父(夫)の家庭内暴力を描く 映画『シャイニング』 

この記事はネタバレを含みます。未見の方はご注意下さい

目次 🏃

映画『シャイニング』 あらすじと見どころ

シャイニング(1980年) -The Shining(シャイニングとは超常的なものを感じる能力。超能力というよりはシックスセンス)

監督 : スタンリー・キューブリック
主演 : ジャック・ニコルソン(ジャック)、シェリー・ヂュヴァル(ウェンディ)、ダニー・ロイド(息子ダニー)

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あらすじ

失業中のジャックは、コロラド州ロッキー山上にあるオーバールック・ホテルの面接を受ける。厳冬期、大雪に閉ざされるホテルの管理人を務めるためだ。
ジャックは妻のウェンディ、息子ダニーを伴って、豪華なホテルに移り住み、悠々快適な暮らしを楽しんでいたが、「シャイニング」と呼ばれる特殊能力をもつダニーは恐ろしい幻覚を目にするようになる。また、ジャックも、一日中、タイプライターに向かい、ホテルに存在するはずのない支配人らと心を交わすようになる。
やがて狂気に憑かれたジャックは、斧を手に、ウェンディと息子に襲いかかる――。

見どころ

映画『シャイニング』は、スティーブン・キングの小説をベースに製作されたホラー映画の金字塔だ。
血の赤色と無の白、遠く吸い込まれるような直線廊下など、前衛芸術のように斬新な映像に加え、無人のホテルに現れる不気味な人物、息子が目にする奇怪な幻想、次第に狂い始める父親(夫)、等々、人の五感に染み込むような演出、脚本、音響で、今なお根強いファンをもつスタンリー・キューブリックの代表作だ。

失業中の父親、ジャック・トランスは、雪深いコロラド州の山上にあるオーバールック・ホテルの管理人として、一冬を過ごすことになる。
同伴した妻のウェンディと一人息子のダニーは、豪華なホテル住まいを満喫していたが、息子のダニーは恐ろしい幻覚を目にするようになり、妻ウェンディもただならぬ気配を感じるようになっていた。
一方、ジャックは、ホテルに棲む謎の男と言葉を交わすようになり、次第に正気を失っていく……。

本作は、善良な父親がホテルの悪霊に取り憑かれ、妻子を手にかけるサイコホラーではあるが、元々、この父親は内面に問題があり、ホテルに来る前からドメスティック・バイオレンスが日常化していたことが映画の冒頭で示唆されている。

悪霊に取り憑かれた……というよりは、元々、おかしかった父親が、外界から隔離されたホテルに滞在するうちに、本性を現した(もしくは悪化した)と言えなくもなく、単なるホラーで片付けて欲しくない。

いわば、アルコール依存症を患う父親に対して、妻と子が潜在的に抱いてきた恐怖の造形でもあり、ジャックという男は、悪霊の有無にかかわらず、いずれ妻子に手をかけていただろう。

そう考えながら見ると、『シャイニング』の本当の恐怖は、ジャックの内なる凶暴性にあり、悪霊も猛吹雪もこれを発露するトリガーに過ぎない。

本作が時代を超えて見る者の心を鷲づかみにするのも、誰もが潜在的に抱く恐怖に突き刺さるからだろう。

ホラーとしても、ホームドラマとしても、異彩を放つ傑作である。

ジャックの前にしばしば現れる謎の男。前のホテルの支配人であり、「わたしは妻子を矯正しましたよ」とジャックにアドバイスする場面が非常に印象的。
オリジナル台詞では、correct。
「誤りを正す」「添削する」という意味があり、「矯正」という言葉で自らの行いを正当化しているのが怖い。

ジャックに話かけるホテルの支配人

父の狂気に感応するように、ダニーも精神状態に異常をきたすようになる。
母の口紅を使って、RED RUM(レッドラム) と書き付ける場面は、本作の中でも特に人気があり、『RED RUM』という言葉はサブカルのアイコンにもなっている。
逆から読めば、MURDER(殺人者)。
悪魔の契約書に使われる鏡文字を想起させる、恐怖の瞬間だ。

息子がルージュで綴る RED RUM レッドラム

本作で最も意味不明なキャラクター(ゴースト?)。
一家の中で、唯一、正気を保っていたウェンディも、次第に、奇妙なものを目にするようになる。
無人のはずの客室の扉を開けたら・・
ファンの間でも、様々な憶測が飛び交う象徴的な場面で、男娼という話もある。
もしくは、人間と獣性を描いた場面とか。
まるでサブリミナル効果のように、強烈な印象を残すショットだ。

ウェンディの目の前に現れる謎の宿泊者

父(夫)の家庭内暴力の恐怖

この映画の本質は全て冒頭に凝縮されている。

「シャイニング」をもつ息子ダニーは、ウェンディからホテルの話を聞かされた後、「口の中に棲む」という想像上の友達トミーから、「ホテルに行ってはいけない」という警告を受け、ホテルのエレベーターから真っ赤な血が噴き出す幻影を見てショックを受ける。

心配したウェンディは女医に往診を頼み、女医はウェンディに「トニーとに会話はいつから始まったのか」と尋ねる。

「養護学校に入れた頃からです……ええ、最初はあまり気が進まないようでした。でも、怪我がきっかけで、学校をしばらく休ませました」

「……怪我って?」

「肩をいためたんです。夫が腕を強く引っ張ったから……でも、本当に、アクシデントなんです。お酒を飲んでいて・・」

ウェンディは夫をかばい、一連の出来事をぼかすように、たどたどしく答える。

女医との会話から、この家庭には日常的にドメスティック・バイオレンスが存在することが窺える(精神的な脅しも含む)。

アルコール依存的で、感情を激しやすい父親は、息子にとっては日頃から恐怖の対象なのだ。

また、妻のウェンディも、そんな夫に不信を感じながらも、恐ろしくて逆らえない。

むしろ、夫のそうした暴力的な性質を認めたくない心理から、心にフィルターをかけて、事実から目を反らしているような弱さを感じる。

そして、ダニーも、唯一の味方である母親に頼れないことから、心を閉ざし、「トニー」という分身を生み出したのだろう。

一方、ジャックは、妻の恐れや気遣い、子供の閉鎖的な態度にいっそう苛立ち、些細なことで感情を爆発させてしまう。

全てが悪い方へ、悪い方へ、転がってしまう、家族関係のデフレスパイラルだ。

ホラーというなら、いつキレるかわからない父親(夫)との暮らしこそ、『恐怖』だろう。

ある意味、映画『シャイニング』は、アル中で、精神的に不安な父親にいつ殺されるか分からないダニーの恐怖をシンボリックに描き出した心理劇であり、最初からそこに亡霊は存在せず、異様な環境下で、ジャックの暴力性が発露したに過ぎない。

旅行前、ダニーが恐怖を感じて、流血の幻影を見たのも、もう一人の自分である『トニー』に行くなと止められたのも、ホテルに缶詰になれば、何ものも父親を止めることはできないと予感したからではないか。

『シャイニング』は、「もし、お父さん(夫)がこんな風にキレたら・・」「もし、自分が、妻子に対してこんな風にキレてしまったら・・」という、家族の潜在的な恐怖をあぶりだす作品でもあり、いつしか観客は亡霊の存在を忘れ、父親の暴力性に震撼するようになる。

父親が斧を片手に妻子を追い回す、この忌々しい物語は、植え込みの迷路に逃げ込んだダニーの機転によって、一応解決を見る。

しかし、斧を振るう父親の姿は、生涯ダニーの脳裏から消えることはないだろう。

永遠にホテルに彷徨う『亡霊』として。

ちなみに、スティーブン・キングの小説は、ホテルの亡霊に取り憑かれた父親が、何とか正気を保とうと、自分の中の狂気と対決する過程がメインになっている。キューブリックの映画を見て激怒したキングが、自ら制作に参加し、スティーブン・キング シャイニング(字幕版)をリリースしたのは有名な話。キングの原作は、父子愛を描いており、狂った父親が斧を片手に妻子を追い回すキューブリックの映画とは真逆。

シャイニング(上) (文春文庫)
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目と目で見交わす愛 映画『スパルタカス(1960年)』カーク・ダグラス / スタンリー・キューブリック
60年の作品ながら、随所にキューブリックの卓越した才能が垣間見える秀作。役者陣も豪華で美しく、上品な演出が素晴らしい。
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