映画『マトリックス』 あらすじと見どころ
マトリックス(1999年) - MATRIX
監督 : ウォシャウスキー兄弟(現在は性別適合手術により姉妹)
主演 : キアヌ・リーブス(ネオ / 会社員トーマス・アンダーソン)、キャリー=アン・モス(トリニティ)、ローレンス・フィッシュバーン(モフィアス)、ヒューゴ・ウィーヴィング(エージェント・スミス)
あらすじ
夜は天才ハッカー『ネオ』、昼間はぼんくら会社員のトーマス・アンダーソンは、自分が本当はこの世界に存在しないような、奇妙な感覚に襲われていた。
そんなある日、PCの画面に『Wake up, Neo. The MATRIX has you(目を覚ませ、ネオ。マトリックスがお前を捉えた)』のメッセージが現れる。
レジスタンスのリーダー・モフィアスから、「君が今、生きている世界は、MATRIXが作り出した仮想現実だ」と聞かされたネオは、人類をMATRIXから解放する為に、行動を開始する。
見どころ
『マトリックス』が最初で最後の映像革命――というと、「ちょっと待て! AVATARはどうなる? スターウォーズは? ロバート・デ・ニーロやアル・パチーノの名演は革命に入らないのか」と怒り出す人もあるかもしれない。
だが、1970年代から、ほぼ毎日TVロードショーに釘付けになり、休日はレンタルビデオ三昧、映画館にも一人で出掛ける洋画ファンの私に言わせれば、「マトリックスの前に映像革命なく、マトリックスの後に映像革命なし」というほど斬新な作品だ。(ただしウォシャウスキー監督に多大な影響を与えた『攻殻機動隊』は別格)
第一に、日本のアニメにインスピレーションを得たといわれる、独特のカメラワーク。
第二に、仮想現実や潜在意識をテーマとした、哲学的な内容。
第三に、アーノルド・シュワルツネッガーやシルベスター・スタローンといった筋肉系ヒーローとは真逆の繊細かつ知的な主人公。
それまで、SFアクションといえば、スターウォーズやスタートレックのように、最新鋭の宇宙船が飛び回り、主人公はガンガン銃をぶっ放して、異星人と派手に戦う「外的宇宙」が王道だったが、マトリックスが描くのは『内的宇宙』であり、敵を倒すのに飛び道具も使わない。
ネオやモフィアスが有する能力は、バビル二世の透視力や、バットマンのような戦闘能力とは異なり、潜在意識のコントロールによって生み出される。
喩えるなら、マーフィー 人生は思うように変えられる―ここで無理と考えるか、考えないかで… (知的生きかた文庫)みたいなもの。
自分はブスだ、バカだ、、と思い続けていると、見た目もイメージ通りになるし、人生の結果もそれに従う。
逆に、他人の目にどう映ろうと、「自分は凄い。やれば出来る」とセルフイメージを高めれば、見た目も生き生きして、人生も好転する。
あなたがダメなのではない。自分はダメだと思う、その気持ちこそが、あなたをダメ人間にしているのだ……という、いわば意識高い系の世界観を、アニメチックな映像で描いたのが本作だ。
筋肉と銃器しかないSFアクションに精神世界を持ち込み、「自分とは何か」「君が認識する世界は実在するのか」といった深遠な問いかけを織り込んだ点でも、斬新、かつ挑戦的である。(勿論、日本のアニメとマンガは、それ以前からテーマにしていたが)
では、なぜ、マトリックスの前に映像革命なく、マトリックスの後にも映像革命なしかと問われたら、この後、マトリックスに匹敵するほどの映像革命は起きてないからだ。
『AVATAR』の3Dや、IMAXなど、「凄い映像」はいくらでもあるが、『青色を、いっそう青くした』程度のものでしかない。
ところが、『マトリックス』の「Dodge this(これでも食らえ)」に代表される動きは、今でこそよくある演出だが、1999年の公開当時は完全に新しかった。
日本のアニメファンにとっては「あー、真似してるぅ」だが、実写映画に応用されたのは、マトリックスが本当に初めてだったのだ。
見て楽しく、考えても楽しい、空前絶後の傑作『マトリックス』。
モフィアスがネオに言う「You are the prisnor of your mind」「Free your mind」は、思い込みに囚われた、すべての現代人に捧げる言葉である。
君は心の囚人 You are the prisoner of your mind
The One とは何か
昼間は冴えないぼんくら会社員、裏の顔は「ネオ」の名で知られる天才ハッカー、トーマス・アンダーソンは、伝説のサイバー・ヒーロー「モフィアス」から「You are the One.」であると告げられる。今、君が生きている世界はコンピューターの作り出した仮想現実であり、実体は『MATRIX』と呼ばれる機械の中に眠っている、と。
日本のアニメ(押井守の「攻殻機動隊」が有名)にインスパイアされて制作された、ウォシャウスキー兄弟監督のSFサイバー・アクション。
特に、スローモーションを駆使したアニメチックな映像は、その後のハリウッド映画に多大な影響を与え、「マトリックス前」「マトリックス後」なる言葉もあるくらい。
巷では「オタク映画の極致」だの、「何が言いたいのかサッパリ分からん」という批判もあるが、アメリカのニューソート哲学を少しでもかじっていれば、真のメッセージが理解できるはず。SFではなく哲学として見て欲しい、20世紀を代表するSFアクションの傑作だ。
本作が誤解されやすいのは、モフィアスの言う「The One」が『救世主』と翻訳され、『人間 VS コンピュータの最終戦争』のようなイメージを持たれやすいからだろう。
Oneは「ある一つのもの」を表す代名詞であり、The Oneが意味するところは、「囚われ人に意識革命をもたらすもの」「モフィアスが探し求める、まさに“その人”」「ヒロイン・トリニティが恋するであろう相手」「大いなる意志に選ばれた、唯一の存在」等々、いろんな含みがある。
「救世主」と訳せば、勧善懲悪のヒーローみたいだが、ネオは決して超人的な英雄ではなく、物語における一つの象徴なのだ。
自分を解き放て! Free your mind
また、本作は、エージェントと呼ばれる背広姿の悪役と格闘したり、ヘリコプターが高層ビルに激突したり、派手なアクションが多い。
「仮想現実」とか「コンピュータによる支配」といった設定も、いかにもSFチックで、『ブレードランナー』や『ターミネーター』と同系列に考える人もあるだろう。
だが、本作の核は、「君の心が現実を作り出す」というニューソート的なメッセージである。
モフィアスが覚醒前のネオに言う、「You are the prison of your mind(君は、君の心の囚人)」という台詞がそれだ。
MATRIXでは、人間に代わって地上を支配したコンピュータが永続的に電気エネルギーを得るために、人間を「生体電池」として管理する。
全ての人間は人工子宮の中で製造され、赤ん坊になると、生態維持装置や電気プラグに繋がれ、カプセルに閉じ込められる。
MATRIXは、人間の脳の刺激に応じて「仮想現実」を作りだし、人々があたかも『1999年の社会を生きている』かのような意識下に置く。
人々は、自分がプラグに繋がれていることも、コンピュータの作りだした仮想現実に生きていることにも気付くことなく、カプセルの中で一生を終える。
これは私たちの現実社会に置き換えても、十分に通じる話だ。
たとえば、あなたは自分が冴えない会社員だと思っている。朝から晩まで上司に監視され、退屈なペーパーワークをやらされている。
だが、それは本当に現実だろうか。
あなたが会社員であることも、『山田太郎という名の日本人』と認識していることも、コンピュータがあなたの脳に植え付けたイメージだとしたら?
あるいは、あなた自身が頑なに「そうだ」と思い込んでいるだけで、本当のあなた自身は、もっと伸びやかで、資質に恵まれた、強い人間だとしたら?
MATRIXの罠はここにある。
人がちらとでも自分のことを「俺は弱い。万年平社員で他より劣る」と意識すれば、コンピュータはそれに応じたセルフイメージを作り出し、あなたもそれに従うようになる。
コンピュータでなくても、あなたの潜在意識が「俺は惰弱な平社員」と認識すれば、あなたは一生そのイメージに囚われ、惰弱な平社員から抜け出せずに終るだろう。
いわば、MATRIXは、潜在意識の具象である。
『あなたの思う世界』が、そのまま『あなたの生きる現実』になる。
本作では、トレーニングシステムの作り出した仮想現実の中で、モフィアスがビルからビルへ、忍者のように飛び移って見せる。
現実には、有り得ないことだ。
なぜなら、大抵の人間は、「落ちる」という事実を知っているからである。
ゆえに、モフィアスの真似をしたネオも、仮想現実のビルから墜落し、歯を折って、出血する。
「仮想現実なのに、何故?」と不思議がるネオに、モフィアスは答える。
「心が体験したことは、肉体にも現れる」
では、どうすれば、モフィアスのようにビルからビルに飛び移ることができるのか。
その鍵は、Free your mind。
思い込みからの解放だ。
モフィアスは、トレーニングシステムの描く仮想現実が、自分の現実ではないことを認識しているし、トレーニングシステムにおいては、物理の法則も存在しない。つまり、ビルからビルに飛び移ることも可能である。
ところが、ネオのように、「落ちる、落ちる」と思い込んでいると、トレーニングシステムの中でも、落ちてしまう。
痛いわけがないのに、「落ちれば、死んでしまう」という思い込みがあると、自分で歯を傷つけて、出血してしまう。
つまり、人間の潜在意識もかくの如しで、「失敗する」という思い込みがあると、無意識に、そのような行動を取って、本当に失敗してしまう。
あなたの行動と結果を支配しているのは、MATRIXでも、トレーニングシステムでもなく、あなた自身の「思い込み」という訳だ。
映画のラスト、自分が『The One』であることを確信し、最強のパワーを手に入れたネオは、いまだ多くの人々が囚われているMATRIXの仮想現実の中で、まるでスーパーマンのように空に舞い上がる。
Free Your Mind. 心を解き放て。
君が心の奥底に抱く「思い込み」から自由になれば、君は空だって飛べるんだ。
初稿:2008年12月3日
What is the MATRIX ? 映画『マトリックス』を英語のセリフで読み解く
なぜ英語字幕の方が理解しやすいのか 『ダブルミーニング』の妙
マトリックスは、英語字幕の方が理解しやすい。
たとえば、主人公ネオが『The One』である点。
上述のように、『One』には、「唯一無二の」「まさにそのもの」「選ばれた」「ある一つの」など、様々な意味がある。
「救世主」と訳してしまうと、人類 VS コンピュータの世紀末戦いのようだ。
『mind』も同様。
日本語では『心』と訳されているが、mind は body (肉体) の対義語でもある。
これを理解しないと、モフィアスの言う Free your mind が、“思い込みからの解放”と同時に、MATIRXというコンピュータシステムからの離脱を意味することに気付かない。
英語にはダブルミーニング(一つの単語が様々なニュアンスを有する)が多く、単純に日本語に置き換えられないものだ。
何度も鑑賞して、あらすじが分かったら、次は英語の台詞に親しんで欲しい。
本作は比較的平易な英語が使われているので、MATRIXの世界が一気に広がるはずだ。
The One が意味するもの
物語は、マシーン(機械社会)と戦い続ける女性士官トリニティと、後に裏切り者となるレジスタンスのサイファのオンライン通話から始まる。
そこで語られるのは、ある男の存在。
サイファのトリニティに対する、「You like him, don’t you? You like watching him.(彼に惚れてるんだろう。見ているのが好きだ)」という冷やかしの言葉から、レジスタンスがずっと以前から「彼(ネオ)」の動向に注目(watching)していること、そして彼に惹かれつつあるトリニティの感情が見て取れる。
モフィアスは彼こそが「The One」だと信じているわ。
トリニティの答えに、話の核となる「The One」という言葉が登場する。
その意味するところは、「モフィアスが探し求めてきたもの」「マシーンに対抗する唯一の存在」「選ばれた一人の男」、そして「トリニティが恋するであろう、運命の相手」、等々。
「The One」は、いわば物語のシンボルとも言うべき言葉である。
The Matrix has you マトリックスがお前を捉えた
続いて、パソコンに向かうトリニティの映像に切り替わる。
緑がかった映像は、これが「MATRIXの中」であることを意味するのだが、この時点ではまだ気付かない。
トリニティを囲む警官、そして車から降り立つ黒ずくめのエージェント。
追い詰められたトリニティは、ビルからビルへジャンプするという離れ業で窮地を脱する。
一方、コンピューター機器に囲まれて、うたた寝する『Neo』。
彼のモニターには、伝説のハッカーとして追跡されるモフィアスの新聞記事が映し出されている。
そんな彼のパソコンに突如として打ち出される文字。
起きろ、ネオ。マトリックスがお前を捉えた。
直訳すれば「起きろ、ネオ」だが、この「Wake up」は精神的覚醒を促している。
MATRIXの罠に気付き、自分が何者かを識れという、モフィアスからのメッセージだ。
ここに登場する「has」は、支配、所有、束縛といった意味を想起させると同時に、黒ずくめのエージェントがすでに彼の存在を察知し、逮捕→抹殺への動きを見せていることを示唆している。
この後、ネオの元に、地下活動グループがやって来る。
彼らはネオにハッキングを依頼していた。
ネオは報酬を受け取ると、彼らに問いかける。
You ever have that feeling where you’re not sure if you’re awake or still dreaming?
(起きているのか、まだ眠っているのか、自分の存在が現実ではないような、奇妙な感じを体験したことがないか?)
するとグループのボスであるChoiは次のように答える。
It just sounds like you need to unplug,man
(たまにはプラグを抜いた方がいいぜ)
要は、コンピュータ(ネット)のやり過ぎで、頭がイカレちまったんだろう、みたいなニュアンスだ。
この『unplug』が真相への伏線となっている。
先に結論を言ってしまえば、人間はみなコンピューターのプラグに繋がれて、カプセルの中で眠っている。
プラグを介して脳に伝えられるMATRIXの仮想現実を『現実』と信じ、プラグに繋がれたまま一生を終わる定めだ。
『unplug(アンプラグ)』は、人間の脳(意識)に繋がれた『MATRIX』からの離脱、すなわち「精神の自由」を意味する。
Choiの「プラグを抜くことが必要だ」というジョークは、後の展開への伏線になっている。
(もちろんChoiは真実を知らずに言っている)
You are a slave, Neo 君は奴隷なのだ、ネオ
そうして、ネオは、漠然とした疑問を抱えながら一度はエージェントに拘束されるが、トリニティらによって解放され、モフィアスの元に導かれる。
戸惑うネオにモフィアスは問いかける。
Do you believe in fate, Neo?
(君は運命を信じるか)
するとネオは答える。
I don’t like the idea that I’m not in control of my life
(自分の人生が支配されているような考えは好きじゃない)
「君が言いたいことは分かる。では、聞かせてくれ。何故、オレの所に来た?」
それに続くモフィアスの言葉。
君は「何か」を知って、ここに来た。
What you know you can’t explain.
君の知る「何か」について、君は説明することが出来ない。
But you feel it.
だが、感じている。
You’ve felt it your entire life.
自分の全人生において、それを感じてきた。
That there’s something wrong with the world.
この世界(ネオが現実と認識している世界)は何か間違っている、と。
You don’t know what it is but it’s there, like a splinter in your mind driving you mad.
君はそれが「何であるか」知らない、だが、それは確かに存在する、そして君の心の中に棘のように突き刺さり、心を惑わせる。
It is this feeling that has brought you to me.
その奇妙な感覚が、君をオレの所に導いた。
Do you know what I’m talking about?
オレが何について話しているか、分かっているな?
ネオが常に心に感じてきた「somthing wrong」――それこそが『The Matirix』だ。
モフィアスは言う。
マトリックスは至る所に存在する。
It is all around us, even now in this very room.
我々の周り、今、この瞬間、この部屋の中にさえ。
You can see it when you look out your window or when you turn on your television.
君が窓の外を見つめ、テレビを点ける時も、君はそれ(マトリックス)を目にすることができる。
You can feel it when you go to work, when you go to church, when you pay your taxes.
通勤し、教会に行くときも、税金を払う時も、君はそれを感じることができる。
It is the world that has been pulled over your eyes to blind you from the truth.
マトリックスとは、君の目を真実から遠ざけ、盲目にさせてきた世界なのだ。
What truth?
(真実とは)
ネオが問いかける。
君は奴隷なのだ、ネオ。
Like everyone else you were born into bondage, born into a prison that you cannot smell or taste or touch.
他の者がそうであるように、君もまた囚われの身に産まれ、君が嗅いだり、味わったり、触れたりすることのできない刑務所の中に産み落とされた。
A prison for your mind.
「心」を支配する刑務所だ。
『prison』は、直訳すれば刑務所だが、「囚われの場所」と解釈すると分かりやすい。
人間のmind(心)を支配しているのはMATRIXに違いないが、見方を変えれば、「これが現実」と思い込んでいる「自分自身」に他ならないからだ。
Far from it 死をはるかに超える覚醒
かくしてネオは、培養カプセルの中で目覚め、『真実』を知る。
彼が「現実」と信じて生きてきた世界は、MATRIXが彼の脳に見せていたコンピュータプログラムに過ぎず、実際には、人間は全てプラグに繋がれ、MATRIXに身(body)も心(mind)も支配されていたのだ。
これを我々の日常に置き換えれば、人はみな思い込みに囚われた『心の囚人』といえるだろう。
unplugされ、カプセルから救出されたネオは、モフィアスをリーダーとするレジスタンスの船『ネブカドネザル』に迎えられる。
寝台に横たわるネオは夢うつつにモフィアスに問いかける。
僕は死んだのか
Morpheus: Far from it.
直訳すれば、 ”そこからずっと遠い”
「Far from it(死よりはるかに遠いところ)」、つまり、unplugすることで「本物の人生を得た」という意味。
What is the MATRIX? 人間の意識を支配するもの
MATRIXから離脱したネオは、レジスタンスの構築した仮想現実(トレーニング・プログラム)の中で、モフィアスからレクチャーを受ける。
現実には坊主頭で灰色のボロを着ているネオが、仮想現実の中では、黒髪のお洒落な青年になっている。
モフィアスは言う。
今、ここに現れた君の姿は、我々が剰余のセルフイメージと呼んでいるものだ。
It is the mental projection of your digital self.
これはデジタル世界における、君の心が映し出したセルフイメージだ。
「residual」というのは、「残りの」「計算できない」「誤差」といった意味をもつ数学用語である。
つまり「コンピューターの理論を超えた appearance 、自身のもつセルフイメージがデジタル処理によって具現化したわけだ。
仮想現実に現れた「黒髪のネオ」は、ネオの自分自身に対するイメージであり、もしネオが「自分は金髪碧眼で、筋肉質の大男である」というセルフイメージを持っていれば、そのように投影される。
MATRIXは理論通りに動くコンピューター・プログラムだが、そこには少なからず「その人自身の思い込み=residual(計算できない、誤差)」が投影されるわけだ。
それはすなわち、「人間の想念が現実を作り出す」ということを示唆している。
では、今、自分の見ているものが”現実”ではなく、脳の描き出すイメージだとしたら、「現実」は一体どこに存在するのか。
ネオは問いかける。
これは現実じゃないのか?
Morpheus: What is real.
現実とは何だ。
How do you define real?
君はどうやって現実とそうでないものを見分けるのだ?
If you’re talking about what you can feel, what you can smell, what you can taste and see, then real is simply electrical signals interpreted by your brain.
君が感じるもの、匂うもの、味わうもの、見るもの、それを「現実」と言うなら、現実とは、君の脳から発せられた単純な電気信号に過ぎない。
ここにMATRIXの本質がある。
我々人間が「現実」として意識しているもの――美しい花、バラの香り、棘の痛み、風の音――全ては、脳の電気信号が作り出すものだ。
意識とはすなわち、脳の電気信号といっても過言ではない。
だが、考えて欲しい。
鏡に映る顔、自分の手足、味噌汁の匂い、スピーカーから流れる音楽……それは全て実在するのだろうか?
あなたの脳が「そうだ」と思い込んでいるだけで、実体はそこには存在しないのではないか?
あなたは「赤いバラ」を見て、「赤色」だと思う。
だが、それが本当に「赤色」か否か、我々はどうやって判別するのか。
Aさんの目には鮮やかな赤に見えても、Bさんの目には紫がかった赤に映っているかもしれない。
そもそも、世界のどこにも『絶対的な赤色』など存在せず、全て電気信号の結果でしかない。
ということは、脳の電気信号をハッキングすれば、コンピュータは人間に完璧な夢を見せることができる。
肉体はプラグに繋がれたまま、「お前が生きているのは、西暦1999年のアメリカ社会で、冴えない会社員だ」と思い込ませることができる。
モフィアスは言う。
マトリックスとは何か?
Control.
支配。
The MATRIX is a computer generated dream world, built to keep us under control in order to change a human being into this(battery).
マトリックスとは、人類を生体電池として支配するために作り出された、コンピューターの描く夢の世界なのだ。
belive 信じる心が人を強くする
モフィアスの言葉に混乱し、拒否反応を起こして嘔吐するネオ。
あまりのショックに、力なく横たわるネオにモフィアスは言う。
その調査も終わると信じている
モフィアスは、長い間、この世界の『救世主』となるThe Oneを探し続けてきた。
そして、ネオに出会い、その調査も終わると確信している。
彼こそ、自分が探し続けてきたThe One(その人)だと。
ここでモフィアスのキャラクターを象徴する『belive(信じる)』という言葉が登場する。
モフィアスは、レジスタンスの霊的指導者『オラクル(神託)』から、「お前はThe Oneを見つけ出す。そして人間とマシーンの戦いにも終止符が打たれる」というお告げを受けていた。モフィアスはひたすら信じることによってレジスタンスを統率し、自分自身を支えてきたのである。
だが、傍から見れば狂信者。
何の確証もない「お告げ」にすがりついて、猪突猛進する crazyな男にしか見えない(第三作の『マトリックス・レボルーション』でも、リンクの妻に『Morpheus is crazy』と揶揄されている。彼の狂信的な行為に巻き込まれて、リンクの弟、タンクが死んだと思っている)。
そして、ネオも最初はそのように思っていた。
だが、この『belive』こそ、自身を変革し、未知なる力を引き出す鍵に他ならない。
物語後半、自分でも半信半疑だったネオが、モフィアス奪回の際、「Because I believe in something」という言葉で、モフィアスの信頼に応える場面が興味深い。
いわば、モフィアスのbelive は、ネオの belive myself (自分を信じる)に繋がっていくわけだ。
Free your mind 心を解き放て
モフィアスは、トレーニング・プログラムの中で、鳥のように超高層ビルを飛んでみせる。
心を解き放て
だが、「高層ビルなど飛べっこない」と思い込むネオは、思い込みの通りに地上に落下してしまう。
シュミレーションの出来事にもかかわらず、実際に口の中を切り、歯茎からにじみ出した血を不思議そうに見つめるネオにモフィアスは言う。
君の思い込みがそれを現実にするのだ
If you’re killed in the MATRIX ? You died here ?
では、もしマトリックスの中で殺されたとしたら? 君はここで死んでしまうのか?
The body cannnot live without the mind.
肉体は心なしに生存することはできない
I’m not the One 僕は「救世主」じゃない……だが、しかし
「心」と「現象」、「現実世界」と「MATRIX」の関わりについて、少しずつ理解し始めたネオは、レジスタンスの仲間と共に再びMATRIXの中に入り、霊的指導者であるオラクルと対面する。
だが、オラクルの答えは、YesともNoともつかない曖昧なものだった。
私が何を言わんとしているか分かるわね
I’m not the One.
僕は……the Oneではない
Sorry, Kid. You got the gift but it looks like you’re waithing for something.
ごめんね、坊や。あなたには能力がある、でもあなたは何かを待っているように見えるわ
ここで大事なのは、「The Oneは実在するのか」「ネオは本当にThe Oneなのか」という問いかけだ。
だが、オラクルは否定も肯定もしない。
確信が持てないネオに、「あなたの期待する答えと違ってごめんなさい」というニュアンスを込めて、「sorry」と答えている。
さらにオラクルはモフィアスに対しても「あなたはThe Oneを見つけるだろう」という曖昧な予言しかしていない。
どこにも保証はないのだ。
にもかかわらず、モフィアスがThe Oneの存在を確信し、映画のクライマックスにおいて、ネオが「僕はThe Oneだ」と自覚するのはどういう訳か。
ここにメッセージの本質がある。
「The Oneは実在するのか」「ネオは本当にThe Oneなのか」という問答には何の意味もない。
要は本人が「どうbelieve(信じる)するか」であって、答えそのものが運命を決するわけではないからだ。
すべてはモフィアスの確信に始まり、ネオが自覚することで完成した。
世界を導くのは人間の信念に他ならないことを、この場面は示唆しているのだ。
さらにオラクルはモフィアスの身に起こるであろう悲劇と、その命運がネオの選択にかかっていることを予言する。
Because I believe in somthing. 自分を信じ始める
不安な気持ちで帰路に着くネオとモフィアスらの前に、エージェントに率いられた警官隊が現れる。
レジスタンス生活に嫌気が差した仲間のサイファが、MATRIXに戻る代償として(彼の望みはMATRIXの中でセレブになること)、レジスタンスの隠れ家を密告したのだ。
モフィアスはネオを守るべく、エージェントの前で身を盾にする。
ネオはモフィアスを助けようとするが、トリニティに「ここであなたが死んだら、モフィアスの犠牲が無駄になってしまう」と諭され、仲間と共に脱出する。
エージェントの狙いは、人類最後の都市である「ザイオン」のメインコンピューターにアクセスするコードをモフィアスから聞き出すことだ。
薬物を使い、モフィアスの心を破壊しようとするエージェントたち。
その様子をコンピューターを通して見守っていた仲間のタンクは、ザイオンを守るためにモフィアスのプラグを抜いて安楽死させることを提案するが、寸前にネオが待ったをかける。
「I’m in(僕がマトリックスの中に入って、モフィアスを救い出す)」と。
「まるで自殺行為だ」と止めに入る仲間達に対し、
モフィアスは「何か」を信じていた。そして彼はそれに命をかける覚悟があった。
I understand that now That’s why I have to go.
今なら理解できる、それが僕が行かなければならない理由だ。
Because I believe in somthing.
なぜなら僕もまた『何か』を信じているからだ。
I believe I can bring him back.
彼を連れ戻せる確信がある。
ここでモフィアスの象徴であった『believe』が初めてネオの口から語られる。
それまでネオは、この世界に対しても、自分自身に対しても、何一つ確信が持てなかった。
何が真実で、何がそうでないのか、漠然とした不安の中で過ごしてきた。
だが、今はそうではない。
少なくとも「モフィアスを救い出せる」という確信がある。
ネオの確言を聞いて、タンクも考えを改める。
ネオの内的な変化に気付いたトリニティは、彼をサポートすべく、共にMATRIXの中に飛び込む。
ちなみに、この場面のトリニティの決め台詞、「Tank, load us up(タンク、私たちをアップロードして)」が格好いい。
日本語的には、MATRIXの中にダイブするイメージだが、IT的には upload (アップロード)だから。
A world where anything is possible. あらゆることが可能な世界
確信に支えられたネオも、今は無敵だ。
最強のエージェント・スミスを前にしても、ひるむことがない。
その勇姿を見ながら、モフィアスがつぶやく。
彼は信じ始めている
ネオが本当にThe Oneであるかどうかは関係ない。
要は、ネオが自分で信じるか否かだ。
悟りを得たネオの目には、無敵のエージェントもただのソースコードでしかない。
エージェントを滅ぼし、MATRIXに一時停止に成功したネオは、いまだプラグに繋がれた人々に次のようなメッセージを投げかける。
今 君(=マトリックス)はその機能を停止した。僕には感じる。
I know that you’re afraid. You’re afraid of us. You’re afraid of change.
僕には君が恐れているのがわかる。君は僕たちを恐れ、変化を恐れている。
I don’t know the future. I didn’t came here to tell you how this is going to end.
未来のことなど分からない。僕は君たちにどのような結末を迎えるかを教えに来たのではない。
I came here to tell you how it’s going to begin.
どのように始まるかを示しにきたのだ。
I’ll hang up this phone.
僕はもうすぐこの電話を切る。
and then I’ll show these people what you don’t want them to see.
そしてカプセルに繋がれた人々に、君が見せたくないものを見せよう。
I’m going to show them a world…without you.
マトリックスの存在しない世界。
A world whitout rules and controls, without borders or boundaries.
法則も支配も、境界も限界もない世界。
A world where anything is possible.
あらゆるものが可能な世界。
Where we go from there…is a choice I leave to you.
マトリックスから離れて我々が目指す所… 君に委ねる選択
そして、ネオはスーパーマンのように空を飛んで行く。
Free your mind
心を解き放てば、君は空だって飛べるんだ……と。
通の人から見れば「それは違うんじゃないか」という意見もあるかもしれませんが、『マトリックス』という映画はこういう哲学に支えられた作品だとういことをご理解頂ければ幸いです。
ちなみに、「MATRIX」とは、ラテン語の母(mater)から派生した語で、子宮という意味をもち、「そこから何かを生み出す背景、基盤、母体、基質」といった概念を表す言葉です。
稿:2008年12月3日
『マトリックス』のディスクとサウンドトラック(Spotify)
第一作に関しては、ブルーレイで観る価値があります。
キアヌ・リーブスも若々しいし、トリニティもきらきらしています。
特にビルのガラスが砕け散る場面は最高ですね。
21世紀の原点となった特殊効果の美しさを堪能して欲しいです。
【映像特典】
・ ウォシャウスキー兄弟によるイントロダクション(静止画)
・ THE MATRIX REVISITED(2:05:50)
・ BEHIND THE MATRIX(42:56)
・ FOLLOW THE WHITE RABBIT(字幕なし)(23:00)
・ TAKE THE RED PILL(17:42)
・ ミュージック・クリップ
– THE MUSIC REVISITED <音声のみ>
– ROCK IS DEAD (3:19) ..その他
【音声特典】
・ インムービー・エクスペリエンス解説付き
・ 哲学者による音声解説付き
・ 映画批評家による音声解説付き
・ キャリー=アン・モス、その他スタッフによる音声解説付き
・ ドン・デイビス(作曲)による音声解説付きミュージック・トラック付き
マニアには日本語吹き替え音声の追加収録版もおすすめ。
第一作目に関しては、お金をかける価値があります。
マトリックス 日本語吹替音声追加収録版 4K ULTRA HD&HDデジタル・リマスター ブルーレイ(3枚組) [Blu-ray]
メディア形式 : 4K, Blu-ray, ドルビー, ワイドスクリーン
字幕: : 日本語, 英語
言語 : 日本語 (Dolby Digital 2.0 Stereo), 英語 (Dolby Digital 5.1)
4K ULTRA HDは4K解像度・HDR(ハイダイナミックレンジ)・広色域での再生に対応。視聴には、ULTRA HD ブルーレイ再生対応機器に加え、4K/HDR対応テレビでのご視聴を推奨。
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第一作目のサウンドトラックはこちら。
私が作成したマトリックス三部作のプレイリストはこちらです。
マトリックス 続編について
この後、「マトリックス・リローデッド」「マトリックス・レボリューション」と続きますが、私はあまり好きではありません。
しかし、続編としては、まずます。
『エイリアン』の新シリーズのように、第一作の世界観をぶち壊すほどではないです。
(個人的には、ネオとトリニティの絡みは見たくなかった。色恋はいいが、エロは不要)
四作目は・・
ジョン・ウィック化したキアヌはもう見たくないです。
マトリックスもスターウォーズ新シリーズみたいになりそうで怖いです。
ここで止めて欲しいですね。
若い人が映画『マトリックス』を観るべき理由 ~すでにあなたもネットの囚人
興味のある人だけ見て下さい。約3200文字のコラムです。