映画『鑑定士と顔のない依頼人』のレビュー
作品の概要
鑑定士と顔のない依頼人 - The Best Offer (最高のオファー)
監督 : ジュゼッペ・トルナトーレ
主演 : ジェフリー・ラッシュ(鑑定士ヴァージル)、ドナルド・サザーランド(旧友ビリー)、シルヴィア・フークス(クレア・イベットソン)
ある日、大金持ちの令嬢クレアから、両親の遺した美術品を鑑定して欲しいという依頼の電話が入る。最初、否定的だったヴァージルも次第にクレアに心引かれるようになり、屋敷に眠る膨大な美術品の競売を引き受ける。クレアは広場恐怖症で、屋外に出たり、人に会ったりするとパニック障害を引き起こした。それがまた人嫌いのヴァージルの共感を呼び覚まし、やがて二人は深く愛し合うようになる。
ヴァージルは、これを最後に現役を引退し、クレアと静かに余生を過ごそうとするが、とんでもない大事件が待ち受けていた――。
老いらくの恋こそ盲目 ~人生の結果をいかに引き受けるか
本作は、途中で結末が読めてしまう、かなり緩めのサスペンスだ。
登場人物のやり取りを見ていたら、誰が黒幕で、誰がお屋敷の本当の持主なのか、何もかも明白だし、オチまで分かってしまう。
衝撃のラストでは、「ああ、やっぱりな」という感想しかなく、本作の評価が真っ二つに分かれるのも、意外そうで、あまり意外ではない点にあるのかもしれない。
だとしても、最後まで一気に見せてしまうのは、名優ジェフリー・ラッシュの演技力も大きいが、「もしかしたら・・」という淡い期待を観客にも抱かせるからだろう。
まあ、普通に考えても、クレアのような最高級の美女が、あんなしわしわのお爺ちゃんに夢中になるはずがなく、二人が夫婦としてやっていくのも無理がある。(ヴァージルが非常にリッチで、洗練された紳士であることは認めるが)
それに、キーパーソンとなる人物が、カフェの客の一人として頻繁に画面に現れるのも、観客にはトリックが窺い知れるし、旧友ビリーが最初から最後まで腹に一物ありそうな点でも結末は明らかだ(そもそも、キーファー・サザーランドに役を当てる時点でネタバレしている)
最後まで何も気づかなかった人があるなら、言葉は悪いが、注意力散漫ではなかろうか。
にもかかわらず、観客がどこか期待するのも、ヴァージルが年甲斐もなく恋に夢中になり、彼女の方も全身全霊で応えるからだろう。
もしかしたら、このままハッピーエンドで突っ走り、「なぁんだ、そうだったんだ。美術史に残る、最高のミステリーだね。めでたし、めでたし」で終るのかと思っていたら、人生最大のしっぺ返しを喰らうので、観客にとっても、バッドな体験になってしまうのだ。
しかし、こうなることは最初から分かっていたはず。
ヴァージルも決して善人ではなく、長年の友を失望させ、彼の人生と才能を踏みにじってきたのだから、当然の結果と言えるだろう。
そう考えると、本作は洒落た美術ミステリーであると同時に、シビアな人間ドラマでもある。
芸術に仕える者として、やってはならない過ちを犯し、人間としては無二の友を傷つけた。
それが分かっているから、ヴァージルも哀れな老人みたいに警察に駆け込んだりせず、黙って思い出の店を訪ねたのだ。
もしかしたら、そこに真実があったのではないかと期待して。
だが、その期待も虚しく終ることは、観客にも丸わかりだ。
そして、その失望は、長年の友ビリーの失望でもある。
二重に罪をおかして、ハッピーエンドもなかろう。
ヴァージルが最後に足を運ぶ店の名前は、『Night and Day』。
店内に飾られた無数の時計が、二度と戻らぬ人生を物語るかのようだ。
あるいは、何十年も前から、この結末は用意されていたように思う。
あこぎな商売に手を染め、友を踏みにじったその日から。
誰よりも勘の働く一流人だったヴァージルが、老いらくの恋に盲目になり、真実と虚偽の違いも分からなくなったことも象徴的なら、ビリーの”機械人形たち”が、あたかも意思もった人間のように振る舞うのも興味深い。
誰の人生にも最後の審判が訪れとするなら、我々にできることは、それまでせいぜい善行に励むか、潔く結果を引き受けるかである。
チェコの片隅で静かに飲食するヴァージルは、彼なりに己の美意識を貫き通したと言えるのではないだろうか。