チャーリー・パーカーの伝記映画『バード』
バード (1988年) - Bird
監督 ; クリント・イーストウッド
主演 : フォレスト・ウィテカー(チャーリー・パーカー)、ダイアン・ヴェノーラ(妻チャン)
あらすじ
貧しい町に生まれ育ったチャーリー・パーカーは、アルトサックス奏者として人気を博し、鳥のように自由に奏でる『ビ・バップ』の奏法を確立するが、ドラッグとアルコールに蝕まれ、34歳の短い生涯を終える。
本作では、チャーリーの下積み時代から、衝撃の死まで、数々の名演を交えながら、リアルに描いている。
クリント・イーストウッド監督のなみなみならぬ思い入れが感じられる、ジャズ映画の傑作。
『バード』の感想 ~ミュージック・ビデオとして楽しむ
本作は、『音楽』を売り物にしているが、レイ・チャールズの伝記映画『Ray(主演 ジェレミー・フォックス)』のように心揺さぶるヒューマンドラマでもなければ、『ドリームガールズ(主演 ジェニファー・ファドソン&ビヨンセ)』や『バーレスク(主演 クリスティーナ・アギレラ&シェール)』のように、「見て楽しい、聴いても感動」のエンターテイメントでもない。
チャーリー・パーカーが活躍した時代のジャズ・クラブのように、どこか陰鬱で、誰もが孤独に苛まれ、画面全体に紙タバコが煙るようなスモーキーな作品である。
クリント・イーストウッド監督のファンなら、モンゴル系移民の若者と退役軍人の心の交流を描いた『グラン・トリノ』や、中東の壮絶な現実を背景にした『アメリカン・スナイパー』、二度と観たくないぐらい厭世的な気分にさせられる『チェンジリング』みたいに、腹の底にドーンとくるような感動を期待するかもしれないが、『バード』はそれとも違って、とにかく、暗い、淋しい。全てが異質な作品だ。
チャーリー・パーカーが悲劇的な亡くなり方をしたので、救いようのない展開になるのは致し方ないが、それにしても、クリント・イーストウッドは、チャーリーの生涯を描きたかったのか、それとも彼の名演を紹介したかったのか、どっちだ? というぐらい、中途半端な印象が否めない。
また、『グラントリノ』や『アメリカン・スナイパー』のように、登場人物に感情移入できないのも理由も大きい。
特に、嫁のチャンは行動も性格も不可解で(少なくとも私はそう感じた)、よくある薬物依存症ドラマのように「献身的な家族」「主人公の葛藤と克服」「愛と涙のエンディング」を期待して見ると、肩透かしに合う。
チャンが気丈で、先進的な女性なのは分かるが、一体、チャーリーを助けたいのか、突き放したいのか、どっちやねん? とツッコミをいれたくなるほどだ。(演出として、デフォルメされた部分はあるだろうが)
クリント・イーストウッド作品にしては、核となるメッセージがいまいち感じられず、現在もあまり話題に上らないのも頷ける話である。
実在のミュージシャンで、薬物中毒というシビアな現実も絡んでいることから、『グラン・トリノ』みたいなお涙頂戴のドラマにできなかったのかもしれないが。(ついでにチャーリー・パーカーのカルトなファンも多い)
だとしても、一時代を築いた天才サックス奏者であり、伝説のトランペッター、マイルス・デイビスを見出した才人でもあるチャーリーの素顔を知るには、非常に参考になる作品だ。
ドラマとしては物足りなくても、作中におけるチャーリーの名演は、十分、視聴に値するものだし、何より、大のジャズファンで知られるイーストウッド監督の並々ならぬ思い入れが感じられる。
ある意味、『チャーリ・パーカーの伝記付きミュージックビデオ』と割り切れば、楽しめるのではないだろうか。
同じ麻薬中毒でも、レイ・チャールズが生き延びたのとは対照的に、チャーリーの心身はその毒に耐えきれなかった。
自分の寿命を知っていたからこそ、燃え立つような演奏が可能だったのかもしれない。
こちらが映画『セッション』でも繰り返し語られる、「駆け出しのチャーリー・パーカーがドラマーのジョー・ジョーンズにシンバルを投げられる場面。
この日の屈辱があったから、チャーリー・パーカーは偉大になった、というエピソードです。
錯乱か、恍惚か。伝説の『Lover Man』レコーディング
チャーリー・パーカーの数ある名演の中でも、特に有名なのが、酩酊状態でレコーディングした『Lover Man(ラヴァーマン)』のスタジオ録音だ。
パーカーはスタジオ入りする前に、ウイスキーをがぶ飲みし、泥酔したままレコーディングを開始した。
それはそうと,意識朦朧としたままでレコーディングはスタートした。1曲目は「マックス・イズ・メイキング・ワックス」である。パーカーとトランペットを吹くハワード・マギーとのユニゾンで始まるこの演奏は最初からばらばらの状態で,パーカーのソロも何とか最後まで辿りつけたという感じだった。
続いてパーカー自身の強い希望で「ラヴァー・マン」が演奏される。ピアノによるイントロの次に彼がテーマを吹くことになっていたが,演奏が始まらない。うとうとしていたのだ。やっと気がついたパーカーが何とか吹き始める。しかしアイディアが纏まるはずもない。最後まで演奏はしたものの,内容は支離滅裂で,閃きに富んだ日頃のプレイとはまったく違う。
そんな状態でもう2曲が録音されたものの,この日のパーカーは結局クリエイティヴなプレイをすることがなかった。しかしこの演奏は,のちに《ラヴァー・マン・セッション》と呼ばれ,研究者やファンからは珍重されている。
上記について、出典を忘れました。ごめんなさい
この後、パーカーは精神に錯乱をきたし、ついに病院で療養生活。
にもかかわらず、ラヴァーマンを吹き込んだレコードはリリースされ、今に語り継がれる伝説の名演となる。
こちらが実際に吹き込まれたチャーリー・パーカーの演奏。
ピアノの伴奏が始まるも、二拍ほど遅れて、「あっ」と気がつくように始まるのが印象的。
「泥酔」「朦朧」── 確かにそうかもしれないが、実はあっちの世界に行って、神様に遭ってたのかもよ。
Spotifyでも視聴できます。
三枚組のベスト・アルバムのURLはこちら
https://open.spotify.com/album/2c6BUJGIxa4SA94iYX4JkT?si=TRWbgI2GSDC5sKOLzoFjMg
amazonでもSHM-CDがリリースされています。
絶頂期を迎えていた天才アルト・サックス奏者の記録~ロサンゼルス編。若き日のマイルス・デイヴィス参加のセッションをはじめとする西海岸時代の名演集。
チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアル Vol.1(SHM-CD)
阿川泰子の 『Lover Man』(邦訳)
チャーリー・パーカーのレコーディングには悲しい謂れがあるが、『Lover Man』自体はロマンティックな名曲で、私が世界で二番目に好きなラブソングでもある。
ちなみに、一番好きなラブソングはシャーデーの『Cherish The Day』。
(参考 シャーデーの『Cherish The Day』とアルバム『LOVE DELUXE』/ 世界で一番好きなラブソング)
好きになったのは、阿川泰子氏の歌う『ジャズ・バラード集 NEW BESTONE』がきっかけだ。
泰子嬢のメロウで優しい歌声に加え、歌詞のあまりの愛らしさにノックアウトされた次第。
『Lover Man』も、ヴォーカル、インストゥルメンタル共に名演が多いが、私は阿川女史の歌う『Lover Man』が一番好きだ。
日本語訳はこちら。
Lover Man
I don’t know why, but I’m feeling so sad
I long to try something I’ve never had
Never had no kissin’
Oh, what I’ve been missin’
Lover Man, oh where can you bethe night is cold, and I’m so all alone
I’d give my soul just to call youmy own
Got a moon above me, but no one to love me
Lover man, oh where can you beI’ve heard it said that the thrill oh romance
can be like a heavenly dream
I got to bed with a pray’r
that you’ll make love to me
Strange as it seemsSomeday we’ll meet and you’ll dry all my tears
Then whisper sweet little things in my ears
Huggin’ and a kissn’
Oh whato we’ve been missin’
Lover man, oh where can you be……どうしてだか分からないけど、淋しく感じるわ
今まで経験したことのないような何かを試したりもするけれど
満たされないの
愛する人よ、あなたはどこに夜は冷たいのに 私は一人ぼっち
あなたに魂ごと捧げたい
月は私の上に輝いているけれど
私を愛してくれる人は誰もない
愛する人よ、あなたはどこに恋は天国の夢のようだと言うわ
おかしいかもしれないけど
あなたが私を愛してくれることを祈りながら
私はいつも眠りに就くのよいつか私たちが出会ったら
あなたは私の涙をぬぐい
優しい言葉をささやいてくれるでしょう
私を抱きしめ キスしながら
あなたに会いたいわ
愛する人よ、あなたはどこに……
元々は、ビリー・ホリデイの持ち歌だそうだが、泰子嬢の歌唱も濃厚なクリームみたいに甘やかで、女性美に溢れている。
Spotiryでも無料視聴できます。
アダルトな歌唱が好みなら、ジュリー・ロンドンがおすすめ。
低音で、じっくり聴かせます。
伝説の三田コピー機のCM
おまけ。
当時、斬新な映像で話題になった、伝説の三田コピー機のTVCM。
「明日は変わるでしょうか。コピーは変わるでしょうか。ズーム機能が加わった、システムマシーン。コピーはMITA』
『Good-Bye』が本当にグッド・バイになってしまった、三田工業です。(バブルの後、倒産)
I will never forget,too…this cm
初稿:1998年秋
名曲 『Milestone (マイルストーン)』
ジャズの名曲と聞かれて、ぱっと思いつくのが『Milestone(マイルストーン)』
第一に、伝説のトランペッター、マイルス・デイヴィスの代表曲であり、第二に、チャーリー・パーカーもマイルスと組んで名演を残している。
マイルス・デイヴィスと言えば、『マイルストーン』というぐらい有名。ジョン・コルトレーンと共演。
音楽はともかく、名前のMiles(マイルス)に、Tone(音調)を掛け合わせた、『Milestone』というタイトルがすでに成功している。
ちなみにチャーリー・パーカーのMilestoneは、マイルス・デイヴィスのマイルストーンと異なるんですね。
でも、マイルスの最初の一歩という感じで、印象的です。
話すように奏でる ビバップの面白さ
管楽器でも、弦楽器でも、一度でも楽器をいじったことのある人間なら、チャーリー・パーカーが『バード』と讃えられる理由に納得がいくと思う。
クリント・イーストウッドの映画でも感じるが、パーカーのサックスは、鳥が飛ぶように歌い、人が話すように滑舌である。
喩えるなら、人の言葉が七つの音符(note)に置き換わった如く。
自分の心を書き付けるように自在に音を繰り出し、次の奏者にバトンタッチする。
すると、その奏者も音で返し、さっきとは異なる音調で自己主張する。
彼らの演奏を聴いていると、まるで人と人が楽器を使って話しているみたい。
楽譜などなくても、皆、分かり合っているという感じ。
その息と、次に何が飛び出すか分からない、スリルと緊張感がビバップの魅力ではないか。
思えば、それ以前――クラシックの世界では、楽譜第一、楽理ありきで、忠実に演奏することが求められてきた。
ジャズやポップスでも、スタンダードな曲には「予定された音調」が存在し、それが安定した美しさの秘訣でもある。
だが、パーカーやマイルス・デイヴィスの演奏は、次に何が出てくるか分からない。
突然、外れることもあれば、夕べと異なることもあり、一つ一つの演奏が即興だ。
そして、元々、音楽とはそういうものだったのかもしれない。
クラシックの大家が楽理を完成させる以前は。
ただ、自由な鳥に安全な宿り木はないように、魂をむき出しにするような即興演奏は、傍が思うよりずっと消耗するのかもしれない。
人間、そうそう充電できるものではないし、一度、自由な方向に駆け出せば、二度と後戻りできなくなるから。
そうと分かっても、そんな風にしかなれない人間もいる。
チャーリー・パーカーもその一人だろう。
文字通り、太く短く燃焼した、凄まじい生涯であり、演奏である。
初稿 2011年12月15日