恋の妄執を描く オドレイ・トトゥのサイコホラー 『愛してる、愛してない…』 / コラム『恋という名の執着』

可憐な美術学生アンジェリクは近所に住む心臓外科医のロイックに恋をする。二人は仲睦まじいカップルに見えたが、ロイックにはまるで身の覚えのない出来事だった。恋する女の妄想と執着を美人女優オドレイ・トトゥが好演。思い込みの激しい、「狂気のアメリ」のような演技は一見の価値がある。コラム『恋という名の執着』『妄執型の女性の特徴』と併せて。

目次 🏃

映画『愛してる、愛してない…』 あらすじと見どころ

愛してる、愛してない…(2002年) - À la folie… pas du tout

監督 : レティシア・コロンパニ
主演 : オドレイ・トトゥ(アンジェリク)、サミュエル・ル・ピアン(外科医ロイック)、イザベル・カレ(友人ラシェル)、クレマン・シボニー(友人ダヴィッド)

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フランス語は愛を語るための言葉によると、

à la folie (ア ラ フォリ) 気も狂わんばかりに
pas du tout (パ デュ トゥー) ぜんぜん(好きじゃない)

à la folieはアンジェリクで、pas du toutはロイック。

アンジェリクの一人占いみたいなものだ。

あらすじ

美術学校の生徒アンジェリクは、近所に住む外科医ロイックに恋をしていた。二人は絆を深め、周囲も認める幸福なカップルのはずだった。

ところが、全てはアンジェリクの妄想で、ロイックは意味不明なラブレターや贈り物に悩まされ、妊娠中の妻には不倫を疑われて、家庭崩壊の寸前だった。

一体、誰が、何のために……

思い悩むロイックは、ある日、一本の薔薇をプレゼントした女子学生のことを思い出す。

まさかの思いで彼女の部屋を訪れ、そこで目にしたものは……。

見どころ

本作は、前半がアンジェリクのパート、後半がロイックのパートになっており、前半で繰り広げられるラブロマンスのからくりを、後半、ロイックの視点で解き明かす、ユニークな構成になっている。この演出が分からないと、意味不明な作品になってしまうので、視聴する時は、十分に注意が必要。

結論から言えば、サイコパスの恋愛妄想を描いた狂気の物語で、一種のホラー映画とも言える。
それも極端な事例ではなく、「おるおる、こういうオンナ」という設定なので、思い当たる節がある女性も少なくないのではないだろうか。

ロイックにとっては単なる親切が、相手の女性の中では「愛」と受け取られてしまう。
「彼は私を愛している」と思い込んだ女性は、意味不明な手紙やプレゼントを次々に送りつけて、彼を悩ませるが、自分の気持ちしか見てない女性はお構いなしだ。
そして、彼が自分を愛してないと分かると、ついには、逆恨みして、凶行に及ぶ。
だが、それも一瞬で、また妄想に取り憑かれるという、底なしのサイコホラーである。

主演のオドレイ・トトゥは、前作『アメリ』のイメージが強いだけに、一歩間違えば演技に失敗する恐れもあったが、本作ではアメリの無邪気なイメージがかえって幸いして、かえってアンジェリクの狂気を際立たせている。

ひと言で言えば、「ストーカーになったアメリ」。

コワイというより、めちゃキモい。

20年前の映画なので、動画配信でも扱ってないようだが、いつか視聴する機会があれば、ぜひ視聴して頂きたい。

恋愛モノには興味のない男性ファンも、「狂気のアメリ」として楽しめるのではないだろうか。

*

ちなみに本作のキャッチコピーは、

あなたがバラをくれたから、私は心にケガをした

なかなか気の利いた言い回しだが、ケガをしたというよりは、妄想の引き金をを引いたという感じ。

アンジェリクは少しも傷ついてないし、むしろ大怪我をしたのはロイックの方である。

*

本作は、良質な予告編が存在しないので、挿入歌に使われたナット・キング・コールの『L・O・V・E』をベースにしたファンのトリビュート動画をご覧下さい。
概要が分かると思います。

【コラム】 恋という名の執着

愛の欲求が捻れる『転移性恋愛』

臨床心理学に『転移性恋愛』という症例がある。

例えば、幼少期、父親との関係が上手くいかず、愛に飢えた女の子が、歯の治療に通ううち、親切にしてくれた年上のドクターに恋愛感情を抱くようなものだ。

本来なら、父親に向けられるべき愛の欲求が、「年上の優しい歯科医」に転移し、父親から得られなかった愛や優しさを歯科医に求めるようになる。

それが本物の恋愛関係に発展し、お互い幸せになれたらいいが、そうでない場合は、恋した方が傷つく。

彼女は、歯科医との恋愛ばかりか、またしても「父親との愛情関係」の構築に失敗してしまうからだ。

オドレイ・トトゥが演じた『愛してる、愛してない..』は、まさに転移性恋愛を描いたサイコホラー。

美術学校に通うアンジェリクは、近所に住む心臓外科医ロイックに恋をし、いつか彼が妊娠中の妻と別れて、自分と結婚してくれると信じている。

理由は、彼が紫のバラをプレゼントしてくれたから

ロイックにしてみれば、妻の妊娠を知って、大きなバラの花束を購入し、喜び勇んで帰宅する途中、たまたま通りかかったアンジェリクにも、バラを一本、お裾分けしただけのこと。

恋でも、好意でもなく、ハイテンションになって、気前よくプレゼントしたに過ぎない。

ところが、アンジェリクは「彼に愛されている」と勘違いし、日に日に、妄想を膨らませていく。

脳内で自分に都合のいいストーリーを作る

そんな彼女は、自分に都合のいいストーリーを作るのも得意だ。

彼が電話してこないのは、仕事が忙しいから。

彼が人前で無視するのは、恥ずかしがり屋だから。

何でも自分の都合のいいように解釈し、現実を見ようとしない。

それどころか、「私がもっと優しくすれば」「丁寧に説明すれば」と思い込み、ロイックに付きまとう。

アンジェリクの妄執はとどまるところを知らず、ついには邪魔者を殺傷してしまう。

ここまでくれば病的で、もはや相手を害するものでしかない。

しかしながら、本人は、現実を絶対に認めようとせず、死ぬまで、自分の妄執の中で生き続ける。

ラストのワンショットも衝撃的だが、ロイック一家のその後を想像すると、もっと恐ろしい。

次は、もっとエスカレートして、一生、刑務所から出られないような気がする。

妄執型の女性の特徴

本作の優れた点は、恋をこじらせた女性の心理を、小物やセットで巧みに描いている点だ。

思い当たる節があるなら、深い入りする前に、少し考え直した方がいい。

心の乱れを表す部屋

アンジェリクの部屋は、ものすごく散らかっている。

厳密に言えば、「散らかっていく」のだ。

まるで荒んだ心と生活を映し出すように。

逆に言えば、落ち込んで、何もしたくない時、大きなことから始めるより、「菓子の空き箱をゴミ箱に捨てる」とか、「廊下に落ちたままの靴下をタンスに片付ける」とか、小さなことから始めた方がいい。

部屋が綺麗になれば、自ずと心も上向く。

行動を起こすのは、それからでも遅くない。

美しくデフォルメした「自分語り」

子持ちの友人を相手に、アンジェリクはうっとりと自分の子供時代を語る。

本当は淋しい日常を美しくデフォルメし、幸福そうに見せるのも妄想の特徴。

拒絶された時のリアクションが異常

「好きよ、愛してる」と言いながら、相手がチラとても拒絶の態度を見せたら、ブチギレ。

いかに自分の気持ちしか見てないかが、よく分かる。

見方を変えれば、相手が自分の思う通りにならなくても、慌てず、騒がず、黙って受け止めるのが本物の愛。

自己満足の贈り物

「私の真心のからの贈り物」とロイックに送りつけたのは、ブタの心臓だった。

自分の中では最高に素敵なアイデアでも、相手にしてみたら、不気味なものでしかない。

ブタの心臓とまではいかなくても、一方的な好意を押しつける人は少なくない。

とことんつきまとう

妄執に狂った女は自制するということを知らない。現実も見ない。

だから自分の思う通りの結末が得られるまで、何度でも、しつこく、相手につきまとう。

そこに愛とか恋とか、美しい感情の発露はなく、自分自身に執着しているのだ。

現実を指摘する人は「敵」

自分勝手な人間にとって、現実を指摘する人は「敵」だ。

たとえ、それが友人の思いやりであっても、自分に都合の悪い現実に目を見開かせようとする人は、「自分の敵」であり、「自分を傷つける悪い人」だ。

アンジェリクも、本当の敵と味方の区別がつかず、友人を失ってしまう。

淋しい女は電話の着信音が嫌

着信音にいちいち反応し、聞き耳まで立てるようになったら、重症。

ネットもオフにして、頭を冷やした方がいい。

妄執は、誰をも幸せにしない。

※ 予告編。画質はあまり良くないです。

初稿 2012年1月23日

誰かにこっそり教えたい 👂
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