映画『ボクシング・ヘレナ』 ~愛する女を箱詰めに
作品の概要
ボクシング・ヘレナ(1993年) ー Boxing Helena
監督 : ジェニファー・リンチ(鬼才 デヴィッド・リンチの娘さん)
主演 : ジュリアン・サンズ(性的不能の外科医ニック)、シェリリン・フェン(ヘレナ)、ビル・パクストン(ヘレナの情夫レイ)
↓ この作品は日本では販売されておらず、動画配信にも対応していません。国内では幻の逸品となっています。
Boxing Helena [DVD] [Import] (1993)
あらすじ
優秀な外科医ニックは、母親との確執が原因で性的不能に陥ってしまう。
そんな彼は夜な夜な美女ヘレナの私室を覗き見していたが、ある時、ヘレナが交通事故に遭い、ニックは彼女を自宅に連れ帰る。
最初は普通に治療していたが、ヘレナを所有したい欲望に駆られたニックは、ヘレナの両足と両腕を切断。一人では身動きできなくしてしまう。
そんなニックを、ヘレナは嘲笑っていたが、かいがいしく世話されるうちに、次第にニックに心を開くようになり、奇妙な絆が芽生える。
だが、二人の幸福は長くは続かなかった。ヘレナの恋人レイが、居場所を嗅ぎつけ、ニックの自宅に殴り込みにきたのだ。
果たしてニックはヘレナとの愛を貫き、再び幸せになれるのか……。
見どころ
いわくつきの作品ということで、日本ではパッケージ化されておらず、視聴した人の方が少ないのではないかと思う、希代の異色作。
内容は決して悪くないのに、禁断の夢オチを用いたせいか、映画通からは低評価。不当に貶められた(?)名作の一つといえる。
しかし、シェリル・リンの美しさは白眉のものだし、性的不能なニックを演じたジュリアン・サンズも非常に美しい。
決して猟奇的な内容ではなく、恋する男のファンタジーと欲望を描いており、少女漫画のようにロマンチックでもある。
とりわけ、劇中で使われるエニグマの『サッドネス』の素晴らしいこと。官能と宗教色が結びつき、これ以上ない濡れ場に仕上がっている。
機会があれば、一度は見ていただきたい、恋愛映画の傑作。
どうしても全編見たい方は、自力で探せとしか言い様がないです。英語力を駆使すれば、案外、簡単に見つかります。
性的不能のニックと官能的な美女ヘレナの恋
優秀な外科医のニック(ジュリアン・サンズ)は、冷酷な母とのトラウマを抱え、女性恐怖症にさいなまれている。
しかし、ずっと以前に関係をもったヘレナ(シェリル・フィン)のことが忘れられず、夜な夜な、彼女の家を覗き見しては、一人でその欲望を満たしていた。
そんなある日、ニックは交通事故にあったヘレナを救い出し、自宅に連れ帰る。
最初はちゃんと治療していたが、ヘレナを所有したくなったニックはヘレナの両足を切断し、家の中に閉じ込めてしまう。
ヘレナは隙を見て逃げだそうとするが、ニックに取り押さえられ、その夜、ニックはとうとう彼女の両腕まで切断してしまう。
ニックはヘレナに性的不能を罵られ、人間としての卑劣さを詰られながらも、彼女の愛を勝ち取ろうと、懸命に彼女に尽くす。
その思いが通じたのか、ある時、彼の想像の中で、ヘレナが囁きかける。
「あなたは何を恐れているの? 恐れないで、女性を抱くのよ」
彼女を悦ばせるため、ニックは彼女の目の前で女性と交わって見せる。(この場面にエニグマの『サッドネス』が使われる)
ニックの情熱に胸を打たれたヘレナは、次第に彼に心を開くようになり、ある晩、ヘレナの方から「私を愛して」と求める。
ところが、そこにヘレナの情夫で、腕っ節の強いレイが乱入し、ニックに襲いかかる。
ぼろぼろに傷つき、気絶したニックが目の前に見たものは――。
ネタバレの最終エピソードはこちらにあります。
観たい方だけどうぞ。 https://youtu.be/5E25Wk_owBI
ちなみに、濡れ場のクリップは削除されてますね(^_^;
まあ、しょうがない。
性は心と体の結びつき ~性的不能でも優しく尽くして
『ボクシング・ヘレナ』は、今風に言えば、「監禁もの」に相当するのだろうが、本作に描かれる監禁とは所有欲であり、女性に愛される自信のない男性のファンタジーでもある。
ヘレナにまともな方法で近づくことができないニックは、四肢切断という暴力をもって彼女を自室に閉じ込め、愛を得ようとする。
一般的な暴力と異なり、ニックにも救いがあるのは、ニックがヘレナをモノとして所有するのではなく、一人の女性として崇め、慈しみ、ニック自身が奴隷となって、彼女に尽くす点だ。
それでも四肢切断するなど、到底許される事ではないが。
しかし、富と才能に恵まれ、社会的にも成功を収めたニックが、女性恐怖症から性的不能に陥る過程は、なかなか説得力がある。
現実社会にも、似たようなケースは珍しくないからだ。
思えば、愛と性行為が成立するには、男性の能動的なアクションが不可欠で、それが少子化を加速する要因ともなっている。
渡辺淳一風にいえば、「自信」「優位」「エロティック」、この三点が結びついて、初めて女性との性行為が可能になり、「女なら、誰でも」というわけにいかない。
女性の心と体が連動するように、男性も心と体の連動が不可欠で、そのどちらを欠いても、性的関係は成立しないものだ。
ニックの場合、欲望よりも、「女性に嫌われたらどうしよう」という恐怖が先に立ち、四肢を無くしたヘレナに対しても、男として強く振る舞うことができない。
ヘレナに尽くす場面も、男性として優しくするというよりは、奴隷が女王に仕える如くで、決して対等とはいえないが、ここまで尽くされたら、ほろりといくのも、また女心である。
夢の中とはいえ、それなりに結ばれたニックは、決して不能とも言い切れないのではないだろうか。
女性がますます男性化し、声をかけただけでハラスメントと断じられる時代、ニックのように、性的不能に陥る男性も増えてくるのかもしれないが、どうか安心して欲しい。
優しい男には、優しいなりの愛し方があり、気弱であることは決して弱点ではないことを。
ニックのように尽くせば、手強い女性も心を開き、「私を愛して」と求めてくることもあるだろう。
諸般の事情によりお蔵入りとなった作品ではあるが、今、この時代に、もう一度、見直して欲しい逸品だ。
エニグマの『サッドネス』について
エニグマ(Enigma)は、1990年、マイケル・クレトゥと、元アラベスクの女性ヴォーカリスト、サンドラ・アン・ラウアーを中心に結成されたフュージョン系ポップス・グループだ。
特に、グレゴリオ聖歌(グレゴリアン・チャント)やカンタータといった古典音楽と、ハードなダンスミュージックを組み合わせた異色作『サッドネス』は世界的ヒットとなり、グレゴリアン聖歌ブームを巻き起こした。(実際、日本でもCDがよく売れた)
アルバムの冒頭にシンフォニックな序曲と女性ナレーションがあり、おもむろにロック曲が始まる構成は、交響曲のようにドラマティックで、一度聞いたら忘れられない。
とりわけ、『サッドネス』の美しさは白眉のもので、宇宙的な広がりを感じさせる。
映画『ボクシング・ヘレナ』では、自分が女性恐怖症を克服したことをヘレナに知らしめる為に、ニックがヘレナの隣室で他の女性と交わって見せる。
ヘレナはその場面をドアの隙間から覗き見しており、無関心を装っていたヘレナの心にも官能の炎がゆらめき立つ……という演出だ。
黒とゴールドを基調とした豪華な居間のソファの上で、ニックと女性が性行為を繰り広げる場面は、女性監督ならではのエロティックな映像で、非常に上質なラブシーンだったのだが、紹介できないのが本当に残念だ。
音楽で楽しんで下さい。
ボクシング・ヘレナでは、女性のあえぎ声と、ヴォーカルのサンドラの声が上手く重なり、ダンスのリズムとニックの腰の動きが一致する演出だったんですね。
Enigma – Sadeness – Part i (Official Video)
サッドネスに続く「ミア・カルパ」も、宇宙的な広がりを感じさせる名曲です。
Enigma – Mea Culpa (Official Video)
この後、ケルト音楽を取り入れたエンヤなど、フュージョン系音楽がブームとなり、エニグマはまさにその走りであったと記憶しています。
サッドネスを収録した大ヒットのデビューアルバム『MCMXC a.D.』
日本でもCMやTV番組のテーマ曲などに使われていたので、これも聞き覚えがあるはず。
2010年4月24日