げて死んだ妻エリザベータ妃の生まれ変わりであり、その魂は、キリスト教で言うところの『呪われしもの』である。(神の祝福を受けることができない)
ミナもまた、神の楽園に入れず、何度も生まれ変わっては、愛を探し求めてきた乙女なのだ。
そして、その体内には、自身でさえ気付かぬほど熱い情熱が渦巻いている。
ルーシーが差し出す春画に眉をひそめながらも、めくるめく性愛の悦びに感応せずにいられない。
性にも淡泊で、「慎ましい妻」を求める婚約者のハーカー(なぜかキアヌ・リーブスが演じている)にも、どこか物足りずにいる。
それだけに、官能的な魅力をもつ伯爵との出会いは、秘められた情熱と欲望を呼び覚ますものだった。
ハーカーの願いで、急いで結婚式を挙げ、夫婦として身も心も結ばれた後、ミナが「『女になった今、なぜ私があの人に惹かれたのか分かる」と独白するように、魂が全身全霊で求めているのは伯爵との一体感だ。
だが、理性と良心から、貞淑な妻であろうとするミナは、夫に対する裏切り、神に対する裏切り、呪われた怪物を愛することへの畏れから、本当の自分を解き放つことができない。
ミナもまた、神の祝福に背を向け、愛を希求する宿命の女なのだ。
そんなミナの褥(しとね)に、緑の霧となって忍び込み、自身が恐ろしい吸血鬼であることを打ち明けた伯爵に、ミナは泣きながら告白する。
「あなたがルーシーを殺したのね……なんてひどいことを……ああ、それでも、あなたが好き。神様、お許しください!!」
そして、永遠に結ばれたいと願うミナに対し、伯爵は「私と生きたいなら、私の世界の人間に生まれ変わらなければならない」と自ら肌を切り裂き、呪われた血をミナに飲ませようとする。
ミナは夢中で口にするが、一瞬、伯爵は我に返り、「いけない。愛するあなたがこんな苦しみの世界に引き込むことはできない」とミナを突き放す。
だが、ミナは真実の思いから「私をあなたの世界に生まれ変わらせて」と伯爵と呪われた血を分かち合う。
この場面は、従来のドラキュラ像を根底から覆すものであり、たとえ天に呪われようと、あらゆる隔たりを超えて一体になろうとする究極の愛を見事に描いている。
やがて二人は聖堂に追い詰められ、「愛による魂の救済」というテーマを踏襲して幕を閉じる。
作中において、石岡氏のデザインは、古き佳きイングランドの美徳を体現したようなミナの緑色のドレス、血に飢えた獣となりながらも、ノーブルな面影を残すドラキュラ伯爵の正装、古代オリエントの高級娼婦のようなドラキュラの花嫁たち、悪魔の悦びに身をまかせるルーシーの淫らな赤いネグリジェなど、伝統的なゴシックホラーに新たな息吹を吹き込み、洗練された造形を作り上げた。
『ドラキュラ』はコッポラの作品ではあるけれど、石岡氏のセンスが際立つファッション・カタログでもあり、石岡氏亡き後も、その華麗なビジュアルに魅了されるのではないだろうか。
本当に残念。そして、ありがとう。
石岡瑛子氏のその他の代表作
美術がゴージャスなサイコホラー『ザ・セル』
石岡氏が手掛けた代表作で、絶対見逃せないのが、サイコホラーの傑作『ザ・セル』。
特殊な装置を使って、連続殺人犯の心の中に入り込み、監禁された女性の行方を探ろうとする、羊たちの沈黙系サスペンスです。
物語自体は、それほど驚くような仕掛けはなく、淡々と過ぎていくような感じですが(羊たちの沈黙を知っていると、これしきでは驚かない)、石岡氏の手掛けるファッションと背景美術は、『ドラキュラ』のはるか上を言っています。作品そのものがファンタジーなので、こういう作品こそ本領発揮なのかもしれませんが。
このクリップを見るだけでも、石岡ファンなら引き込まれること、請け合い。
全てがゴージャス。全てがファビュラス……って、叶姉妹みたいな感想ですが、圧巻の映像美です。
石岡さんはゴールドの使い方が上手ですね。石岡さんプロデュースのホテルとかあったら、泊まってみたいでしょう。
グログロの腸巻取機のクリップはこちらにあります。中国の宦官風の黄金男と拷問される刑事のやり取りが、何とも・・スプラッタ系が苦手な方はご注意下さい。
予告編はこちらです。最初に登場する砂漠の風景は、精神分裂症の少年の心の世界観です。
エキゾチックなジェニファー・ロペスの魅力と、ヴィヴィッドな背景がマッチして、絵だけでも素晴らしい。
そんでもって、精神移転装置のコスチュームが、ドラキュラなのです・・^^;
ギリシャ神話系スリーハンドレッド『インモータル』
ギリシャ神話のテスウス、ミノタウロス、ティタノマキアを題材にした古代アクション。
This is Sparta ! の『300 ~スリーハンドレッド』の制作者が手掛けているので、内容は見る前からお察しのスプラッタ系アクション。
しかし、石岡氏がファッションおよび映画美術を手掛けているので、コスチュームは、ザ・セルよりゴージャスで、幻想的です。
特に、四人の巫女の赤い装束は石岡ファンなら唸りたくなりますよ。(クリップ内にはは存在せず)
映画の冒頭、神々にょって閉じ込められたティターン族の描写。
造形もユニークですが、ゴールドの使い方が素晴らしい。
本作では、ミッキー・ロークが敵役・ハイベリオンを演じており、その極悪非道っぷりが主役を上回る存在感なのですが、わけても衝撃的なのは、かの有名な拷問器具『ファラリスの雄牛』を映像化しちゃった点ですね。何度も出てきます。実際のファラリスの雄牛も、こんな風に囚人の悲鳴が「モォォ~」と聞こえたんだろうなぁ、と。
こちらは石岡さんのインタビュー映像。英語ですが、製作過程を少しだけ垣間見ることができます。
オリンポスの神々のユニークな造形も印象的です。
この作品も、ストーリー的には、それほど特筆すべき点はないのですが(シンプルな戦闘もの)、ミッキー・ロークの極悪非道っぷりと、石岡氏のゴージャスな美術が堪能できる、ギリシャ神話絵巻、という印象です。見て損はないです。スリーハンドレッド系が苦手な人は、マッチョな世界観と血しぶきが受け付けないかもしれませんが。amazonプライムでも視聴できます。
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石岡さんは、『ニーベルングの指輪』(オランダ国立歌劇場)や、『M.バタフライ』(ブロードウェー)の舞台も手掛けておられるんですね。
見たかった。
ヴォイチェフ・キラールのサウンドトラック
映画音楽も非常に美しく、とりわけ、愛の場面で効果的に流れる『ミナのテーマ』(原題:Mina / Elizabeth )の美しさは白眉のもの。
作曲者は、ポーランド出身のヴォイチェフ・キラール。
サウンドトラックとは別に『ドラキュラ組曲』が存在します。
地元の交響楽団のプログラムにも取り入れられています。
こちらは別の楽団の演奏ですが、コンサートホールで聴くと、グランドピアノや弦楽器が足元から響き渡るよう。
こちらが深く印象に残る愛のテーマ。
コッポラの『ドラキュラ』が成功した理由は、悪鬼で知られるドラキュラを「一人の男」──心ならずも神の教えに背き(妻の自殺によって)、愛に飢えて彷徨う、誇り高い貴族として描いている点でしょう。
ドラキュラにおける『血』とは『愛』。
孤独、寂寥、悲哀、絶望、嫉妬を「血への渇き」に喩え、悪鬼ドラキュラに人間の心のどうしようもない性(さが)を重ねた点に、儚くも美しいドラマがあったように思います。
ラスト、短剣で胸を貫かれたドラキュラが聖堂の天蓋を見上げ「神は何処に……」と救いを求める場面が非常に印象的でした。
そして、「あなたと血を分かち合い、あなたと同じものになる」というミナの願いも、まさに真実の愛。
撮影現場ではドラキュラを演じたゲイリー・オールドマンと、ミナを演じたウィノナ・ライダー(この頃が最高に美しかった)の仲が最悪だったという話もありますが、そんなことを微塵も感じさせないほど、官能的で、耽美の極みです。
一応、Spotifyのリンクも掲載。(日本で聴けるかしら?)
愛のテーマ =「Mina / Elizabeth」です。
日本のamazonではMP3で視聴できます。興味のある方はどうぞ。
Kilar: Bram Stoker’s Dracula / Death and the Maiden / King of the Last Days
amazonプライムで見る ~『ドラキュラ』の第二の見どころ
映画『ドラキュラ』のユニークな点は、後に『マトリックス』で大ブレイクするキアヌ・リーブスが、恋人を寝取られる弁理士のジョナサン・ハーカー役で出演していること。
もみあげが、ちょっとばかり、お間抜けさんで、キアヌの周辺だけ磁場が違う感じ。ネオのファンとしては苦笑するしかない。
また『羊たちの沈黙』でにわかに注目を集めたアンソニー・ホプキンスがヘルシング教授を演じているのも存外。この役はホプキンスでなくてもいいのに、レクター博士の人気に便乗か?
おまけに『アナザー・カントリー』で、ゲイのガイ・ベネットに魅入られる美少年ハーコート君を演じたケアリー・エルヴィスがルーシーの婚約者アーサー・ホームウッド卿として登場。
鼻の下のヒゲがなんだかヘン。
この後、お説教ホラー・シリーズ『ソウ』にも出演するんだから、人間の運命ってわからん・・。
初稿:2012年1月29日