『遊星からの物体X』とクリーチャーの凄さ
作品の概要
遊星からの物体X(1982年) - The Thing
監督 : ジョン・カーペンター
主演 : カートラッセル(マクレディ)、A・ウィルフォード(生物学者ブレア)、リチャード・ダイサート(医師コッパー)、キース・デイヴィッド(機械技師チャイルズ)
遊星からの物体X [Blu-ray]
amazonプライムビデオでも視聴できます
あらすじ
南極観測隊員らは雪と氷に閉ざされ、退屈な日々を送っていた。そこに突然、ノルウェー隊のヘリがやって来る。彼らは執拗に一匹の犬を射殺しようとするが、米国隊長ギャリーが危険を感じて、ノルウェー隊員を撃ち殺す。
犬は飼育係のクラークによって犬小屋に保護されるが、その晩、犬が奇怪な姿に変異し、他の犬を殺して、施設の外に逃亡する。
ようやく事態を悟った米国隊は、ノルウェー隊の基地を訪れるが、そこに残されていたのは異様な姿で焼殺された人間らしきものの遺骸だった。残されたビデオから、ノルウェー隊が氷床の下から何かを掘り出し、奇怪な物体に襲われたことを知る。
米国隊は物体Xの駆除に乗り出すが、すでに数人の隊員が同化しており、疑心暗鬼になった隊員らはパニックに陥る。
果たしてマクレディは物体Xを殺滅し、観測所から脱出することができるのか……。
見どころ
ブルーレイと80年代の画質の違いと弊害
1982年公開、ジョン・カーペンター監督、カート・ラッセル主演のSFホラー『遊星からの物体X』のDVDが、『遊星からの物体X ユニバーサル思い出の復刻版 ブルーレイ [Blu-ray]』として再リリースされた時、最新デジタル技術でスケールアップされた画質を見て、知人が「1980年代に、こんな凄いものを作っていたんだ」と感嘆していました。
私もまったく同感。
なぜなら、1982年、私が映画館で観た時は、画質もいまいちだったせいか、クリーチャーを手掛けたロブ・ボッティンの卓越した技術も、ジョン・カーペンター監督の緻密な演出も、そこまで伝わらなかったからです。
オリジナルの画像は、動画のように、もや~っとした映像で、チープな怪物映画のようです。
こちらがデジタル処理されたHD版。画像の美しさが一目瞭然です。
ここまで映像がスケールアップされて、初めて、ロブ・ボッティンの職人芸が理解できた次第です。
【画像で解説】 ブルーレイ画質が明かす特殊メイクの芸術
では、ブルーレイの高画質で何が明らかになったのか、順を追って見て参りましょう。
アメリカの南極基地でのんびり過ごす越冬隊。
そこへ一匹の犬と、狂ったように追い回すノルウェー隊員が駆け込んできます。
突然の出来事に戸惑うアメリカ隊員たち。銃を乱射され、命の危険を感じた隊長が、ノルウェー隊員を射殺します。
犬の飼育係クラークが、シベリアンハスキー犬を保護します。
しかし、この時、すでに、犬の体内には謎の生命体が同化していたのでした。
基地内をうろつく寄生犬。その姿は、さながら知能をもった人間の変わり身のよう。
のそのそとした動き方や、窓越しに隊員らをじーっと観察する表情が、本当に「ただの犬」とは思えないんですね。
このあたりの演出が上手い。
飼育係のクラークは、寄生犬を犬小屋で休ませますが、途端に変身が始まり、ブチュブチュ、ニチャニチャの、地獄絵図と化します。
この場面の動画クリップは Movie CLIP - It's Weird and Pissed Off (1982) HD 【YouTube】 で視聴できます。
この後、コピーされた犬の頭が飛び出て、ウォォォ~と吠えるのですが、この動きが作り物とは思えないほど上手い。
これを手掛けたロブ・ボッティン、なんと22歳です。
映画館で観た時も大変な迫力でした。
驚いた隊員たちは、銃弾を浴びせ、火炎放射器で焼きますが、寄生犬は擬態を重ね、巨大な怪物に変身。
犬小屋の天上を突き破って逃走します。
ぬるぬる、ベトベトの両腕がずず~っと伸びていく場面と、巨大化した寄生犬の頭がじろりとこちらを見る場面が戦慄もの。
いったい、あの犬は何なのか。ノルウェー隊員に何があったのか。
真相を求めて、マクレディ(=カート・ラッセル)と数人がノルウェー基地に赴きます。
マクレディは基地の一室で四角に切り出された氷を見つけます。何かがここに埋まっていた模様。
基地の外で、慌てて焼却しようとした「何か」を見つけます。
さっそくアメリカ基地に持ち帰り、調査が始まります。……つうか、こんなもの、持ち帰るなよ。。
変身の途中で焼却されたと思われる、気味の悪い遺体。
この悪夢のような造形はロブ・ボッティンならでは。
ちなみにこの場面は21世紀になって制作された前日譚『遊星からの物体X ファーストコンタクト』にちゃんと繋がっています。
後述しますが、オリジナルに、非常に忠実に作られています。
ロブ・ボッディンの技術がいかに凄いか、ブルーレイ画像を見れば手に取るように分かります。
何が凄いって、リアルな質感。まさに「血がしたたるような」ジューシー感です。
私もこんなの作ったことがあります。リブ肉をオーブンで焼くのに失敗した時。
これら、全て、手作りです。CGではありません。
しかも、劇場公開時は、ここまで鮮やかな色彩ではなかったのです。
ブルーレイ画像で、初めて「凄さ」を実感しました。
やがて基地内の常温で生命活動を取り戻したエイリアン細胞は次々に隊員を襲い、擬態を繰り返す。
こちらは人間コピーの最中。
もろに作り物と分かるけど、触手のグイグイと締め付ける感じが妙にリアルなんですね。
マクレディは死を覚悟し、メッセージをカセットテープに吹き込みます。
隊員たちは互いにエイリアンではないかと疑い、基地内に不穏な空気が漂います。
パニックになる中、マクレディは、各自の血液を熱した鉄線で焼くことを思い付く。
エイリアンならば、血液さえも意思を持ち、シャーレの中から反撃するからだ。
だが、誰かが先回りして、血液バッグを壊し、検査を阻止する。
互いの疑念とストレスも頂点に達し、ついに殴り合いの修羅場になる。
殴られ、心臓発作を起こした隊員に心臓マッサージを施そうとすると……
この場面の動画クリップは Chest Defibrillation - The Thing (5/10) Movie CLIP (1982) HD 【YouTube】でどうぞ。
マクレディたちは慌てて焼却するが、頭だけがもげ落ちる。
この場面の色使いも、ブルーレイ画像で初めて知りました。
細部まで精密に作り込まれた、特殊メイクの芸術ですね。
もげ落ちた頭部は触手が生えて机の下に逃げ込み、カニと化します。
頭部が逆さま向いてるのが気持ち悪い。
カニ化した頭部が、どさくさに紛れて、トコトコと部屋から逃げ出す演出が凄まじい。
映画館で見た時も、のけぞりました。
さらにエイリアンによる寄生は進み、正体がばれた隊員の顔面がぐちゃぐちゃに崩壊。
とにかくロブ・ボッティンの特殊メイクが凄いです。
最後はモンスター化したエイリアンとマクレディの一騎打ち。
巨大化したモンスターの体内から、一番最初に寄生された犬の頭の擬態が再び出てくる演出が秀逸です。
エイリアンの細胞が、コピーにコピーを重ね、新たなボディを獲得する過程がきっちり描かれています。
メイク職人 ロブ・ボッティンの芸術
ロブ・ボッティンの存在は、『物体X』で初めて知りました。
この後、ハリウッド映画に登場する凄い特殊メイクの大半はロブ・ボッティンによるものでした。
一番有名なのが、アーノルド・シュワルツネッガー主演のSF大作『トータルリコール』の特殊メイク。
トータルリコールの『2weeks』といえば、非常に有名です。
火星に不法侵入を試みるシュワちゃんが、特殊メイクで中年のおばさんに化けて、入国審査を誤魔化そうとするものの、途中で装置が故障し、「滞在期間は?」「2週間よ、、、2週間よ、、、2週間よ、、、あわわわ」となる名場面。
次に有名なのが『ミッション・インポッシブル』のイーサンの変身。
作品に登場するマスクはロブ・ボッティンによるものです。
今はCGが主流で、ロブ・ボッティンの出番もだんだん少なくなってきましたが、やはり昔ながらの手法は物体の質感が違います。
『物体X』のクリーチャーも、臭ってきそうでしょ。
映画の技術もいっそう進歩して、「臭い付き」なんてのが出てきたら、観客全員、あまりの生臭さに失神するのではないでしょうか。
そこまで感じさせるのは、ひとえに職人芸。
そして、それを明らかにしたのが、30年後のデジタル技術と思うと、実に感慨深いです。
当のロブ・ボッティンも、ブルーレイ画像を見て「オレ、こんな凄い仕事をしてたのか」と感涙にむせび泣いたかもしれません。
amazonでベストレビュアーの「ヒー」さんが『吹き替えは魅力ですが輸入盤の方が・・・・』というタイトルで熱いレポートをされていますが、ここまで拘る気持ちも分かります。
やはり公開当時、劇場で体験した者には特別な思い入れがあるんですね。
ブルーレイを観た往年のファンの感動のポイントは、みな同じじゃないでしょうか。
こんな凄いものを作ってたんだ、と。
私自身も、カスタマーレビューを読んで安心しました。
公開当時、スネークが好きとか、ロブ・ボッティンが凄いとか、そんな話をする人もなくて、「物体Xが凄いと思っているのは、もしかして、世の中で私一人??」と孤独感に苛まれたものですが。
全国にこれほど同志がいたことが分かって、感慨もひとしおです。
インターネットもバンザイなら、日本語吹き替え版でリニューアルしてくださったユニバーサル様にも感謝感謝です。
オタクも長生きすると、いいこといっぱいあるよ (^_-)-☆
次なる私の楽しみは、「臭い付き 遊星からの物体X」です (´ー`) くっさー
『物体X』を一人で映画館で鑑賞した思い出 ~おひとりさま列伝 ビギニング
物体Xの公開当時、カート・ラッセルの演じる『スネーク・プリスキン』に夢中だった私は、クラスで唯一の洋画ファンである友人以外、誰にも打ち明けることができず、孤独感に苛まれていました。(参考 : スネーク・プリスキンにカルトな愛を捧ぐ ~映画『ニューヨーク1997』(ジョン・カーペンター))
あまりにもバカ丸出しで、こんなことが周囲にバレたら、学校に行けなくなると思ったからです。
(昔から校内いじめはエイリアン並に凄かった)
そんなある日、一年上の先輩で、これまた筋金入りの映画マニアの男子生徒に、おそるおそる『ニューヨーク1997』へのカルトな愛を打ち明けたところ、
「好きでええやん。あれ、めちゃ面白かったやんか。今、カート・ラッセルの主演の映画、やってるで」
「うっそーー!! どこで、どこで ?」
「タイトル、何やったかな……物体なんとか……。帰って、新聞で調べてみ。まだ、やってるはずや」
そう、当時は映画のタイトルや上演時間を調べるのも、新聞の映画館情報が頼りだったんですね。
言われた通り、家に帰って、新聞の映画欄で調べたら、本当にやってる。
しかも、明日が最終日
これは行かねばならぬと、翌日、午後の授業が終った後、一人で映画館に出掛けて、ギリギリセーフで鑑賞したんですね。
これが「おひとりさま映画列伝」の始まりでした。
(参考 : ティム・バートンの『猿の惑星』& おひとり様の映画列伝)
最終日の夕方ということもあり、観客は10人ほど。それも若い男性ばかり。
座席も取り放題とはいえ、ちと恐怖を感じながら、初めて一人で座席に腰掛けた時の緊張感は今も忘れられません。
それでも映画が始まると、画面いっぱい映し出されるカート・ラッセル……というよりは、スネーク・プリスキンのお姿に、もう夢中。
やっぱ、瞳がブルーだわ、サングラスがスネークみたいだわ、ちっともストーリーが頭に入ってこない。
最近になって、カート・ラッセルのことを、もてはやしている人もあるけれど、私なんか、「ニューヨーク1997」が近未来の話だった頃からファンだ、っちゅーの!
高校生ながら、英文でファンレターも書いたし、雑誌の切り抜きもいっぱい持ってたよん。スクショと違うの、スクショと!!
かくして、ブルーレイの現代。
当時は分からなかったロブ・ボッティンの技術や個々の俳優の演技が際立ち、本当に感無量です。
正直、ブルーレイは、見たくもない女優さんのシワやそばかす、俳優の毛穴まで鮮明に映し出すので、あまり好きではなかったのですが、こんな風に旧作の再評価に役立つならば、今後もどんどんスケールアップして欲しいと思います。
その結果、発泡スチロールの壁や、オモチャのような機関銃が露わになっても、それはそれ。
観客にとっては、いい思い出になるはずです。
初稿 2018年11月11日