映画『ジョーンの秘密』について
作品の概要
ジョーンの秘密(2018年) - Red Joan(赤いジョーン) 「赤」は共産主義の隠語
監督 : トレヴァー・ナン
主演 : ジュディ・デンチ(晩年のジョーン。エリザベス)、ソフィー・クックソン(若き日のジョーン)、トム・ヒューズ(レオ・ジョーンの恋人)
ジョーンは、第二次大戦中、ケンブリッジ大学で物理を学んでいたが、成り行きから、原子力の研究開発に携わることになる。最初は真の目的も理解せず、熱心に仕事に取り組んでいたが、自らの研究が原子力爆弾に使われ、広島と長崎で数十万もの人々が亡くなった事を知ると、ジョーンの気持ちに変化が訪れる。
当時、ジョーンは、ハンサムな男子学生レオと交際し、深い関係にあった。レオは、いとこの美しい女性ソニヤと共に、熱心に共産主義の活動に参加し、ソ連政府と通じていた。最初、ジョーンは、原子力の情報を共有して欲しいというレオの懇願を頑なに拒絶していたが、原爆投下のショックを受けて、ジョーンも彼らに協力するようになる……。
技術を共有すれば世界戦争は防げるのか?
これほど主人公に共感できない作品も珍しい。
「技術を共有すれば、東西の均衡は保てる」「東西が同レベルの武器を持てば、世界戦争を防ぐことができる」というジョーンの主張は、もっともなようで、疑問符もたくさん付くからだ。
恐らく、広島・長崎の被害者に、彼女の主張は正しいと思うかと尋ねたら、「ソ連に売り渡す方がもっと怖い」と答えるだろう。
実際、ジョーンが情報を共有したことで、核開発に遅れを取っていたソ連も、欧米と同レベルの技術を有するようになり、冷戦の危機も一気に増したのだから。
60年代から90年代にかけて、両大国の核ミサイルに挟まれ、「第三次大戦になるぞ」と脅されながら育った我々としては、情報共有しようが、しよまいが、米ソは対立したし、戦争危機もなくならない、というのが率直な感想で、「彼女のおかげ」とは到底思えないからだ。
それに、逆ハニートラップとでも言うのだろうか。ハンサムなレオに籠絡された印象もあり、もし、これが強面のおばさんだったら、こういう展開にはならなかったような気もする。
ドイツの暗号機《エニグマ》の謎に挑む『イミテーション・ゲーム』のチューリング博士のように、「いつか、あなたの理論が世界中に理解されるといいね♥」という気持にならないところが、本作の大きなポイントだ。
だが、それも、平和な時代に生きる我々だから、そう感じるのであって、実際に、第二次大戦下に置かれたら、誰が味方で、誰が敵なのか、どうすれば世界は平和になるのか、明言できるものなど皆無だろう。インターネットで世界の裏側を知ることもできない時代である。
右も左も知らない、二十代の女性であれば、なおのこと。身近な男性――それも恋愛感情を抱いている相手に、「こうしろ」と言われたら、感化されない方がおかしい。
ジョーンが弁護士である息子に厳しく追及された時、「あなたは、あの時代を知らない」と言い返すが、まさにその通り。
あの時代に生きた者にしか分からない感慨があり、価値観がある。
だからといって、ジョーンの考え方に全面的に賛成することはできないが、広島と長崎の被害にそれほど心を痛めてくれた事には感謝したい。(国家を裏切るほどに)
007シリーズを意識すると、本作に自然に溶け込むのもキャスティングの妙だろう。
ジュディ・ファンは見る価値あり。