1980年代の音楽誌の論評。出典は覚えていません。
マイケル・ジャクソンの何がそんなに凄かったのか
今でこそミュージシャンが新曲の世界観に合わせて、映画仕立てのミュージックビデオを制作し、YouTubeなど動画サイトで積極的にプロモーションして、ライブ動員やグッズの売り上げに繋げる手法が当たり前になっているが、インターネット以前、いや、マイケル・ジャクソン以前は、新曲もヒット曲もFMラジオかレコードショップで視聴するのが当たり前。人気歌手をTVスタジオに呼んで、生演奏を聴かせる歌謡番組も盛んではあったが、いわば、「マイクの前で歌うだけ」。それ以外のパフォーマンスなど、誰も考えもしなかったし、せいぜい、KISSやカルチャー・クラブのボーイ・ジョージみたいに女装や地獄人のコスプレをして、衣装で楽しませるのが精一杯だった。
もちろん、『ミュージック・ビデオ』自体は1970年代から存在したが、その大半は、TVの歌謡ショーみたいに、アーティストがお洒落なセットを背景に、ひたすらシャウトするだけのシンプルな内容だった。(ピンクフロイドの『アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール』のように映画仕立ての作品もあったが)
当時、最先端だったQueenの『We will Rock You』でもこんな感じ。
それよりもっと遡ると、伝説のレッド・ツェッペリンの時代には、レコード制作と同時に音楽ビデオが作られることもなく、音楽喫茶で流れるビデオといえば、こんな感じだったんですね。そんでも、めちゃ、格好いいけど❤
ところが、マイケル・ジャクソンの『スリラー』は、従来のミュージックビデオの概念を完全に覆すものだった。
まず、11分に及ぶ、映画仕立てのストーリーと演出。
ハリウッド顔負けの特殊メイクとコスチューム。
何より、圧巻のゾンビ群舞。
特に、ゾンビ達が、ビートに合わせて、ザッザッザッザッ、と、一回転する振付は、皆がこぞってパロディに取り入れたし、ダンス自体がここまで世界のカルチャーに衝撃を与えた例も珍しいだろう。老いも若きも振付を真似しるなんて、多分、日本では、ピンクレディー以来。
私も京都・百万遍のカフェバーで初めて『スリラー』を観た時は、あまりの迫力に、画面に釘付けになったもの。
時代の変わり目に居合わせるとは、このことを言うのだろう。
『スリラー』の登場は、「すごい音楽ビデオ」を通り越して、パフォーマンスのスタイルやプロモーションの手法まで変えてしまう、画期的なものだった。
『歌手はマイクの前で上手に歌えば、それでよい』という時代は終わり、「歌って、踊れる」が当たり前になった。
新曲を売り出す時も、ラジオ局や店頭で曲を流すだけではなく、ハリウッド仕立てのクールな音楽ビデオもセットにして宣伝するのが主流になった。
もはやマイクの前で歌えば格好がつくのは、エルトン・ジョンとビリー・ジョエルぐらい。
歌唱、ダンス、そして、ビジュアル。
音楽ビジネスは、歌曲と映像が融合した『総合芸術』の域に達し、ビジュアルも含めた総合点で競う時代に突入した。
そんな中、マイケル・ジャクソンは、名うての映像作家や振付師を迎えて、『Billy Jean』『Beat It』『Smooth Criminal』『BAD』と、斬新なミュージックビデオを連発し、洋楽ファンをTVの前に釘付けにした。
今でこそ、ミュージシャンのミュージックビデオを視聴するのは珍しくも何ともないが、当時は、オーディオが主流だったリスナーをラジオやレコードから引き離し、「聞く音楽」から「聞いて、観て、楽しむ音楽」に転換させただけでも、大変に画期的だったのだ。
『Remember The Time』の美しさ
その絶頂期、トドメのように現れたのが、『Remember The Time』だ。
当時、人気沸騰だったハリウッド俳優のエディ・マーフィーと、エキゾチックな美貌で注目を集めるソマリア出身のモデル、イマン・アブドゥルマジドをメインキャラクターに迎え、ついでに、サブにはNBAの大スター、マジック・ジョンソンを配するという、豪華キャスティングに加え、古代エジプトをモチーフにした黄金づくしの美しいセット。バックダンサーも、エジプトの世界観に合ったアフリカン系で揃え、振付も古代遺跡の壁画の如く。
楽曲の美しさに加えて、最後まで目を離せないスリリングな展開に、これがミュージックビデオであることも忘れてしまうほどだ。
エジプトの壁画を模したユニークな振付と、圧倒的な群舞。
黄金で統一された美術セットとコスチュームも素晴らしい。
当時、人気絶頂だったエディ・マーフィーが王様役で登場。
美しい魔法使い(=マイケル・ジャクソン)に心を奪われる王妃(イマン)の酩酊した表情も官能的。
世界の『なぜこんな所にマジック・ジョンソンが?!』(上級奴隷役で登場)
イマン・アブドゥルマジドの有り得ないような首の長さ。
話題になったキスシーン。
壁画を模したアイメイク。群舞のダンサーも、ダンスだけでなく、世界観にマッチした容姿の人を選んでいるのがポイント。
ミュージック・ビデオに最新の特撮技術が取り入れられたのも、この作品が最初。
ちなみに、この特撮は、ジェームズ・キャメロンが映画『アビス』『ターミネーター2』で披露したもので、「海水を自在に操る深海生物」や「未来から来た金属生命体」の演出に取り入れられていました。
そんなマイケルのキャリアも、2009年、不眠治療による薬物死(ドラッグではなく、鎮静剤)という最後を迎え、世界中のファンに衝撃を与えた。
エルビス・プレスリーのファンが、「今もエルビスは何処かに生きている」と信じているように、我々、マイケルをリアルに体験した洋楽ファンも、そんな気がしてならない。
実際、マイケルの歌曲が一度も流れないラジオ局など、この地球上の何所にも存在しないから(多分)。
歌曲の中でマイケルは繰り返し歌う。
Do You Remember The Time
When We Fell In LoveDo You Remember The Time
When We First MetDo You Remember The Time
When We Fell In LoveDo You Remember The Time…
君は憶えてる?
僕たちが初めて恋に落ちた時のことを君は憶えてる?
僕たちが初めて出会った時のことを君は憶えてる…?
それはマイケルのパフォーマンスも同様。
私が死んで、21世紀も過ぎて、火星移住が当たり前の時代になっても(必ず実現する)、地球が回り続ける限り、『Remember The Time』も流れ続けるだろう。
いつ聞いても、新しく、いつ観ても、魅せられる。
そんなマイケル・ジャクソンの才能を、一番理解していなかったのは、当のマイケル・ジャクソン自身ではないかと思ったりもする。
そうでなければ、『This is It』という一大コンサートを前に、薬物治療に頼ったりしない。
不評や衰えなど心配しなくても、世界中が彼のキャリアや存在を認めていた。
でも、彼にとっては、これだけ歌って、踊れるのが当たり前。
僕、フツーに踊ってるつもりだけど、そんなにスゴイの? へー、みたいな。
だから、五十の坂を過ぎて、肉体的な衰えを感じた時、とてつもない恐怖とプレッシャーを感じたのだろう。
夜も眠れず、ほとんど麻酔みたいな強力な鎮静剤に頼らずにいないほどに。
*
ともあれ、『Remember The Time』。
お願いされなくても、私も、世界も、決して忘れない。
地球が回り続ける限り、マイケルの歌曲も流れ続ける。
地球が滅びて、再生する人がなくなった後も、音の粒子となって、多分、永遠に。
マイケル・ジャクソンのおすすめ動画
ナオミ・キャンベルとの絡みが美しい『in closet』
当時、三大スーパー・モデルの一人として絶頂を極めたナオミ・キャンベルをパートナーに迎え、セクシーな魅力をあますことなく見せつけた、アダルトな雰囲気の異色作。(ちなみに当時の三大スーパーモデルといえば、シンディ・クロフォード、クラウディア・シファー、ナオミの三人)
有名カメラマンの演出によるセピア色の映像とカメラワークが素晴らしい。
こちらも併せてどうぞ。
絶頂期のマイケルが辿った醜聞まみれの後半期と衝撃の死に至るまでの回想を綴っています。
映画『This Is It 』と音楽の世代交代 ~ 何がマイケル・ジャクソンを死に追いやったのか
『オレたちひょうきん族』のパロディ
こちらは『スリラー』が話題沸騰だった時、いち早くパロディを取り入れた、お笑い番組『オレたちひょうきん続』のパフォーマンス。
同番組の歴代パフォーマンスの中でも、一、二を争う傑作。
マイケルを演じたウガンダさんの、限りなく本物に近い踊りが秀逸。(非常によく練習されたと思う)
個人的には、一つ目小僧が好きです。
SpotifyとDVD
本作が収録されているアルバム『Dangerous (2015)』は、Spotifyで聴けます。
ミュージックビデオの集大成はこちら。 YouTubeのミックスリストで全て視聴できます。
初稿:2016年7月31日