「どんな生き物も、別の世界に適応するのは大変なことだ。人間に限らず、魚でも、鳥でも、それぞれの身体に適した世界があって、その中で生きるように遺伝子にプログラムされている。どんな生命も、その星の土や水から作られていて、それらも含めて、自然のシステムを成している。たとえば、大昔は、鉱物資源の生成に微生物が関与しているなど、考えもしなかっただろう。だが、今では、鉄や、銅や、マンガンなどの鉱床に微生物の生命活動が大きな影響を与えていることが解っている。微生物が生きる為に酸素や硫黄を消化する過程で、金属成分がいろんな形に変化し、やがて鉱床と呼ばれるほど濃縮されたものになる。どれ一つ欠いても自然のシステムは成り立たない。名もないナノスケールの微生物にも役割があるんだよ」
「『レゾンデートル』ってやつ?」
「人間の世界でばそうだけど、そもそも存在に理由などないと俺は思っている。魚に『存在理由(レゾンデートル)』なんて言葉が通じるか? 理由など無くとも、ちゃんと生きてるじゃないか。すべての命は、ただ存在するだけで価値が有る。『生きる』ために、生きるんだ」
「意味がよく解らないわ」
「それはね、深海の生き物を間近で見れば解る。どうして、こんな所に? というような所に、健気に生きている。何を食べているのか、どうやって繁殖するのか、まったく見当もつかないが、彼らには彼らの世界があり、生き方がある。未だ人間の目に触れず、名前もない生物もごまんといる。もし、彼らが『僕たちは何の為に生きているのだろう』と自らの存在を疑いだしたら、とても生きていかれない。意味なんて無くてもいい。『生きる』ために生きる、それが全てだ」
「そんなこと言われても、私には解らない。世の中には、自分が存在すること自体、苦痛な人もいるわ。『生きる』ために生きるなんて、上等な生き方は私にできない」
「上等、下等の問題じゃない。自然でいいんだよ。現に君はここでオンライン講義のアシスタントを務め、おかげでたくさんの子供や学生が実況を見ることができる。今日という日に、君はこの場に居なければならなかった、それが『存在』というものだよ」
「私にも役割はある、というわけね。でも、それは外部に認識されて初めて、役割としての意味を持つのではないの?」
「他の誰かが認めなくても、自分で役割を見つけることはできるよ。それに役割があっても、なくても、生きていることに変わりないじゃないか」
「そうかもしれない。でも、人って、何かしら意味や役割を認めてもらえないと、辛くなったり、虚しくなったりするんじゃない?」
「意味があるから、役割があるから、愛されるわけじゃない。出目金は、出目金というだけで、十分に愛される存在じゃないか」
「でも、世の中の大半は、そんな風に考えられないものよ。出自や、器量や、成績や、周りと見比べては自信をなくし、自己嫌悪に陥ってしまう。愛なんて、それこそ遠い海の果て――泳いでも、泳いでも、見つからないような気がする」
「それは君が愛ってものを、特別に考え過ぎているからだよ。周りをよくよく見渡せば、野の花みたいに、あちこちに咲いている」
「そうかしら」
「いつか君にも分かるよ。生きていれば、きっと」
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存在理由 ~ただ存在するだけで愛される