南北分断の悲劇と願いを描いた 韓国映画『シュリ』 ~自由に行き来する魚のように

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韓国映画『シュリ』 南北統一の夢を乗せて

作品の概要

シュリ(1999年) - 쉬리

監督 カン・シェギュ
主演 ハン・ソッキュ(韓国秘密情報機関・捜査員ユ・ジュンウォン)、キム・ユンジン(ジュンウォンの恋人イ・ミョンヒョン)、ソン・ガンホ(ジュンウォンの相棒イ・ジャンギル)

韓国映画『シュリ』
シュリ 【DVD】

あらすじ

韓国秘密情報機関の捜査員ユ・ジュンウォンは、相棒のチェ・ミンシクと共に、北朝鮮の女工作員の行方を追っていた。韓国要人の暗殺事件に関与する凄腕のスナイパーだ。
一方、ジュンウォンはペットショップで働く恋人イ・ミョンヒョンとの結婚を間近に控え、幸せに胸を膨らませる。だが、このミョンヒョンこそ、ジュンウォンの追う女スパイだった。ミョンヒョンは愛の証しとしてジュンウォンに観賞魚の「シュリ」を贈り、ジュンウォンは捜査本部の水槽で大切に育てていた。
そんな時、ミョンヒョンの元教官であるパク・ムヨンが韓国に入り、近く開催される南北合同サッカー大会に出席する両国首脳の暗殺を計画する。
これを阻止すべく、ジュンウォンは輸送中に強奪された液体爆薬の奪回を図るが、捜査情報が敵の手に渡っていることに気付き、相棒のイ・ジャンギルとも仲違いする。
サッカー大会が迫る中、ジュンウォンは両国首脳を守り抜き、恋人ミョンヒョンと幸せに結ばれるのか……。

見どころ

恐らく、韓流ブームが本格化する前、日本人が初めて親しんだ韓国映画は『シュリ』ではないだろうか。
地元・韓国では、ジェームズ・キャメロンの『タイタニック』を凌ぐ空前のヒットとなり、日本でも話題になった。
私も韓国映画を見たのは、これが初めてで、実は、韓国のことも、あまり良く知らなかったのだが(ネットが普及する前)、日本の若者と同じように恋をし、お洒落な野外レストランで外食を楽しみ、一生懸命に生きる姿に感銘を受けたものだ。

「なんだ、同じじゃん!」

そう思った日本の若者は多いはずだ。
韓国の若者が、初めて日本のアニメやアイドルを目にして、「なんだ、同じじゃん!」と思ったように。

本作では南北分断を再び結びつけるシンボルとして、南北の河を自由に行き来する熱帯魚のキッシンググラミー(シュリ)が効果的に使われている。
その願いは、南北だけでなく、日韓友好にも一役買ったようだ。

韓国映画 = リー・リン・チェイの「少林寺」やブルース・リーの「燃えよ、ドラゴン」みたいな世界観を想像していた私にとって、『シュリ』のダイナミックなアクションやスピード感溢れるドラマ作りは、本当に目からウロコであった。

近年の世界的な韓流ブームの先駆けとも言える『シュリ』は、今、見返しても、十分に楽しめる娯楽アクション大作である。

恋は国境を越えて ~『シュリ』の見どころ

『シュリ(1999年)』は韓国に潜入した北朝鮮工作員のイ・ミョンヒョンと、韓国諜報部員のユ・ジュンウォンの悲恋を描いたスパイアクションだ。

韓国では世界的メガヒットとなったジェームズ・キャメロンの『タイタニック』を抜いて、興行成績一位を達成した。

北朝鮮工作員の正体を隠して、ソウル市内のペットショップ店員として働くミョンヒョンと、韓国諜報部員のジュンウォンは、近々、結婚予定だ。

ミョンヒョンは二人の愛の記念に、ジュンウォンに川魚のシュリをプレゼントする。シュリは、朝鮮半島の川に生息し、南北を自由に泳ぎ回る、平和の象徴だ。

実はこのシュリが……である。

南北を自由に行き来する魚 シュリ

ジュンウォンにプレゼントされたシュリは、韓国情報部のオフィスで大切に買われる。
一方、情報が筒抜けで、大事な証人を失ったジュンウォンと、パートナーのイ・ジャンギルは、なぜ情報が漏れたのか首をひねる。

シュリを通して捜査情報が筒抜けになる

そんな中、北朝鮮はさらなる工作員を韓国に送り込む。
近々、開催される、南北合同サッカー大会を合同誌、北朝鮮に有利に運ぶ為だ。

送り込まれた工作員は、ナウで、ヤングな韓国市民として、ソウルの町に溶け込む。
「わー、ソウルも東京も同じじゃん」と思った日本人も少なくないはずだ(多分)

韓国に潜入する北側のスパイ

工作チームを指揮するパク・ムヨンは、ジュンウォンの元教官でもある。
韓国に潜伏するミョンヒョンにコンタクトを取り、ジュンウォンらの暗殺を命じる。

ジュンウォンの共感で北朝鮮工作チームのパク・ムヨン

公共施設のPCチャットで連絡を取り合うパク・ムヨンとミョンヒョン。
「わー、PCのキーボードがハングル文字だ」と感激した日本人は少なくないはず(多分)

ハングル文字のパソコン

そうとは知らずに、居酒屋で飲食を楽しむジュンウォンたち。
愛する彼女が北朝鮮工作員とは夢にも思わない。

「わー、韓国のナイトライフも大阪みたいじゃん」と感激した日本人は少なくないはず(多分)

夕食を楽しむ風景は日本と同じ

そんな中、パク・ムヨン率いる北朝鮮工作員によって液体爆弾CTXが強奪される。
捜査も難航する中、ついに、南北合同サッカー大会が開催。
歴史的イベントに両国の観客は歓喜する。
本当にそうであれば夢のような光景ですね。

南北合同のサッカー大会

南北の首脳が挨拶する

相棒イ・ジャンギルの命がけの捜査によって、ついにシュリの秘密が明らかにされる。
だが、任務は最後まで遂行しなければならない。
銃を構えて向かい合う恋人たちの姿が痛ましい。

恋人に銃口を向けるミョンヒョン

ジュンウォンはミョンヒョンを撃てるのか

本作の見どころは、一歩間違えれば、ベタっとした恋愛悲劇に終りそうなところ、あくまでクールに、スタイリッシュに描いている点だ。

「南北分断」「破壊工作」というシリアスなテーマを扱っているにもかかわらず、「娯楽アクション」として楽しめるのも、辛気くさい政治論は持ち込まず、恋人たちの心情にフォーカスしているからだろう。

その中で、南北を自由に泳ぎ回る『シュリ』という魚が効果的に使われ、分断の悲劇と願いをドラマチックに演出している。

ラストも、複雑なシチュエーションにもかかわらず、万人が納得いくような話運びになっており、脚本の質の高さが窺える。

私も本当に「燃えよ ドラゴン」みたいな作品を想像していたので、ハリウッドばりのアクションとプロットの緻密さには度肝を抜かれたという感じ。

この後、日本に本格的な韓流ブームがやって来て、アカデミー賞受賞作『パラサイト』、NetFlixの『イカゲーム』と、世界的にも高く評価されるわけだが、いまだ『シュリ』を越えるロマンティック&アクション映画は作られてないような気がする。(いろいろ面白いけど、シュリほどではない)

最初に見たインパクトのせいで、他が霞んで見えるだけかもしれないが、それでも、志しの高さにおいては、先駆けとなった『シュリ』がダントツと思うのだ。

韓国も世界市場を見据え、映画、音楽など、国策として力を入れているそうだが、ここらで初心にかえって、もう一度、『シュリ』のように抒情的な作品を作って頂けたらと願う。

他のも凄いんだけど、何というか、、、、『パラサイト 半地下の家族』みたいに、話がどんどん暗くなって、シュリに感じられた夢や希望が失われていってる気がするので。(それだけ世相が暗いのかもしれませんが)

映画で世代交代 ~若い世代は政治論よりコンテンツ

南北分断が両国民の精神や歴史にどのような傷を残したのか、私には想像もつかないが、映画『シュリ』が熱狂的に支持されたのも、理屈では割り切れない国民感情があるからだろう。

今度の南北首脳会談(※後述)も、政治的・経済的思惑があるにせよ、夢のようなツーショットだったと思う。

今後、日中南北がどのような経緯を辿るか知れないが、陸路で結びついた隣国は、リスクも多いが、地理的・商業的にはメリットも大きい。

「日本は島国で安全だ」と言う人もあるが、カゴや馬で移動していた江戸時代ならいざ知らず、現代は、世界中が一瞬で情報を共有し、地球の裏側も10数時間で行けてしまう時代である。

地続き欧州やアジアの商人が、ミニバンに卵や野菜や焼き菓子を積んで、隣国のスーパーに卸しに行くような時代に、日本はラーメン一袋を輸出するにも複雑な通関手続きを必要とし、輸送手段も船か飛行機に限られているため、多額のコストがかかる。

他国がラーメン1袋を100円で取引するのに対し、日本のラーメンは、輸送コストや仲介料で膨れ上がって、2倍、3倍の価格になるのが常だ。

日本のお家芸である和菓子や刺身も、輸出のしようがなく、日中の違いも分からない外国人客に、日本製に見せかけた安価なイチゴ大福やなんちゃってポッキーが大量に買われているのが現状である。

そう考えると、地続きの中南北は、島国日本とは全く異なる感覚を持っているだろうし、表向きは感情をこじらせながらも、裏ではしっかりソロバン勘定して、互いに有利なように話を進めているような気もする。

これからの時代は、歴史より経済、史実より面白いコンテンツであり、いつかは従来とは異なる指導者が現れる日も来るだろう。

もう、いつまでも、国ガー、民族ガー、という時代ではないし、若い世代においては、辛気くさい政治論より、踊れ TikTok だからだ。(相手が何ものであろうと、面白ければそれでいい)

映画『シュリ』では、事件が解決した後、ミョンヒョンと深い仲であったジュンウォン捜査官が情報部員に査問される。

「一年間、恋人として付き合いながら、彼女が北朝鮮のスパイだと気付かなかったのはおかしい」と。

だが、心から彼女を愛したジュンウォン捜査官は、「彼女への思いは、義務や疑いよりも甘く強かった」と答える。

これこそ、若い世代の本音と思うのだ。

恋人に限らず、アイドル、K-POP、映画、TikToker、、、一人の人間として見れば、そこに国境も歴史もない。

多くの人は、もうこうした問題にうんざりしていて、それより、平和で楽しいことを求めているのだと。

『シュリ』を皮切りに、韓国映画が世界を席巻し、「国家」と「コンテンツ」の切り分けも進んでいる中、案外、こうした若い世代の「面白ければ、それでいい」が世界を良い方向に変えていくのかもしれない。

【追記】 2018年 南北首脳会談に寄せて

2018年に追記

何所の世界も、隣国同士は仲が悪いものだ。

武力抗争とまではいかなくても、ワールドカップ・サッカーで代理戦争を楽しんだり、ブラックジョークでけなしたり、飲み屋に行けば「○○国のレストランは、どうたら」みたいな話は日常的に聞く。これが政治的・歴史的に敵対関係にある地域なら、尚更だろう。

グローバル化も進み、もうすっかり「人類、みな兄弟」みたいな感があるが、世界的には、隣国の兵士に親兄弟を殺されたう人は、まだまだたくさん存在する。いくら商業的には「お得意さん」でも、歴史的感情を払拭できるほど甘いものではないだろう。

そんな中、ついに南北首脳会談が実現し、北と南の指導者が手を取り合った。

私と同世代なら、映画『シュリ』を思い浮かべた人も少なくないのではないだろうか。

9年の歳月を経て、本当に両国の首脳が肩を並べる場面が実現するとは夢にも思わなかったが、世界は確実に進歩している。

南北を自由に行き交うシュリのように、東と西を自由に飛び回る鳥たちのように、いつか本当に皆が幸せになれる日が来ればいい。

いつか、本当に。

微妙にカットされたTV版 ~あの場面と台詞は何所へ?

ちなみに、『シュリ』は何度か日本のTV局でも放送されていますが、私が見た時は、査問官の追及に対し、ジュンウォン捜査官が答える、 「南北分断の歴史が、彼女のような悲劇を生みだしたのです」という部分が、きれいさっぱりカットされていました。

おいおい、ここに続く台詞こそ、『シュリ』の魂であり、韓国民を『タイタニック』より感動させた共通の思いなのに、カットしてどうするんだ?! と目が点になりましたよ。

それとも左寄りの放送局がオンエアすると、歴史の核心に触れるような部分はカットされちゃうのかニャ~、とTVの前で疑心暗鬼。

結局また、レンタルビデオで最初から見直す羽目になりました。

あと、ジュンウォン捜査官と北朝鮮工作員のソン・ガンホが一体一で対峙した時、ソン・ガンホが言う、「ハンーガーやら、コーラやら、口にしているお前らに、飢えた北の民の苦しみが分かるのか」という台詞も、DVDでは違う字幕に置き換えられていて、今でも、ハンバーガーとコーラは何所に行ったのかと、もやもやしています。

しかし、これは本当に面白い映画でした。

制作スタッフの並々ならぬ思い入れを感じます。

韓国映画も、最近、スプラッタ多めで、話はいいけど、気色悪いのが増えてきたので(イカゲームみたいなの)、もう一度、シュリの頃に戻って欲しいです (・_・)(._.)

初稿 2014年11月5日

誰かにこっそり教えたい 👂
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