シャーデーとアルバム『Love Deluxe』
シャーデー(SADE)について
シャーデー・アデュは、ナイジェリア出身のシンガーソングライターで、英国のバンド『シャーデー』のヴォーカリストです。
1984年、ジャジーなムードを漂わせるアルバム『ダイヤモンド・ライフ』でデビューすると、瞬く間に世界的人気を得て、『プロミス』『ストロンガー・ザン・プライド』と、続くアルバムも大ヒットとなりました。
シャーデーの音楽の魅力は、ロックやポップスと一線を画するアダルトコンテンポラリーでありながら、レゲエ、バラード、ジャズなど、様々な要素を取り入れ、沈潜するような世界観を作り出している点です。
一時期、人気を博したAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)を陽の世界とするなら、シャーデーが歌うのは濃艶な夜の世界。
歌詞も官能的で、異国情緒あふれるサウンドも魅力です。
アルバム『LOVE DELUXE』
シャーデーのアルバムの中でも、最高傑作と名高いのが、1992年にリリースされた『Love Deluxe』。
映画音楽に使われたポップス調の『ノー・オーディナリー・ラブ』、幻想的なインストゥルメンタル『mermaid』、甘やかなパッションを感じさせる『kiss of life』など、一曲一曲が洗練され、一度耳にしたら忘れられない名盤中の名盤です。
Spotifyでも視聴できます。
わけても、ラブソング『Cherish The Day』の美しさは白眉のもの。
ジャズやアダルトコンテンポラリーと親和性の高い人なら、全編に漂う官能的な響きに魅了されるのではないでしょうか。
「毎日がいとおしい」と至高の愛を謳った歌詞も絶品です。
オリジナルのビデオクリップもいいですが、ダンディなスーツ姿で歌うサンディエゴのライブも魅力的。
冒頭のギターソロで昇天確実。
会場の熱気が伝わってくる、印象的なライブ映像です。
Cherish The Dayの歌詞と邦訳
You’re ruling the way that I move
and I breathe your air
You only can rescue me
this is my prayer
If you were mine
If you were mine
I would’nt want go to heaven
I cherish the day
I won’t go astray
I won’t be afraid
You won’t catch me running
You’re ruling the way that I move
You take my air
You can show me how deep love can be
私はあなたの言うなり
あなたの空気を吸って生きているの
私を救えるのはあなただけ
これが私の祈りの言葉
もしあなたが私のものなら
私のものだとしたら
天国に行けなくてもかまわない
毎日がいとおしいの
もう道に迷うこともない
恐れることもない
走り出したらもう捕まらないわ
私はあなたの言うなり
この空気もあなたに支配されているの
愛がいかに深いものか、あなたに教えてもらったわ
対訳:滝上よう子 CD『love deluxe』ライナーノーツより
この日本語訳は、少し納得がいかない部分もあります。
「言うなり」とか「支配されている」とか。
あなたが世界の全て――と表現したいのかもしれませんが、あまり好い印象は受けません 😅
rule や you take my air のニュアンスを日本語に置き換えるのは難しいですね。
アルバム『LOVE DELUXE』のライナーノーツより
つまり、ある意味で、これほどポップ・ミュージックのシーンの流れやファンへの代謝、さらには世の動向全般を無視して、自分たちの世界へ入り込んでいるアーティストも珍しいと思わざるを得なかったのである。
アルバムを形成する新曲のほとんどは、これ以上ないというほど言葉を切りつめ、無駄な装飾を削ぎ落とした詞で、シャーデー・アデュの個人的心象がうたわれていくようだ。
アルバムの音に接すると、通常いわれているエロスの意味を、根底からくつがえしてしまうような風景を見せつけられ、日常的常識的エロスからかけ離れた世界へ導かれるようだ。
『love deluxe』という桃源郷とも魔界とも判別できぬ世界を知る人は、まだまだ少ない、いや、ひょっとして、このアルバムを聴くまで、シャーデーのメンバー以外誰ひとり知らない精神世界かもしれないのだから。
(’92年9月21日) 大友良則 ライナーノーツより
アルバム『ベスト・オブ・シャーデー』とロングバージョン
アルバムに収録されている『Cherish The Day』は二種類あり、ベスト盤『ベスト・オブ・シャーデー』に収録されている方がロング・バージョンです。
Spotifyでも視聴できます。
コンピレーションアルバム『The Ultimate Collection』はこちら。全編リマスターの美しいサウンドが楽しめます。
ロングバージョンの『Cherish The Day』の動画です。
アルバム『LOVE DELUXE』より壮大な印象があります。
現在は入手困難となっている、『Cherish The Day』のリミックス・ヴァージョン。
これを倒産寸前の、しけたCDショップで見つけた時は涙が出るほど嬉しかった。
オリジナル、ロング・ヴァージョン、そしてリミックスと4曲が収録されているミニ・アルバム。
Cherish The Dayの世界が堪能できます。
Cherish the Day / Feel No Pain / No Ordinary
ポップな曲調のRonin Remixバージョン。
『毎日がいとおしい』 本物の恋とは
Cherish The Day を初めて聴いた時、陶然として、しばらく動けなかった。
『魂に触れる』というのは、こういう瞬間を言うのだろう。
今まで眠っていた何かが忽然と目を覚まし、長い間、身体の奥底でくすぶっていたものが、突然、外側に向かって爆発的に流れ出すような心境だった。
これほどまでに崇高かつ官能的な愛の唄を、私は知らない。
愛、愛と、知ったか振りで繰り返すのでもなければ、脳天気に幸せを語るわけでもない。
魂の奥深くに沈み込むような情感が、シンプルな歌詞と旋律の中に表現されている。
I cherish the day
I won’t go astray
I won’t be afraid
You can show me how deep love can be……
毎日がいとおしいの
もう道に迷うこともない
恐れることもない
愛がいかに深いものかあなたに教えてもらったわ
タイトルでもある「Cherish The Day=毎日がいとおしい」は、まさに恋する者の心情だ。
今日、初めて、愛の意味を知ったような、甘やかな悦び。
日々、生まれ変わるような感動の中で、一人ぼっちの魂が隅々まで充たされていく。
ただ、あの人に恋をし、好きと感じるだけで、この世に生まれたことも、今生きていることも、全てが眩く感じられる。
その気持ちを一言で表せば、『毎日がいとおしい』。
それしか思いつかない。
何より心ひかれたのが、このフレーズだ。
If you were mine,
If you were mine,
I wouldn’t want to go to heaven
もし あなたが私のものなら
私のものだとしたら
私は天国に行けなくてもかまわない
本当に人を愛したら、望むことはただ一つ。
身も心も結ばれることだ。
名前も、身分も、相手の皮膚さえも通り抜けて、自分と相手の境目も分からなくなるほど一つに結ばれる。
『天国に行けなくてもかまわない』というのは、愛の強い希求の前には、富や善徳など何の意味もなく、ただ愛だけが存在する究極の世界を意味する。
これほど深く純粋な愛の世界を歌い上げた作品といえば、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』ぐらいだろう。
愛(エロス)と死(タナトス)を描いたこの大作も、内側に沈み込むような愛の世界を描いていた。
愛を突き詰めれば死に至るように、この世を超えて、一つに結ばれることこそが、愛の究極の願いなのだ。
*
人の世の恋には、とかく醜い感情がつきまとう。
恐れ。不安。嫉妬。打算。
ただひたすら、愛する為だけに存在する”愛”が、どれだけ存在するものか。
愛を謳うものは多いが、本物の愛に巡り会える人は少数だ。
そして、本当に人を愛すれば、Cherish The Day (毎日がいとおしい)。
その悦びだけで充たされるのではないだろうか。
愛する能力と現代のロマンス ~G.K.チェスタトンの名言より
1999年発行のメールマガジン【Clair de Lune】の創刊号より
毎日がいとおしかったから
Man has to pick up the use of his functions as
he goes along ―― especially the function of Love.
From ” A Room with a View” by E.M.Forster『人生では、さまざまな能力を使ってみて、
その使い方を覚えていくしかない――
とくに、愛する能力の場合は』“眺めのいい部屋”から E.M フォースター
ここでは「能力」と訳されていますが、【function】には、機能・作用・職務といった意味合いがあります。
上記においては、『心のはたらき』とも訳せるかもしれません。
人は様々な「体験=心のはたらき」を通じて、精神的に成長し、人間として完成されてゆくものですが、この世におけるもっとも難しい「心のはたらき」とは、人を「愛する」ことではないでしょうか。
人は簡単に「愛」という言葉を使いますが、真実、「愛する」ことを知っている人――もしくは誰かを「愛している」魂は、希だと感じます。
なぜなら、「愛する」ということは、絶え間ない努力であり、孤独や苦しみを恐れぬ勇気であり、見返りを求めず、相手にひたすら捧げ尽くすものだからです。
人が人を「好きになる」ことは、自然な心の作用だし、「恋に落ちる」のも割合簡単だけど、「理解する」となれば、相当な努力を要します。
まして「愛する」となれば――「愛し続ける」ともなれば――要する心のエネルギーも莫大です。
人は、自分自身については、いくらでも心を注ぐことができますが、他人にはそうそう尽くせるものではないからです。
人が、自分とは異なるもう一つの存在を、何の見返りもなしに、受け止め、理解し、慈しむことは、人間として最も尊い能力だといえるでしょう。
*
『Cherish The Day』は、私の大好きなアーティストSADE(シャーデー)の四作目のアルバム「Love deluxe」に収めらている歌の題名です。
崇高な薫り漂う旋律もさることながら、深い愛の悦びを謳った歌詞も最高。
特に、
If your were mine
もしあなたが私のものなら
if your were mine
私のものだとしたら
I wouldn’t want to go to heaven
私は天国に行けなくてもかまわない
I cherish the day
毎日がいとおしいの
I won’t go astray
もう道に迷うこともない
I won’t be afraid
恐れる事もない
you show me how deep love can be
愛がいかに深いものかあなたに教えてもらったわ
というくだりが好きで、”Cherish(チェリッシュ)”という言葉の響きに、とても崇高な響きを感じずにいられません。
心が悦びに包まれたなら、見るもの触れるものすべてが美しく、世界が輝いてみえるもの。
弾けんばかりの歓喜の中に、毎日を迎えるもの。
そういう悦びは愛の中にこそあり、恋する心がその扉を開きます。
私の【Cherish The Day】は、日常の些細な出来事から始まりました。
それは、本当に思いがけない恋であり、発見であり、悦びでした。
まさに「Cupidの悪戯」と呼ぶにふさわしい、切なくも素晴らしい体験だったのです。
それはまた残酷な現実であり、夜より深い苦しみの始まりでもありました。
それでも愛する悦びは、どんな悲しみや苦しみにも勝り、いつまでも深く心に残るのです。
Cherish The Day――毎日がいとおしい。
あふれんばかりの想いとともに書き綴ったのが、 『Clair de Lune』。
これは私にとって、まぎれもなくRoman d’amour『恋愛小説』なのです。
『To be born into this earth is to be born into
uncongenial surroundings, hence to be born a romance.』この世に生まれることは、居心地の悪い世界に生まれることだ。
だからこそロマンスも生まれる。G.K.チェスタトン