映画『バグダッド・カフェ』の魅力
作品の概要
バグダッド・カフェ(1987年) -Out of Rosenheim (英題 Bagdad Café)
監督 : パーシー・アドロン
主演 : マリアンネ・ゼーゲブレヒト(ドイツ人妻・ジャスミン)、CCH・パウンダー(バグダッド・カフェの女主人・ブレンダ)
バグダッド・カフェ ニュー・ディレクターズ・カット版 (字幕版)
映画のあらすじ
茫漠たる砂漠のど真ん中にポツンと看板を掲げる『バクダッド・カフェ』。
コーヒーマシンは朝から調子が悪いし、夫も偉そうに威張り散らして、ちっとも幸せじゃない女主人のブレンダ。
夫を追い出した後、一人、ひそかに涙を流すブレンダの前に現れたのは、大女のドイツ人女性、ジャスミンだった。
ジャスミンもまた、ラスベガスに行く途中、夫と大喧嘩して別れてきたところ。
宿を求めて、バクダッド・カフェにやって来たが、まるで場違いなジャスミンにブレンダは戸惑うばかりだ。
しかし、朗らかなジャスミンに、生意気ざかりのブレンダの子供達も、周囲の住民も、次第に心を開くようになり、砂漠の寂れたカフェは次第に活気を取り戻していく。
そんなジャスミンには、一つ困った問題があった。
それは、夫と別れる際、間違って夫のトランクを持ってきてしまったことだった。
トランクの中には、なぜかマジック用の道具一式が入っていて、それに興味を示したジャスミンは、みるみるマジックの腕を上げていく。
やがて彼女のマジックと明るいキャラクターは、この道を行き交うドライバーたちの評判になり、カフェは大繁盛。
満員のお客を相手に、「浮き世の悩みも 魔法で消える」と歌い、ジャスミンもブレンダもとても幸せだ。
ところが、ジャスミンのビザ無し就労が発覚し、彼女はドイツへの帰国を命じられる。
マジック・ショーが終わると、ドライバーらの足も遠のき、カフェは再び閑散としてしまう。
しかし、ジャスミンは、本国で手続きを終えると、すぐにバクダッド・カフェに戻ってきた。
彼女を慕っていた画家のルーディは早速プロポーズし、ブレンダの夫も家に戻ってきて、めでたし、めでたし……というお話しです。
見どころ
映画『バグダッド・カフェ』は、1987年、ドイツの実力派女優マリアンネ・ゼーゲブレヒトとガイアナ系アメリカ人女優CCH・バウンダーを主要キャラに起用して、西ドイツで製作されたミニシアター系の作品です。
メディアでも大きく取り上げられることはなく、そのまま忘れ去られるかのように見えましたが、作中で歌われる主題歌『コーリング・ユー』が爆発的ヒットとなり、『音楽を聴いて興味をもった人が映画を見る』という逆パターンでロングランヒットとなった異色作です。
物語自体は、非常にシンプルで、旅の途中に夫婦喧嘩を始めた妻のジャスミンが、砂漠のモーテル『バグダッド・カフェ』に辿り着き、そこで小さな人生のマジックを披露する――というものです。
派手な演出もなく、お涙頂戴の起伏もなく、淡々と進行するドラマですが、登場人物がみな少し変わっていて、見終わった後に「あれは何だったんだろう」と不思議な印象が残るのが特徴。
ハリウッド的な展開が好きな人には物足りないかもしれませんが、とにかく主題歌の『コーリング・ユー』が非常に効果的に使われていること。
また、『バグダッド・カフェ』で開催されるマジックショーの歌と踊りが素晴らしいことから、一度は見て頂きたい小品です。
主題歌『コーリング・ユー』について
この映画の要は、なんと言っても、ジェヴェッタ・スティールの歌う主題歌『コーリング・ユー』でしょう。
歌詞が映画全体に素晴らしくマッチして、歌を聞いているだけで、優しい気持ちになります。
A desert road from Vegas to nowhere
Some place better than where you’ve been
A coffee machine that needs some fixing
In a little cafe just around the bend
I am calling you
Can’t you hear me
I am calling you
A hot dry wind blows right thru me
Your baby’s crying and I can’t sleep
But we all know a change is coming
Coming closer sweet release
I am calling you
I know you hear me
I am calling you Oh
by JEFF BUCKLEY
ラスベガスから何処かへ続く道
あなたが今までに行ったどんな場所よりも
素敵な何処か
曲がり角にある 小さなカフェの
修理の必要なコーヒー・マシーン
私はあなたを呼んでいるの
ねえ、聞こえるでしょう?
あなたを呼んでいるの
熱く乾いた風が 私に吹き付けるわ
赤ん坊は泣きっぱなしで 眠れやしない
でも 私たちは知っているの
ささやかな変化が
もうすぐそこまでやって来ていることを
私はあなたを呼んでいるわ
ねえ、聞こえるでしょう?
あなたを呼んでいるの
『バグダッド・カフェ』のサウンドトラックは、Spotifyでも全曲視聴することができます。
【コラム】 浮世の悩みも、魔法で消える
私が初めてこの映画を見たのは、「失恋」「失業」「病気療養」と不幸が三拍子そろった秋の日の事だ。
手術の傷も癒えず、自宅で悶々としていたら、「何も考えずに、ぼーっと見たらいいよ」と友人が勧めてくれた。
それまで、女性誌や映画誌などで「女二人で見たいおすすめ映画」として取り上げられていたし、レビューの評価も上々だったので、興味はあったが、どちらかといえばSFアクション系が好きな私には、いまいちまだるっこいイメージがあり、積極的に見ようという気にはなれなかった。
しかし、いつもクールな友人がそれほどまでに勧めるなら、一度見てみるかと思い立ち、レンタル屋に足を運んだのだが、見終わった感想は、「予想以上」。
映像よりは音楽、物語よりは主題歌『コーリング・ユー』の世界観に涙してしまった。
本作は、女性同士の友情が売りだが、マジック・ショーで歌われる『浮世の悩みも、魔法で消える』というフレーズが非常に象徴的で、幸せに生きていくには、ほんのちょっとのユーモアと、気持ちの切り替えが必要なんだよ――ということを教えてくれる、軽いタッチのヒューマン・ドラマだ。
不幸のどん底においては、どんな人もシンデレラ級の特大マジックを期待するが、あいにく、そんな都合のいい魔法はどこにもない。
シンデレラみたいに汚れ仕事もいとわず、真面目に生きたところで、魔法使いのおばあさんが目の前に現れるわけでもなければ、舞踏会で王子様と踊れるわけでもない。
せいぜい、近所のスーパーで安売りのチップスを買いだめして、深夜に映画を見ながら、「はー、極楽」と一息つくぐらい。
マジックなんて、もう二度と手に取ることもない、グリム童話の中表紙みたいなもの。
どんなイラストが描いてあったのか、思い出すこともなければ、懐かしむこともない。
それと同じように、自分の人生に、二度も三度もマジックが訪れるとも思えず、深夜のビールとチップスだけが心の友みたいな日々を過ごすだけだ。
それでも、誰の人生にも、ほんの少し、魔法の粉みたいなものは残されている。
友人の電話だったり、スーパーの安売りセールだったり、――素晴らしい映画もその一つ。
「私はこう」と決めつけている人も、たまには友人のアドバイスに従って、自分の好みとは正反対の映画を見てみるのも悪くない。
それで、ほんの少しでも、浮世の痛みを忘れることができたなら、それが最上のマジックではないだろうか。
*
こちらがジャスミンのパワーで人気を盛り返したカフェのマジック・ショー。
マジックの道具は、ジャスミンの別れた夫のトランクに入っていました。
それまでボウボウ頭で不幸を嘆いていたブレンダははつらつと輝き、拗ねた不良娘も髪を結い上げ、愛らしい歌声を聞かせる。
「浮き世の悩みも魔法で消える」と歌われるこのパートは映画の一つの見せ場です。
八方塞がりの登場人物たちが、マジックの道具を片手に幸せの笑顔を咲かせるプロセスは、見る人に希望の光を投げかけます。
ホリー・コールの『コーリング・ユー』
『コーリング・ユー』といえば、ジュヴェッタ・スティールの歌唱が圧倒的に有名ですが、カナダの女性シンガー、ホリー・コールの歌唱もジャジーなサウンドで、非常に印象的です。
秋の夜長にしっとりと聴きたい名演ですね。
コーリング・ユーが収録されているアルバム『Blame It On My Youth』もSpotifyで視聴できます。