ゴッホの初期の名作『ジャガイモを食べる人々』から問題児だった青年期のエピソードを紹介。
いまだ東欧の人々にとって主要な食糧であるジャガイモに関するコラムを掲載しています。
ゴッホの初期の名作『ジャガイモを食べる人々』について
悲劇の天才画家、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの初期の傑作に『ジャガイモを食べる人々(The Potato Eaters)』という作品があります。
後期の作風からは想像も付かないほど写実的な一枚です。
美術ムック『知識ゼロからの西洋絵画 困った巨匠対決』によると、
ゴッホの父と祖父は牧師で、伯父3人は画商。ゴッホには宗教と芸術の血が流れています。
幼い頃から興味のあることには驚異的な集中力を発揮するものの、空気が読めない問題児。
中学を中退して伯父の画廊に拾われても、失恋を機に働かなくなってクビ。
牧師として探鉱に赴けば、異常な献身ぶりが逆に気味悪がられてクビ。
見かねた弟のテオが生活費の援助を申し出て、27歳にして画家を志し親戚の画家に入門するも、子連れの娼婦に入れあげて破門。
ようやく落ち着いて絵に専念し、最初の作品らしい作品 ≪ジャガイモを食べる人々≫ を仕上げたのは32歳のときでした。
ミレーのような農民画家を目指したゴッホですが、ここでもまた「人の役に立ちたい」情熱が空回り。
農民たちにモデルになることを拒否されて、失意のうちに故郷オランダを後にします。
注釈として
絵で農民の暮らしを支えたいと願うゴッホの情熱も、仕事に追われる彼ら(農民)にはありがた迷惑。
プロテスタント牧師の息子ゴッホを警戒したカトリック教会も、農民に彼のモデルにならないよう指示したとか。
知識ゼロからの西洋絵画 困った巨匠対決
『聖書のある静物』 牧師だった亡き父への思い
『ジャガイモを食べる人々』と同様、写実的な作品に『聖書のある静物』があります。
『知識ゼロからの西洋絵画 困った巨匠対決』によると、
聖書は牧師だった父の、消えた蝋燭は彼の死の象徴。人々に見捨てられながら彼らの罪を背負って死んだ『神の僕』を讃えるイザヤ書53章が開かれ、手前にゾラの小説『生きる歓び』が。父親は最後まで困った長男を気にかけていたそうです。
故郷を追われたゴッホがベルギーのアントワープに赴き、そこで日本の浮世絵と出会ったことが大きな転機となりました。
ゴッホが、独特の作風を確立するには、オランダの田舎町を出て行かなければならなかったのかもしれません。
そう考えると、美術の神は、ちゃんと道筋を作って、新天地に導いたのかもしれませんね。
ゴッホ自身には傷心の青年期だったでしょうけど。
Vincent van Gogh – Still life with Bible
『疲れ果てて』とゴッホ展の思い出
ゴッホの名作に『Worn out (疲れ果てて)』と呼ばれる連作があります。
十八歳の時、ゴッホ展で初めて本物を目にしましたが、見た瞬間、絵に突きとばされるような衝撃を受けたものです。
それは、一人の老人が椅子に腰掛け、頭を抱えている絵でした。
ゴッホ特有の色彩もなければ、うねるようなタッチもない。
ただ老人が嘆く姿を描いただけなのに、疲れ果てた男のむせび泣くような声が今にも聞こえてくるようでした。
実際、絵の前にへたり込み、憑かれたように見入っている女子学生もいました。
私もその横に座り込みたいほどでした。
『Worn Out』で知られる連作は、疲れや絶望などという言葉で言い表せるものではありません。
この世に存在する限りの苦悩を掻き集め、一人の男の体内に押し込めたような、凄まじいまでの痛苦が感じられます。
現実でさえ、これほどの苦悶を抱えた人間は存在しないと思えるほど、この絵は、疲れ切った人間の内面をありありと描き出しています。
今でこそ、一枚の花の絵に何百億という値段がつくけれど、生前に売れた絵はたった一枚だった、ゴッホの人生。
その絵は、情熱とも、狂気とも喩えられますが、彼が探し求めたことはただ一つ。
世界と人間をありのままに描くことです。
ただ、その画風が、当時は理解されなかっただけで。
ゴッホと言えば、『ひまわり』や『星月夜』が有名ですが、私はこの『疲れ果てて』の連作や、上記の『じゃがいもを食べる人々』のような写実的な絵の方が好きです。
ゴッホ美術館の公式サイトによると、オランダ・ハーグの救貧院に暮らす老人に、わずかな報酬と引き換えに古着を着せ、描いたものです。ゴッホはハーグでたくさんの人物画を描き、人間のプロポーションやポーズ、表情の描き方を学びました。
Vincent van Gogh, Public domain, via Wikimedia Commons
こちらの絵は、サン=ポール・ド・モゾル修道院の精神病院で療養中、上記のリトグラフを元に描かれたものです。
Trauernder alter Mann(悲しむ老人)
【コラム】 ジャガイモと東欧の食卓
昔から、ジャガイモは貧しい人々が頼りとする食べ物だった。
生命力が強く、厳しい自然環境でも――たとえ野菜カゴに置きっぱなしにしていても――青々と芽吹いて、実を結ぶジャガイモは、その日その日を食いつなぐのに精一杯な人々の食糧として重宝された。
貧しい人々が寄り添い、ジャガイモを食べる様子を描いたこの作品は、ゴッホの人間を見つめる真摯な眼差しと、写実的な技量を物語る傑作として、今も高く評価されている。
そして、この光景は、現代の東欧の食卓にも受け継がれている。
主食といえば、茹でたジャガイモ。
日本では、ジャガイモは「おかず」に分類されるが、東欧の食卓では「パン」や「穀類(ソバの実、ハトムギなど)」「コメ(白米、玄米、ジャスミン米)に並ぶ、立派な主食である。
ゆえに、「ご飯」+「ジャガイモ料理」は、受け付けない。
彼らにしてみれば、「主食が二つ」だからだ。
東欧に行くと、どこの家庭にも、山のようにジャガイモのストックがあり、料理といえば、ジャガイモの皮を剥くところから始まる。
もっとも、近頃は、フレンチフライの人気が高く、生のジャガイモを茹でる代わりに、冷凍食品のポテトをオーブンでチンするだけの家庭も増えているようだが。
それでも、日本人がコメを有り難く感じるように、東欧の人々にとっても、ジャガイモは神宿る主食だ。
他の野菜や果物が値上がりしても、ジャガイモだけは最後まで値上がりしなかったりする。
ちなみに、ポーランドの平均価格は、1キロ = 100円ほど。
鶏肉が1キロ = 約550円だから、安価でお腹が膨れる栄養食といえる。
果てしない平原に、山のように作られるジャガイモは、現代においても、社会の要であり、命の糧である。
書籍の紹介
私の大好きな美術本の一つです。ルネサンスの巨匠から現代美術まで有名どころはすべて網羅。文字がぎっしり詰まった美術本と異なり、可愛いイラストが分かりやすくガイド。「美術って何となく敷居が高そう・・」という方でもマンガ感覚で楽しめます。
他の美術本にはない名匠の生い立ち、恋のエピソード、あの画家との比較、時代背景など、読み物としてもおすすめですよ。
■ 商品情報より
ルネサンスから20世紀美術(ジョットからホックニー)までの画家や美術史の基本的な事柄を、色々なエピソードとともに画家たちの言葉とイラストで解説しています。
天才ミケランジェロは、それ以前の絵画に何を想ったのか?
そのミケランジェロを観たルノワール、マティスは何を考えたのか?
それぞれの巨匠について別の巨匠たちの言葉とともに美術史の内側に迫ります。
巨匠に教わる絵画の見かた (リトルキュレーターシリーズ)
ゴッホではありませんが、別のタイトルを所有しています。
写真も美しく、ぱらぱらめくって、初心者が学ぶには丁度いい分量です。
■ 商品情報
37歳という若さで自らの命を絶ったゴッホ。画業はわずか10年と短いが、作風は、夢や希望、失意や挫折といった画家の内面と呼応するかのように変化している。本書はその変遷を、パリ、アルル、サン・レミ、そして終焉の地オーヴェル・シュル・オワーズと、ゴッホが移り住んだ場所をキーワードに追っていく。