映画『イベント・ホライゾン』 美しきSFゴシック・ホラー ~モフィアスの前哨戦

映画『イベント・ホライゾン』は90年代を代表するSFゴシック・ホラーの異色作だ。

エイリアン』に似たダークな美術に、色形を持たない悪の表象。どこか映画『シャイニング』を思わせるグロ&スプラッタに、王道的な結末。

視聴者の中には「盛り上がりに欠ける」「二番煎じ感が否めない」といった理由で低評価をつける人も少なからずあるが、「オーメン」や「エクソシスト」に代表されるような、抽象的なテーマが好きな人には必ずフィットするし、単純にメカやクリーチャーなど、SF美術が好きな人にもおすすめである。

主演は、映画『マトリックス』で強烈な印象を残したローレンス・フィッシュバーン。

そして、元祖『ジュラシック・パーク』で、心優しい恐竜博士を演じたサム・ニール。

監督は、バイオハザード・シリーズでお馴染みのポール・W・S・アンダーソンと聞けば、どんな作品かお察しであろう。

何かと評価の分かれる本作だが、個人的には好きな作品の一つ。良い意味でツッコミどころ満載。

その理由について、順を追って解説する。

目次 🏃

モフィアスの為の、モフィアスの映画

21世紀以降に生まれた若い世代で、映画『マトリックス』も見たことがない人は、まず『イベント・ホライゾン』を先に視聴して欲しい。

なぜなら、1997年にリリースされた本作が、1999年公開のサイバー・アクション『マトリックス』のモフィアスの生みの親となったからだ。

制作過程において、両者の間に関連性はないが、俳優ローレンス・フィッシュバーンにとって、本作のミラー船長役が、次作『マトリックス』のレジスタンスのリーダー役、モフィアスに繋がったのは疑いようがないからだ。

筆者の場合、先に『マトリックス』を鑑賞し、三年後ぐらいに『イベント・ホライゾン』を視聴したので(それも海外のTVロードショー)、いまだにミラー船長がモフィアスに見えるし、役回りも、アクションも、何もかもがモフィアスでしかない。

というより、『マトリックス』でモフィアスを演じたローレンス・フィッシュバーンがあまりに完璧で、マトリックスと言えばモフィアス、モフィアスと言えばL・フィッシュバーンというぐらい、イメージが確立してしまった為、それ以外の見方が出来なくなってしまったのだ。

『タイタニック』で悲劇の恋人ジャックがあまりに鮮烈だった為に、以降、何を演じても、ジャックにしか見えないレオナルド・ディカプリオと同様に。

こういう感想は、ファンにとっては、最上級の褒め言葉だが、役者にしてみれば、いつまでも役のイメージから脱却できないのは、かなりの致命傷と思う。

あのレオナルド・ディカプリオでさえ、「タイタニックに出演しなければよかった」と嘆いていたぐらいだから、L・フィッシュバーンにしてみれば、終生、モフィアスのイメージで語られるのは、結構辛いものがあるのではないだろうか。

ちなみに、『マトリックス』でネオを演じたキアヌ・リーブスも、ネオのイメージが焼き付いて、シリーズ以降、役の幅が狭まった印象がある。(刑事ジョン・ウィックで健闘しているが、もう二度と、『ドラキュラ』や『ディアボロス/悪魔の扉』みたいな役は回ってこないと思う)

そうした理由から、筆者は、時系列に従って、先に『イベント・ホライゾン』(1997年)→『マトリックス』(1999年)を視聴することを強く推奨する

でないと、ミラー船長が何を言おうが、どのようなアクションを演じようが、モフィアスにしか見えないからだ。

相棒役のウィリアム・ウェアー博士(サム・ニール)が、邪悪な力に負けて、どんどん壊れていくのに対し、ミラー船長だけは最後まで高潔な精神を貫き、モフィアスらしさを見せてくれる。

最後も、「あー、モフィアスが……」と思ってしまうのは、私だけではないはずだ。

モフィアス・ファンなら、L・フィッシュバーンを見るだけでも価値があるし、この後、『マトリックス』で大ブレイクすることを思うと、いっそう感慨深い。

『イベント・ホライゾン』は、ポール・W・S・アンダーソン監督の習作であると共に、モフィアスの前哨戦だ。

ストーリーはともかく、未来のモフィアスと見定めたアンダーソン監督の眼力に拍手を送りたい。

SF版シャイニング ~幻影としての悪

天才ウィリアム・ウェアー博士が設計した『イベント・ホライゾン』は、時空の歪みを利用して、宇宙の彼方へと旅立つ。

初代・宇宙戦艦ヤマトのリアルタイム視聴者が「ワープ航法」と呼んでいるものだが、本作では、A点がB点とはならず、どこか遠くのお山へ飛んで行ったようだ。

そして七年間、行方知れずとなり、誰もが遭難と諦めていたが、突如、海王星の近くに現われ、ウェアー博士、ミラー船長をリーダーとする救援隊が『イベント・ホライゾン』に乗り込み、救助作業に当たる。

ところが、救助隊は次々に恐怖の幻影に襲われ、パニックに陥る。

奇怪な映像が、フラッシュバックのように差し込まれる手法は、スタンリー・キューブリックの名作『シャイニング』を彷彿とする。

エレベーターから血の海が噴き出す場面など、アンダーソン監督は、『シャイニング』へのオマージュをもって制作されたのではないだろうか。

↓ あまりにも有名な『シャイニング』の血まみれエレベーター
https://youtu.be/jZJvRfS9hc4?si=bs1D2iWbAZjYkHQH

キューブリックの『シャイニング』も、実体をもったゴーストは登場せず、何か邪悪なものが普通の父親に取り憑き、どんどん壊れていく話だった。

シャイニングも、イベント・ホライゾンも、「邪悪」の正体は最後まで明かされることはなく、各キャラクターの恐怖の幻影を通して、間接的に悪を感じる演出となっている。

そうした曖昧さが、エイリアンのように実体をもった宇宙の悪と闘う物語を期待していた視聴者を退屈させ、低評価に繋がってしまったのではないだろうか。

アンダーソン監督も、「宇宙の彼方はこうですよ」「悪夢の正体はこれですよ」を明瞭にすれば、もっと分かりやすい作品になったのだろうが、それこそエイリアンの二番煎じになってしまう。

せっかく美術が美しいのだから、「あとは皆さんのご想像にお任せします」で丁度いいのではないだろうか。

なぜ一度見たら、忘れられないのか

Wikiによると、「本作は製作費を遥かに下回る興行収入しか得ることができず、興行的には失敗に終わったが、ビデオソフトの発売後にカルト的支持を得たため、制作会社からはカットした部分を含めて再構成したディレクターズ・カットの指示が出された」とのこと。

それもそうだろう。

私でさえ、海外のTVロードショーでちらと見たワンシーンが忘れられず、「いつか機会があれば」と10年以上、胸に抱いていたのだから、VHSやDVDでじっくり鑑賞した人のインパクトは並々ならぬものがあると思う。(多分、その大半は、モフィアス・ファンではないか??)

ゴシック・ホラーのテイストを前面に押し出した、ユニークな美術。

7年ぶりに帰って来た謎の宇宙船。

次々に壊れていく乗務員を尻目に、モフィアスだけが正気な展開。

「盛り上がりに欠ける」と言うレビューの通り、これといった見せ場もなく、クライマックスにも既視感があり(エイリアンそっくり)、松か竹かと問われたら、ほぼ確実に「竹」に属するB級作品ではあるが、『オーメン(最後の闘争)』から恐竜博士まで、酸いも甘いも噛み分けたような、サム・ニールの魅力と、モフィアス先生の圧倒的存在感が相成って、一度見たら、忘れられないSFホラーに仕上がっている。

映画ファンにしてみたら、本作の前に、スティーブン・スピルバーグの『ジュラシック・パーク』で大いに感銘を受けた経験があるだけに、サム・ニールのまさかの展開は、それだけで衝撃的だし、「絶対、こっちの方が闇落ちするやろ」なモフィアス先生が最後まで正義の側で活躍する様も、意外と言えば意外だし。

あの二人を見るだけでも値千金、何より、「イベント・ホライゾンを観た」と言うだけで、映画人の格が上がるのが最大のポイントだ。

ある意味、本作は、映画好きか否かを分ける試金石であり、イベント・ホライゾンの話題だけで、三日は盛り上がること請け合いである。

たとえ気に入らなくても、「観た」というだけで、映画仲間にドヤ顔で自慢できるのではないだろうか。

二番煎じみたいなストーリーやホラーの演出にはB級感が否めないが、それでも、本作の経験が「バイオハザード」に昇華し、L・フィッシュバーンの出世の足がかりになったことを思うと、それだけで感慨深い。

その中で、サム・ニールだけは、何を演じてもサム・ニールなのが最大のポイントである。(大好きです)

DVDと動画配信

イベント・ホライゾン(Event Horizon) 1997年

監督 : ポール・W・S・アンダーソン
主演 : サム・ニール、ローレンス・フィッシュバーグ、ジョエリー・リチャードソン

本作は、Amazonプライムビデオ、U-NEXTで視聴できます。
両サービスとも、日本語字幕・日本語吹替があります。
1997年の作品ですが、画質は綺麗です。
プライムビデオの方は、日本語字幕の処理が黒背景付きなので、明るい場面でちょっと気になりますが、ダークな場面が多いので、視聴の邪魔にはなりません。

イベント・ホライゾン
イベント・ホライゾン
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