映画『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』
作品の概要
ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男(2017年) -Borg vs McEnroe
監督 : ヤヌス・メッツ
主演 : スヴェリル・グドナソン(ビヨン・ボルグ)、シャイア・ラブーフ(ジョン・マッケンロー)、ステラン・スカルスガルド(コーチ・レナート・ベルゲリン)
計り知れないプレッシャーの中、ついに決勝戦の火蓋が切られる。それはウィンブルドンの伝説となる連続タイブレーク『22分間の死闘』だった……。
いかに負けて、いかに終るか ~良い負け方が明日の道を開く
試合の結果のネタバレを含みます
文句なしに、素晴らしい作品だった。
ビヨン・ボルグとマッケンローのことは知っていたが、ウィンブルドンでの伝説の22分間は見たことがなかったので、クライマックスの試合の場面は、文字通り、手に汗握る展開だった。
テニスでも、レースでも、伝説の試合を再現した作品は数あるが、本作は、映画のフィルムに、実際の映像を織り交ぜ、本物顔負けの緊迫感を醸し出している。
ボルグを演じたスヴェリル・グドナソンは、プロのテニスプレイヤーではないが、俳優とは思えないほどの演技力で、試合前のプレッシャーは見ていて、胸が苦しくなるほど。顔も非常にそっくりで、本物と見まごうほどの迫力だった。
次いで、驚いたのが、マッケンローを演じたシャイア・ラブーフだ。『トランスフォーマー』の三部作で、オプティムス・プライムと共に闘うドジな高校生、サム・ウィトウィッキーを好演し、一時期、大変な人気を博したものの、私生活ではトラブルも多く、すっかり鳴りを潜めた感があったが、本作では、「悪童」マッケンローのイメージにぴったりで、しばらく誰か気づかなかったほど。テニスの場面も、プロ顔負けの迫力で、サム・ウィトウィッキーをはるかに凌ぐ熱演だった。(また問題を起こしているようだが)
通常、この手の映画は、『ラッシュ / プライドと友情』みたいに、優等生の主人公と、やんちゃなライバルが、互いにいがみ合い、励ましながら、共に成長を遂げるストーリーが多いが、ボルグ VS マッケンローは、試合前、一度も交流することはなく、ウィンブルドンの試合が初対面となる。
それまでの間、ボルグは凄まじいプレッシャーと闘い、マッケンローは初制覇を目指して、全神経を集中する。その対比が非常に興味深く、追う者と追われる者、どちらがキツいかと言えば、追われる者=チャンピオンということを改めて思い知らされた。
そんなボルグの日常について、テニス仲間が面白おかしく語る場面がある。
いつか君も分かる
ウィンブルドン4連覇だぞ
すごい重圧だ
皆が倒そうとする
まわりは敵だらけ
この星で一番 孤独な男さ今、ボルグは何を?
ベッドに入り 部屋をクソ寒くして
心拍数を50以下にヤツは迷信や儀式を信じる。
両親に会うのは2年に1回だけだ
ウェアもいつも同じ
練習も同じコートだ
ホテルも
車も
泊まる部屋も同じラケットは50本
ガットをガチガチに張る
毎晩コーチと全部チェックする
1本ずつ丹念にだ
テンションに 音
まるで宗教さ荷造りは恋人のマリアナがする
手順通り 事細かに分かるか?
コートでも同じイス
タオルは二枚
1枚でも3枚でもない 2枚だラインは絶対 踏まない
なぜ?
縁起が悪い
彼は氷山と言われてるが
じつは噴火寸前の火山だ
この台詞に会わせて、実際のボルグの日常が映し出されるのだが、心拍数50以下とか、荷造りは手順通りに、とか、恋人もよく付き合えるものだと感心する。
そして、そんな日常を、4年以上も続けてきた。
世界中のテニスプレイヤーが自分を倒そうとする。
常人にはとても理解できない世界である。
ついに5連覇という、前人未踏の記録を打ち立てるにあたって、さすがのボルグも神経がまいってしまい、少年時代から付きっきりで見てくれたコーチのレナート・ベルゲリンに八つ当たりする。
大試合を前に、打ちひしがれるボルグに、コーチは言う。
やり遂げよう
自分を哀れむな
まるで赤ん坊だな
わがままで自分勝手
ずっとうなだれてろ
君は負ける
そんな終わり方が望みか?
そして惨敗をケガのせいにする
短気な自分を・・・
すると、ボルグは答える。
「言われなくても分かってる。この日のために全てを捧げてきた」
コーチは改めて大事なことを伝える。
試合は無二
1ポイントに集中
まるで漫画『エースをねらえ!』の、「この一球は、唯一無二の一球である」を彷彿とするような教えである。
それはテニスに限らず、誰の人生にも同じことだ。
その一球は、生涯に一度しかない。
一つ一つの試合、一つ一つのサーブ、一つ一つのレシーブが、唯一無二の一球である。
その時、へらへら笑いながら打ち返すか。
それとも全力で打ち返すか。
たとえ負けるにしても、良い負け方と悪い負け方があり、人間の本当の器は「いかに負けて、いかに終るか」で決まると思う。
無敵のボルグも、いつかは負けるのだから。(ちなみに、ボルグは、翌年のウィンブルドン大会でマッケンローに敗北し、マッケンローが初優勝している 参考→Wiki )
また、本作で印象的だったのは、態度の悪いマッケンローに、テニス仲間が「お前はいつかチャンピオンになる。だが偉大な選手にはなれない」と諭す場面だ。
周りにどう批判されても、まったく態度を改めなかったマッケンローも、ボルグとの死闘で、何かを感じ取ったのだろう。
『22分間の死闘』はものに出来ずに終ったが、マッケンローにしては、良い負け方をしたのだと思う。
だから、翌年、ボルグを倒して、覇者になることができたのだ。
どんな強者も、いつかは後進に王座を譲って、コートを去らなければならない。
だが、それは決して敗北ではなく、肝心なのは、いかに戦い、いかに終るかである。
本作は、何事も全力で燃焼することの大切さを教えてくれるのである。