テクノロジーによる格差社会を描く『銀河鉄道999』~永遠の命(機械の身体)を求める人は案外幸せなのかも

目次 🏃

『銀河鉄道999』と永遠の命に関する考察

機械化人間と永遠の命

鉄郎。

『年を取る』ということは、

生身の身体より、機械の身体の方がいいな……と思うようになることよ。

老眼と更年期障害に苦しむ中年メーテルより。

「永遠の命」と言えば、真っ先に思い浮かべるのが、松本零士の傑作『銀河鉄道999』の機械化人間と思う。

女王プロメシュームを筆頭に、永遠の命を手に入れた機械化人間は、貧乏で機械の身体が買えない生身の人間を襲っては、『命の火』を抜き取り、自らのエネルギーとして、宇宙を支配していた。

貧乏な母子家庭の星野鉄郎は、最愛の母を冷酷な機械伯爵に殺され、「機械の身体をタダでくれる星に行って、お母さんの仇を取りたい」と心に誓い、謎の美女メーテルと共に宇宙の旅に出る。

だが、メーテルと最後に辿り着いたのは、メーテルと同じ名前をもつ『機械化母星メーテル』だった。

そこで鉄郎は、女王プロメシュームと美女メーテルの正体を知る――。

*

しかし、それなりに年を取った今、つくづく思うんですよ。

機械の身体になっても、永遠に生きたいと願う人は、本当は幸せなんじゃないか、と。

もちろん、「命には限りがある。だからこそ、この一瞬を大切にし、他者への思いやりも生まれる」というのは本当にその通りです。

でも、一方で、幸せだからこそ、永遠の命を願うことができる。

心から幸せを感じられず、この世は生きづらい人にとって、永遠の命は生き地獄でしかないからです。

しかしながら、もし本当に病いも老いも知らず、永遠に生きることが叶ったら、傷つくこともなく、苦しむこともなく、人間が傲慢になるのも確かでしょう。

最初は「生きたい」と願っても、そのうち生きることに退屈し、機械伯爵みたいに、人間狩りのような残酷な遊びに耽るかもしれない。

永遠のチャンスを与えられても、本当に生かせるのは一握りで、多くは堕落し、人生に何の彩りも見出せなくなるでしょう。

そう考えると、永遠の命は、人間が決して手に入れてはならないものなのかもしれません。

『銀河鉄道999』が描く格差社会

ちなみに『銀河鉄道999』は、格差社会を描いています。

裕福な人は、機械の身体を手に入れ、死や飢えとも無縁の人生を送ることができますが、貧乏人は一生、生身のままで、空腹や病気に苦しまなければならない。

そればかりか、生身の人間は機械化人間に狩られ、命の火を吸い取られて、死に至ります。

機械化人間は、生身の人間から吸い取った命の火を糧にして、ますます栄えていく。

『999』は1970年代の作品ですが、テクノロジーの発達による、21世紀の格差社会を預言していたような気もします。

ちなみに、鉄郎の境遇は、戦後の貧困母子家庭をモデルにしていると思います(父親は機械化人間との戦闘で亡くなっている)、

スティーブン・ホーキングの「技術による格差」

同じことを、世界的な物理学者のスティーブン・ホーキング博士も、下記のように言及しています。

ホーキング氏、「技術の進歩で格差広がる」 IT業界は反論(CNN インタビュー記事)

ホーキング氏はこのほど開かれた米ソーシャルメディア「レディット」のイベントで「もし機械の作り出す富が共有されれば、誰もが優雅な生活を満喫できる。だが機械の所有者が富の再配分反対を唱えるロビー活動を成功させれば、ほとんどの人はみじめな貧困に追い込まれる」と指摘した。
その上で「これまでのところ、トレンドは後者に向かっているようだ」と付け加えた。

『機械の身体』は極端な例にしても、実際、PCやインターネットを使いこなす層と、そうでない層の格差は計り知れませんし(勉学、就職、暮らし、全てにおいて)、現代社会はスマホがなければ公的サービスも受けられない状況になりつつあります。

これが更に進化して、機械(AIを含む)がより多くの役割を担うようになれば、それを利用できる層と、できない層の格差はさらに開くし、人間の価値観や知的レベルにおいても大きな差異が生じると思います。

機械化が人に自由や安楽をもたらすのは事実ですが、それはあくまで「利用できる層」の話であって、経済力がなければ、その恩恵は隅々まで行き渡りません。

その顕著な例が医療です。

最先端の医療機器が揃う日本の病院と、抗生剤もろくに手に入らない未開地の診療所では、治癒率にも雲泥の差がありますし、たとえ、人工腎臓や人工肝臓の技術が確立しても、その恩恵に預かれるのは一部の先進国だけ。いや、その先進国でさえ、高額な治療費を払える層と、最低限の投薬しか受けられない貧困層では、命の重みも違います。

医療に限らず、学習でも、通信でも、技術が発達すれば発達するほど、その格差は可視化され、それに手が届かない下層の怨嗟はいっそう増大するのではないでしょうか。

そう考えれば、いずれ実現されるであろう機械の身体――たとえパーツであっても――も、それを購入できる富裕層だけが恩恵に預かり、購入できない貧困層は死を待つだけ、という『銀河鉄道999』の世界観は決して絵空事ではないのです。

それでも、機械の身体はNGですか?

それでも永遠の命が欲しいですかと問われたら、私も迷わず「ハイ」と言うし、そういう意味では、充実した人生を送っているんですね。

だって、まだ見てない映画は何百本もあるし、『北斗の拳』『愛と誠』『キャプテン翼』『風と木の詩』『オルフェウスの窓』 『まことちゃん』『洗礼』『エースをねらえ!』、もう一度、じっくり読み返したい漫画も何十とある。

ドストエフスキーの墓参りも行きたいし、本物のボリショイ劇場にも行ってみたい。

イエローストーン、エベレスト、アイスランド、ノイシュヴァンシュタイン城、行きたい場所を挙げれば、きりがない。

機械の身体が手に入るなら、一億円でも買うという人、たくさんいるだろう。

そうでなければ、「暇で暇でしょうがない」という人から、時間を買いたいぐらいだ、今すぐに。

*

そういう意味で、一度、松本零士先生に問うてみたい。

それでも、機械の身体はNGですか?

もっと漫画を描くために、永遠に生きたいと思いませんか?

それはきっと『999』のテーマとはかけ離れたものだろうけど、機会があれば、一度、じっくり訊いてみたいものです。

さらば、青春の幻影……。

私の青春も、ついに戻ってきませんでした。

今じゃ、すっかり、ハーロックにも興味をなくし、ただのおばさんです。

機械化母星も大アンドロメダも滅ぼす必要があったのか?

ちなみに、私は機械化母星メーテルを攻撃する場面が苦手です。

音楽も演出も素晴らしいし、機械化母星メーテルが崩壊する場面の叙情性は白眉のものです。

若かりし頃は、戦闘シーンも格好いいと思っていましたが、海外に移住して、子供が生まれて、『きかんしゃトーマス』とか『みつばちマーヤ』みたいなのばかり見るようになってから、999もヤマトも駄目になった。

日本のアニメファンには信じられないかもしれないけど、お子様向けの作品で、ああいう爆撃シーンは御法度なんですね。

銃を振り回すのも然り。

アメコミ系と違って、日本のアニメはリアルだから、そのままでは放映できないのが多いです。

何年も日本アニメから遠ざかっていたせいか、今、999やヤマトを見返してみると、銃撃や爆撃の場面が多いこと。

子供の頃、よくこんな戦闘アニメを見てたなあと、今となっては不思議なくらいです。

そのせいか、今となっては、機械化母星と一緒に死んでしまう機械化人たちが可哀相で、星ごと吹っ飛ばす必要性があったのかと思うわけですよ。

だって、中身は「人間」でしょう?

機械伯爵みたいに悪い人がいる一方で、そうじゃない人もいっぱいいるはず。

なのに、星ごと吹き飛ばす感性が、どうにも理解できないんですね。

『さよなら編』の大アンドロメダが異質なエネルギーを吸い込む謎の生命体『サイレンの魔女』に滅ぼされるのは仕方ないとしても。

せめてMATRIXみたいに、『機能停止』するとか、穏健な方策を採って欲しかった。

そのあたりが、男性の松本先生と、女性の私の違いかもしれません。

結婚するなら、ハーロックよりトチロー

女性が年を取るということは、ハーロックより、トチローみたいな男性がいい、と思うようになることです。

家事に堪能で、メカに強くて、嫁が戦場に行く時は「君の好みに合わせて、トリガーを調整しておいたよ」と自分でチューンナップしたコスモガンを持たせてくれる。

結婚相手として、これほど好ましい男性が他にいるでしょうか。

トチローが旦那なら、女性も心おきなく戦える。

そう思っている中年女性は少なくないと思います。

その点、ハーロックは、死ぬまで俺様主義なので、第一に、家に帰って来ません。

帰って来ても、すぐにまた何処かに出掛けてしまいます。

女性は、いつまでも男の帰りを信じて、家で待ち続ける人生が待っています。

オレが、オレが、と自己主張の激しいタイプは、恋人なら頼もしいですが、旦那にしたら、鬱陶しいだけだと思う。

一生、「オレの海」で彷徨ってれば、って感じです。

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