映画『エベレスト 3D』について
作品の概要
エベレスト 3D(2015年) – Everest
監督 : バルタザール・コルマウクル
主演 : ジェイソン・クラーク(登山家ロブ・ホール)、ジョシュ・ブローリン(登山客ベック・ウェザーズ)、森尚子(日本人登山家・難波康子)
あらすじ
著名な登山家で、登山ガイド会社「アドベンチャー・コンサルタンツ」の主催者でもあるロブ・ホールは、ベテランの顧客を組織して、エベレスト登頂を試みるが、過剰な参加者、他隊との意見の相違、突然の天候悪化などが重なって、頂上付近で立ち往生する。
スタッフらは救出に全力を尽くすが、一人、また一人と、命を落とし、史上最多の遭難事故に見舞われる。
見どころ
映画『エベレスト』は、1996年に実際に起きた大量遭難事故をベースを描いた山岳ドラマです。
1996年の遭難者の中には、エベレスト登頂を成し遂げた日本人登山家・難波康子さんも含まれていた為、日本でもセンセーショナルに報じられました。
(事故の詳細は、Wiki『1996年のエベレスト大量遭難』を参考にして下さい)
映画では、登山ガイド会社『アドベンチャー・コンサルタンツ』の設立者で、ベテランの登山者ロブ・ホールを主人公に、エベレスト登頂から遭難死までの過程をダイナミックな映像で如実に描き出しています。
物語自体は、既に知られた事実なので、映画も山岳アクションのようなハラアラドキドキはありませんが、俳優陣の誠実な演技と、リアルで美しいエベレストの風景に引き込まれます。山岳ものが好きな方なら、見て損はないです。
エベレスト遭難事故に思う(映画レビューとして)
カスタマーレビューには辛辣な意見もありますが、テーマがテーマだけに、死者に鞭打つような内容にはできないでしょう。
遭難の背景には「商業登山」という仕組みがあり、皆が登頂にこだわった理由も描かれています。
これがフィクションなら、金儲けしか考えない悪徳企業が登場し、登山隊に無理を強いて、最後は自分だけ脱出しようとヘリごと墜落したり、ベースキャンプのママに「あんたのせいよ!」と詰られたり、「そこだ、スタローン、やっちまえ!」みたいな展開になるのですが、実話となれば、そうはいきません。
『エベレスト』は、事実だけを淡々と描き出し、最後にちょろっとお涙頂戴の演出があるだけ。
「全米が泣いた!」みたいな劇的な展開や、大袈裟なほどの救出劇を期待していた観客が肩透かしをくらうのも分かります。
しかし、事実もそういうものだと思います。
最初から遭難するつもりで登頂を目指す人はありませんし、ある時点までは成功が見えていたのでしょう。
ところが、何かのきっかけで、ドミノが倒れるように、最悪の展開になってしまった。
そのことについて、誰も裁けないと思います。
山の天気は、そういうものだからです。
本作に関しては、とにかくエベレストの風景が美しいのと、抑えた演出の中にも「それは本当に正しいのか?」という問いかけがあり、いろんな意味で考えさせられます。
こうした悲劇を映画化するには、これぐらいで丁度いいのかもしれません。
今後、どれほど高機能な装具が開発されようと、エベレストが依然として過酷な環境であることに変わりないし、登る人が増えれば増えるほど、求められる技術も高度化すると思います(例:頂上付近の渋滞、施設の拡充など)
「登りたい人」「儲けたい主催者」「観光客で生計を立てている地元民」、いろんな人の思惑が交錯し、エベレスト登頂がステータスである限り、今後もこうした悲劇は繰り返されるでしょう。
そうした中で、我々がいかに振る舞うべきか、この映画と1996年の事故は教えてくれるような気がします。
たとえ悲劇が繰り返されても、山は「来るな」とは言わないし、人を助けることもありません。
目の前に厳然とそびえ立ち、人の為す様をじっと見つめています。
人間は偉大な反面、愚かで、無力でもあり、所詮、自然の中の一点に過ぎないことを思い知らされる映画です。
2015年、ネパールで起きた地震による雪崩を背景に、裕福な登山者が使うお金に依存しているネパール政府と地元民、登頂者に与えられる数々の名誉が相成って、様々な問題を引き起こしている現状を伝えます。
大衆化するエベレスト登山 商業公募隊の相場は最安値270万円 by SANKEI Biz
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【コラム】 なぜ高い山に登るのか ~その場に居た者にしか分からぬ思いある
登山に何の興味もない人から見れば、命を懸けてまで山に登る人の気持ちは分からないかもしれません。
登頂に成功したところで、がっぽりお金が入るわけでもなければ、勲章をもらえるわけでもない(もらえる人もあるけど、一握り)。下手すれば、命を落として、取り返しのつかない傷を負うだけ。苦しい思いをしてまで、山に登る理由など、本当に好きな人にしか理解できないでしょう。
しかし、この世には、登頂した者にしか見えない風景があります。
東山三十六峰や大文字山レベルの高さではない。
世界最高峰の頂点ともなれば、その風景は格別でしょう。
たとえ、ほんの一瞬でも、その頂に立ち、絶景を目にすれば、何もかも報われて、生きててよかったという気持ちになるんですね。
それを知っているから、登山道がどれほど険しくても、歯を食いしばって登るし、一度、登れば、また次も行きたいと願う。
時には、それが高じて、引き返すに引き返せないこともあります。
地球の裏側にあり、渡航や滞在に莫大な費用がかかるとなれば、尚更でしょう。
そして、その執着心が、険しい山では命取りになります。
映画『エベレスト』もそうですが、引き返すべき時に引き返せなかったんですね。
遭難事故が起きると、傍の者はいろいろ言いますが、何故、そんな風になってしまったのかは、その場に居た人にしか分かりません。
偉そうに批判する人も、いざ自分がそうした場面に遭遇すれば、パニックに陥り、判断を誤るでしょう。
山には魔物が棲むと言いますが、魔物というなら、雪や風ではなく、登頂への憧れこそが魔物かもしれません。
登頂から見渡す絶景には、それだけの魔力があります。
一度、経験したら、「もっと、もっと」と駆り立てられる、麻薬のような爽快感であり、達成感です。
私も経験がありますが、山上においては、かなり遠くの滝や氷河湖、断崖絶壁などが、すぐそこに在るように見えます。
途中で黒雲に覆われ、雨が降り出しても、「あと、もう少し」という気持ちになるし、「せっかく、ここまで来たんだから(次に、いつまた来られるか分からない)」と焦燥感に駆られ、無理してでも前に進もうとします。
私みたいな一般の登山客でさえそうなのだから、何百万、何千万と経費をかけて、ネパールまでやって来たアルピニストは尚更でしょう。
ところが、山というのは本当に恐ろしいもので、町中で雨に濡れても、そこらの軒先で雨宿りしたり、カフェに飛び込んで、ちょっと休憩ということが可能ですが、山中はそうはいきません。
場所によっては、まったく身を隠すところがないし、あっという間に気温が下がって、体中から体温が奪われます。
手も、足先も、とても冷たいのに、空を見上げると、なんとなく雨が止みそうにも見えて、そこでまた踏みとどまってしまう。
そうして、どんどん、引き返す機会を逸し、最悪の事態になってしまうのです。
私の場合、断腸の思いで引き返し、どうにか下山することができましたが、途中で何度も足を滑らせて、完全に下りきるまでは生きた心地がしなかったし、麓のカフェに飛び込んだ時には、手がかじかんで、動かないほどでした。
それでも、今も時々、思い出すのです。
あの崖を登り切り、氷河湖を見ることができたら、どれほど素晴らしかっただろう。
いつかもう一度、挑戦したいと。
エベレストなら、尚更でしょう。
だから、世間に愚かと言われても、人生を懸けて、山頂を目指す人の気持ちが分かります。
登ったところで、登頂の感動は一瞬。
一生、そこに暮らすわけでもないのに、何故、そんなに行きたいのと問われたら、「そこに山があるから」としか言いようがないんですね。
事故が起きた日も、登頂を果たした人が、どんな思いで下山途中で死を迎えたか。
満足か。後悔か。怒りか。絶望か。
誰にも推し量ることは出来ません。
だからといって、何もかも無駄で、無謀な登山だったのでしょうか。
私はそうは思いません。
何故なら、その場に居合わせた者にしか分からない思いがあるからです。
あそこで力尽きた難波さんの無念を思うと、後悔ではなく、人生最高の夢を果たした満足感の中で逝かれたことを願うばかりです。
ちなみに、難波康子さんを演じた女優の森尚子さんはイギリスを拠点に活躍中とのこと。
この作品をきっかけに、ますます発展されることを願っています♪
参考図書
ヤマケイ文庫 空へ-「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日 1996年5月10日、日本人女性第2登を果たした難波康子をはじめ6人の死者を出した遭難事故がエヴェレストで発生した。アメリカのアウトドア誌のレポーターとして、公募登山隊の実態をレポートするために参加した著者が、たまたま事故の当事者となり、生存者の証言など徹底取材のすえに著した山岳ノンフィクション。世界15カ国で出版、ベストセラーとなった。 –このテキストは、paperback_bunko版に関連付けられています。 |
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