美輪明宏の『愛の讃歌 ~エディット・ピアフ物語』について
舞台『愛の讃歌 ~エディット・ピアフ物語』は、寺山修司・原作『毛皮のマリー』や江戸川乱歩・原作『黒蜥蜴』に並ぶ、美輪明宏の代表作です。
私も2000年6月の大阪公演を観劇し、非常に感銘を受けました。
エディットというシンガーを決して美化することなく、それでいて、歌に、愛に燃えるようにして生きた彼女の生涯を真摯に描いたこの作品は、じわじわと胸にしみいるような情熱に満ち、わけても、舞台中盤で歌われる『愛の讃歌』はまるで神が降臨したかと思うほどの美しさでした。
美輪さんの歌は、「上手い」とか「すごい」とかで言い表せるレベルではない。
高次なものが人の形になって現れ、周囲の氣を震わせるかのごとくです。
美輪さんの舞台はほとんどDVD化されてないので、舞台全体を視聴することは出来ませんが、愛の讃歌はTV番組などで放送されることがありますので、機会があれば、ぜひご覧になって下さい。
舞台の構成とあらすじ
1930年代。
パリのいかがわしげな下町で、朗らかに歌う娘がいた。
妹シモーヌと娘マルセルの生活費を稼ぐために街角に立つ、エディット・ショパンナ・ガシオンだ。
ある時、高級クラブの経営者レイ・ルプレの目に留まり、『ラ・モーム・エディット・ピアフ(小さな雀・エディット)』の芸名をもらって、ステージで歌うようになる。
エディットはたちまち好評を博し、このまま成功するかに見えたが、ある時、ルプレが何者かに殺害され、台一発見者のエディットは殺人犯扱いされる。
そんなエディットに救いの手を差し伸べたのが、作詞家レーモン・アッソーだ。アッソーは、エディットを一流の歌手にすべく、猛特訓を開始。ステージを手配し、作曲家マルグリット・モノーと組んで、次々に舞台を成功させていく。
やがて、エディットは妻子あるボクシング・チャンピオン、マルセル・セルダンと恋に落ち、深く愛し合うようになるが、幸福もつかの間、マルセルの乗った飛行機が墜落し、永遠に帰らぬ人となってしまう。
エディットは悲しみを堪えて舞台に立ち、マルセルの為に書いた『愛の讃歌』を見事に歌い上げる。
しかしながら、エディットは、麻薬や酒の飲み過ぎで体調を崩し、だんだん孤独になっていく。
彼女を立ち直らせることができるのは、誰かの真摯な『愛』だけだ。
後年、エディットは年下のギリシャ人歌手テオ・サラボと結ばれ、歌手活動も再開するが、もはやエディットの身体は病に冒され、短い生涯を終える。
・
舞台は、二部構成で、第一部は「パリの下町~歌手としての成功~マルセルとの恋~愛の讃歌」、第二部は「孤独なエディット~テオとの出会い~再起~病床」となっている。
クライマックスは、第一部のクライマックスに歌われる『愛の讃歌』で、劇場中が震えるような大迫力である。
愛の讃歌
作詞 エディット・ピアフ
作曲 マルグリット・モノー
訳詞 美輪明宏
高く美しい空が頭の上に落ちてきたって
この大地が割れてひっくり返ったって
世界中のどんな重要な出来事だって
どうってことありゃあしない
あなたのこの愛の前には朝目が覚めたとき
あなたの温かい掌の下で
あたしの身体が愛にふるえている
毎朝が愛に満たされているあたしにはそれだけで十分
もしあなたが望むんだったら この金髪だって染めるわ
もしあなたが望むんだったら 世界の涯だってついて行くわ
もしあなたが望むんだったら どんな宝物だって お月様だって盗みに行くわ
もしあなたが望むんだったら 愛する祖国も友だちも みんな裏切って見せるわ
もしあなたが望むんだったら 人々に笑われたって あたしは平気どんな恥ずかしいことだって やってのけるわ
そしてやがて時が訪れて 死があたしから
あなたを引き裂いたとしても それも平気よ
だって あたしも必ず死ぬんですものそして死んだ後でも 二人は手に手を取って
あのどこまでも どこまでも 広がる
真っ青な空の碧の中に坐って 永遠の愛を誓い合うのよ何の問題もない あの広々とした空の中で
そして神様もそういうあたし達を
永遠に祝福して下さるでしょう
美輪さんは、フランス語のオリジナルの前に、必ずご自身で訳された日本語バージョンを歌われます。
日本で一般に知られている歌詞は、エディットの思いからあまりにもかけ離れた訳者の創作だからだそうです。
この曲は、エディットが生涯の愛を誓ったマルセル・セルダンを飛行機事故で亡くした時、悲しみのどん底の中で歌われました。
「二人は手に手を取って 永遠の愛を誓い合うのよ。何の問題もない あの広々とした空の中で。そして神様もそういうあたし達を永遠に祝福してくださるでしょう」という歌詞は、まさにエディットの心情であり、本物の愛の姿であると思います。
エディット・ピアフの『愛の讃歌』
こちらがオフィシャルな音源。
エディット・ピアフの歌う『愛の讃歌です』
Edith Piaf – Hymne à l’amour (Audio officiel)
映画『エディット・ピアフ ~愛の讃歌』 主演 マリオン・コティヤール
エディット・ピアフの生涯を知りたいなら、実力派女優マリオン・コティヤールが演じた映画『エディット・ピアフ ~愛の讃歌』がおすすめ。
波瀾万丈なエディットの生涯を、数々の名曲にのせて、忠実に描く伝記映画。
マリオン・コティヤールは、下積み時代から絶頂期、孤独の時代から死の床まで、見事に演じきり、アカデミー賞主演女優賞を獲得した。
内容的にはシビアなので、気軽に鑑賞できる作品ではないが、脚本は見事だし、歌唱も素晴らしい。
「こんな人生を送りたいですか?」と問われたら、Nonとしか言いようがないが、まさに神に選ばれた人という気がする。
エディットの名曲といえば、最近では映画『インセプション』(監督クリストファー・ノーラン)で効果的に使われた『水に流して(Non, je ne regrette rien)』が印象的だ。
最愛の恋人マルセルを失い、生きる気力もなくしたエディットにとって、世間の称賛など、何の興味もない。
まさに歌を忘れたカナリアになっていた時、Non, je ne regrette rien(私は後悔しない)のフレーズで始まるこの曲に励まされ、再び舞台に立つ。
「辛い過去は忘れて、再び人生をやり直す」と力強く宣言するこの曲は、後年の代表曲となった。
※ 歌詞は、朝倉ノニーの<歌物語>で詳しく紹介されています。
エディットが歌う、オリジナルの『Non, je ne regrette rien』
エディット・ピアフに捧げる詩 『小さな雀』
美輪明宏の演劇『愛の讃歌 エディット・ピアフの生涯』を見た日に書いた詩です。
悲しみと苦しみでできていると
あなたは言った
幸せなんて
小さな踊場に過ぎないと
歌は
時に涙のように
あなたの胸から零れ落ちる
葉の上の滴が
その重みに耐えきれずに
滴り落ちるように
だけど そんな哀しい響きさえ
あなたが歌えば
一篇の詩になる
曇った涙の滴が
澄んだ水晶の玉になるように
あなたは あらゆる影を
光に変えてしまう
あの街角で
あの辻で
人は耳を傾けずにいない
同じ痛みをもつ
あなたの声に
あなたの歌う
豊かな人生に
愛にあふれた
小さな雀(ピアフ)
与え 与えて
この世を去った
太陽が 地上に
何の見返りも期待しないように
だけど あなたが注いだ光は
永久に輝きつづける
人の世がある限り
その眼から
涙が消えぬ限り
1998
花 ~すべての人の心に花を
沖縄県出身の喜納昌吉の作詞作曲による『花 ~すべての人の心に花を』も素晴らしい曲です。
この曲について、美輪さんは『音楽会』のトークで「仏さまがお作りになった歌」と語っておられました。
歌詞は、まさに仏教のの世界観を表したものであると。
川は流れて どこどこ行くの
人も流れて どこどこ行くの
そんな流れが つくころには
花として 花として 咲かせてあげたい泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か
花を咲かそうよ涙流れて どこどこ行くの
愛もながれて どこどこ行くの
そんなながれを このうちに
花として 花として むかえてあげたい泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か
花を咲かそうよ花は花として わらいもできる
人は人として 涙もながす
それが自然のうたなのさ
心の中に 心の中に 花を咲かそうよ泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か
花を咲かそうよ
舞台上の美輪さんは、まるで蓮華に座して微笑む仏様のようでした。
小さな映像ではわかりにくいですが、実際の舞台では、七色の光を使った演出が素晴らしく、まるで目の前が開けるような美しさでした。
老女優は去り行く
『老女優は去り行く』は、若い女性の声からお婆さんの声まで見事に使い分け、一本の短いお芝居を観ているようです。
歌詞もまるで美輪さんの舞台人生を彷彿とさせるような内容で、これをライブで見た時は、ただただ圧倒されるばかりで、しばらく立ち上がれなかったぐらいです。
初稿:2002年5月2日