農夫が畠を耕していると、虱がこっそり咬みついた。
二度までは耕作を止めてシャツの掃除をしたが、またも咬まれるので、再々仕事の手を止めなくてもよいように、シャツを火にくべた。
私も二度敗れた人に忠告する。三度目に火を求めぬように、と。
二度までは耕作を止めてシャツの掃除をしたが、またも咬まれるので、再々仕事の手を止めなくてもよいように、シャツを火にくべた。
私も二度敗れた人に忠告する。三度目に火を求めぬように、と。
一般に、成功するまで頑張るチャレンジ精神は美徳とされるけれども、一方で、引き際を見極める知恵と潔さも必要で、盲目的に追い求めれば、最後には己の執心で身を滅ぼす、という喩え。
難しいのは、成功することより、「ここまで」とラインを引くことで、もう少し頑張れば成功を掴める……というぐらいのポジションが、一番危ない。
それでもしぶとく頑張るか、三度目の火は求めぬと潔く撤退するか、それこそ人それぞれだけど、本当に痛いのは、失敗することか、悔いを残すことか、どちらか自分に問いかけてみるといい。
悔いこそ恐れるならば、我が身を滅ぼす覚悟でやればいいし、失敗が怖いなら、そこまで目指すのは止めればいい。
いずれにせよ、その引き際は誰にも教えてもらえないので、自分で決断するしかない。
が、あえて言うなら、もうさんざんに痛い目に遭っているなら、三度目の火は求めぬ方が利口だし、二度頑張って達成できないものは、三度目も同じ結果だと思う。
もし、三度目が上手く行くとするなら、それは今までとは全く異なる方策をとった時だ。
同じ角度、同じ場所を狙い続けても、農夫に潰されるだけで、決して上手く行くことはない。
あるいは、成功というのは、能力の問題ではなく、タイミングと方法が決めるのではないだろうか。