心の醜悪は外見に現れる ~嫉妬に狂った男の悲劇 映画『ザ・フライ』

天才科学者セスは物質転送機『テレポッド』の開発に成功するが、恋人の過去に嫉妬するあまり、自棄を起こして、自らを実験台にする。だが、ポッドの中には一匹のハエが紛れ込んでいた。鬼才・クローネンバーグ監督が特殊メイクと卓越したカメラワークで狂気に走る男の内面を描くSFホラーの傑作。

目次 🏃

映画『ザ・フライ』

作品の概要

ザ・フライ(1986年) - The Fly

監督 : デヴィッド・クローネンバーグ
主演 :  ジェフ・ゴールドプラム(ハエ男)、ジーナ・デイヴィス(恋人・ヴェロニカ)、ジョン・ゲッツ(ヴェロニカの前の愛人)

あらすじ
天才科学者のセス・ブランドルは、一つのポッドで物質を分子レベルで分解し、もう一つのポッドで元の状態に再構築する、物質転送器『テレポッド』の開発にいそしんでいた。電話のような無機質な物質は転送に成功していたが、ステーキ肉や犬のような有機物は再構築が難しく、開発にも行き詰まっていた。

そんな中、科学雑誌の記者であるヴェロニカと知り合い、二人は意気投合。試行錯誤を続けるうちに、ついに生物の転送に成功する。しかし、ヴェロニカが、編集長のジョン・ゲッツと愛人関係にあったことを知ったセスは嫉妬からやけ酒をあおり、自ら転送ポッドに入る。だが、その中には、一匹のハエが入り込んでいた。混乱した転送システムは、ハエのDNAとセスのDNAを融合し、奇怪なハエ男を作り出す。

やがてセスの身体は変化を始め、皮膚はただれ、髪も抜け落ち、見た目も異様な怪物になっていく。セスの子供を妊娠していることに気づいたヴェロニカは、恐ろしさのあまり、堕胎しようとするが、それを知ったセスは、手術場からヴェロニカを誘拐し、皆が一体となる為に、二人で一緒にポッドに入ろうとする――。

言わずと知れた、ジェフ・ゴールドプラムの出世作。
本作で奇怪なハエ男を熱演した後、スティーブン・スピルバーグの傑作『ジュラシック・パーク』の天才数学者・マルコム役に起用され、世界的スターの仲間入りをした。
(参考: 生命は道を探し出す スピルバーグの映画『ジュラシック・パーク』

また、『インデペンデンス・デイ』でも、宇宙人の襲撃を警告する天才エンジニア・デイヴィッド役を好演している。

トム・クルーズやマット・ディモンのような、ハンサム系のアクション役者ではないが、独特の風貌と肩肘張らない演技力が相成って、「ちょっと風変わりな天才」を演じさせたら右に出る者はいない。
近年は、コメディ映画やアニメーション映画でも活躍しており、ますます目が離せない俳優の一人である。

本作は、アカデミー賞・メイクアップ賞を受賞しているだけあって、ハエ男の造形が素晴らしいし、クローネンバーグのカメラワークも非常に上手い。特に終盤、テレポッドに閉じ込められたセス(ハエ男)が、事故で転送されて、受信器の方からビーっと出てくる場面は、白色フラッシュを効果的に使い、『エイリアン』のように迫力がある。

この手の映画にありがちな中だるみもなく、見たいものを見せてくれる渾身の作だ。

セットのB級感は否めないが、旧式のコンピュータがかえって不気味で、この時代に作られて正解だったのではないだろうか(パソコンが普及する前です)

ちなみに、ジェフ・ゴールドプラムはこの作品をきっかけにジーナ・デイビスと結婚したが、後に離婚している

ブルーレイと動画

画面上に現れるハエを狙う、ハエたたきゲーム:シューティング・ギャラリーなど豪華映像特典を多数収録。
1986年度アカデミー賞メイクアップ賞受賞

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【映画評】 嫉妬は自分も周りも滅ぼす

『ザ・フライ』が描く嫉妬心

知人に言わせると、男の嫉妬ほど恐ろしいものはない、という。

嫉妬といえば、女性の専売特許のイメージがあるが、女性の場合、せいぜい、「あの子の方が綺麗。キー、悔しい」程度のものだし、自分が医者と結婚したら、気が収まるような単純な所もある。

ところが、男性の場合、嫉妬は権力闘争に発展し、左遷、密告、謀略、と、相手が表舞台まで消え去るまで、容赦なく続く。

知人に言わせると、女性は周りの人が味方してくれたら納得するが、男性の場合、相手の影が消え去るまで潰さないと、納得がいかないのだとか。

1986年に公開された、ホラー映画『ザ・フライ』も男の嫉妬を描いた傑作だ。

一般には、「ホラー」にカテゴライズされるが、特殊メイクはあくまで演出の一つに過ぎず、本質は、醜怪な人間ドラマである。

ストーリーは、いたってシンプル。

天才科学者のセス・ブランドルは、画期的な発明である、物質転送機『テレポッド』の開発に成功するが、恋人のヴェロニカが、上司と愛人関係にあったことを知ると、嫉妬に駆られて、自ら転送ポッドに入る。

そして、偶然、ポッドに入り込んだ一匹のハエによって、破滅の一途を辿る。

ホラーと言えば、ホラーだが、本作の秀逸な点は、次第に理性を失っていくセスの内面を、醜怪な容姿で表現している点だ。

人間、見かけじゃないと言うが、形の美醜に関係なく、内なるものは外見に現れる。

たとえ見た目はハンサムでも、狐のような目つき、だらしない口元、いつも眉間に皺がよったような険しさ、等々。

内面にただならぬ性質は、如実に外面に現れるものだ。

セスは、誰にも認められない悔しさから、元々、屈折したものを心に抱えており、ヴェロニカと編集長との愛人関係が、その歪みに火を付けた。

セスにとって、ヴェロニカは、唯一の理解者であり、希望でもあったから、たとえ過去の話でも、編集長との関係は自分を蔑ろにすると感じたのだろう。

ハエの遺伝子と合体して怪物と化した、と言えばその通りだが、合体しても、しなくても、セスの鬱屈した怒りは、いずれ外面に現れ、ヴェロニカを苦しめただろう。

「テレポッドに紛れ込んだ一匹のハエ」は、制御不能の象徴であり、自分で自分を制御しきれなくなったセスの内面でもある。

嫉妬に狂った男――恋愛だけでなく、仕事や研究も含めて――は、いずれ周りも傷つけ、がら、自他ともに滅びるしかないことを、デヴィッド・クローネンバーグ監督は徐々に崩れ落ちるハエ男の姿に喩えているような気がする。

誰かにこっそり教えたい 👂
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