男装の麗人、オスカル・フランソワ。
その外見だけで、ジェンダー革命のアイコンのように思われがちですが、オスカルほど女らしい女はなく、女性以外の何ものにもなれなかった女性はいません。
男性と同等同一になる為に闘ったわけでもなければ、男社会でポジションを求めたわけでもない。
ただ、生まれた時から、将軍である父親に、男として育てられ、自分でもそのように生きようとしたけれど、やはり女の性(さが)には勝てず、恋もすれば、男性の支えも必要とする。
また、両親も、そんな娘を不憫に思い、ジェローデルとの結婚をすすめ、普通の女性としての、当たり前の幸せを願う。
そんな中で、自分らしい生き方に目覚め、最後は愛する人と手を取って、信念を貫く。
いわば、女性が「こうありたい」と願う、そのままの生き方をした人だと思います。
「男になろうとした」というよりは、「男のようになろうとして、男になりそこなった女性」であり、ある意味、オスカルほど女性らしい女性はいません。
だから、アンドレも、「あれでも女かよ」と揶揄するフランス衛兵隊員らに向かって言います。
「てめえらに、オスカルの女らしさがわかってたまるか!」
その通りです。
アンドレは、男のようになろうとするけど、男になりきれず、女ゆえに苦しむオスカルの懊悩を誰よりも知っています。
だからこそ、愛した。
その想いが、最後にはオスカルに理解され、あのエンディングです。
あえて言うなら、オスカルがこだわったのは、自分らしい生き方であり、結果として、自由・平等・博愛を求める民衆のために戦いました。
行動だけ見れば、男のようですが、男になりたくて、軍隊を指揮したのでもなければ、革命の闘士になったわけでもありません。
父親や周りに、そのように期待され、軍人としてのレールを敷かれたのは本当ですが、最終的には、その運命を受け入れ、父親にも感謝します。
このような人生をあたえてくださったことを……
女でありながら
これほどにも広い世界を……
人間として生きる道を……
ぬめぬめとした
人間のおろかしさの中でもがき生きることを……もう後悔はございません
わたしは……わたしは……
軍神マルスの子として生きましょうこの身を剣にささげ 砲身にささげ
生涯を武官として……
いわば、悩みを突き抜けた末の、自己肯定に、オスカルの魅力があるのです。
自分から望んで武官=男の道に入ったわけでもなければ、途中で男性性に目覚めたわけでもないんですね。
オスカルの生き様は自己肯定の道程
人間とは、誰しも、望まぬ場所に生まれ落ちるものです。
好きで跡取りに生まれる人もなければ、貧乏な家に生まれ落ちるわけではないです。
皆、それぞれに与えられた天運があり、自分で生まれる家や性別や容姿を選ぶことはできません。
オスカルも好きで将軍家の末娘に生まれたわけではないですし、父親が「オスカル」と名づける時に、「そんな名前と生き方はイヤです」と抗議もできません。
物心ついた時には、男の名前で呼ばれ、男の服を着せられ、男としての教育を受けていました。
その中で、自分という人間が形成され、その事に何の疑いもなく生きてきましたが、フェルゼンという素晴らしい男性に出会い、女性として心を惹かれた時、オスカルの心にも迷いや淋しさ、女性としての目覚めが訪れます。
そして、アンドレからの愛の告白。
ただの仲好しと思っていたのが、アンドレの方はそうではなく、女性として死ぬほど自分を愛していると知ったことは衝撃でした。
その後、たたみかけるような、ジェローデルとの結婚話。
ここまで来れば、オスカルも、中学生の少女みたいに、いつまでも意地を張り通すことはできません。
自分は女だ。どうあっても、それを乗り越えて、別の何かになることはできない、と悟ります。
しかし、世界を見渡せば、王制の過ちに気付き、命をかけて、自由・平等・博愛を訴える有志が大勢います。
病苦や飢えに苦しみながらも、家族のため、友のため、必死に生きている貧しい人々がいます。
そして、その現実は、貴族の令嬢に育ち、踊ることとお洒落することにしか関心のない人間には見えません。
だからこそ、オスカルは、一般の女性とは違う生き方を与えられたことに感謝し、最後まで全うすることを心に決めました。
その潔さ、ぶれない芯の強さに、日本の少女らが憧れ、手本とし、男性社会を生き抜く中で心の支えとしてたのです。
オスカルに憧れる少女らも、決して男のようになりたいわけではなく、女ならではの悲しみ苦しみをどう乗り越え、自分らしい生き方を確立すればいいのか、その答えを求めているんですね。
ジェンダー革命とオスカルの違い
その点、ジェンダー革命=社会的性差を無くそうという運動は、オスカルの生き様とは、また少し違ったものです。
確かに、この社会から、給与差や待遇差、女性蔑視や切り捨てを無くすことは急務ですし、その為の社会的・経済的支援は不可欠です。
でも、それらの施策が、女性ならではの悩み苦しみを完全に取り去ってくれるわけではありません。
たとえ社会福祉が充実しても、女性は相変わらず適齢期に仕事か出産かで悩み、男性の無神経な言葉に傷つき、本人にその気があっても、育児や介護の担い手であることを期待され、選択肢が限られるのは変わらないと思います。
その際、パートナーや周りの男性に理解があればいいですが、そこは男女の違いで、言っても、言っても、分かってもらえない事もたくさんあります。
そうした愛の不在、人間関係の不和や葛藤は、お金や制度ではどうしても乗り越えられないものであり、たとえ、育児支援に月3万円もらったところで、何も手伝わない夫は何もしないし、雇用均等が実現したところで、育児や介護は女性中心に回っていく現実は変わりません。新婚支援が充実したところで、結婚する気のない男にウンと言わせることはできませんし、全ての女性に愛と出会いが保証されるわけでもありません。
その時、私たちは、何を心の指標として、女ならではの悩み苦しみを乗り越えればいいのか……というところに、女性の生き方の難しさがあり、施策や給付金はあくまで前に進むための手がかりに過ぎないんですね。
その点、オスカルは、父親に文句を言うわけでもなければ、「愛も恋も不要!」と恰好つけるのでもなく、素直にアンドレの腕の中に自分を委ね、愛を糧として、困難に立ち向かっていきました。
父親に命じられたわけでもなければ、王と王妃に懇願されたわけでもない。
一人の武官として、また、一人の人間として、自分の為すべきことを考え、貧しい民衆とともに戦うことを決意しました。
その過程が、迷える少女たちの心の支えになっただけで、男と対等に生きることが最適解ではありません。
仮に、オスカルがバスチーユの後も生き残り、市民に加勢することはあっても、男のように革命軍を指揮しようとか、ベルナールやロベスピエールのような実力者になろうとか、つゆほども考えなかったでしょう。むしろ、肉体的な性差を前向きに捉え、赤ん坊に乳を含ませながら、人と社会はどうあるべきか、説いて聞かせるようなお母さんになったような気がします。そして、育児が一段落したら、また革命運動に参加して、王妃さまにも助言を与え、よき友人、よき同志として人生を全うしたのではないでしょうか。
ジェンダーについて考える上で、「社会的不利・不公平(賃金差、派遣切り捨て、女性蔑視など)」と「女性ならではの苦悩(彼が愛してくれない、旦那が分かってくれない、もっと仕事したいのに月経異常に悩まされる)」は分けて考えなければならないし、制度さえ充実すれば、女性として愛される、というわけでもないです。
そこをごっちゃにして、制度さえ充実すれば、女性は幸福になれるはずと突っ走り、男性を敵視して、挑みかかっても、かえって女性の立場を危うくするだけと思います。何故なら、相手も心をもった人間、男として自分を認めて欲しい、評価されたいと願っているからです。
男社会で、対等に扱われたければ、被害者ぶるよりも、理詰めで矛盾を説いた方が解決しやすいですし、その為には、こちらも男性というものを尊重しなければなりません。
これはガチンコ勝負ではなく、議論であり、交渉ですから、相手に謝罪させ、考え方を変えることが目的になっては、決して上手くいかないのです。
オスカルは、粗ぶったフランス衛兵たちに性的な嫌がらせもされ、生活費欲しさに剣を売り払うような裏切りにもあいました。
でも、「私を女と思って、馬鹿にして!」とは、決して言いませんでした。
何故なら、オスカルは、彼らと対等な人間であり、劣ることもなく、また優れることもなく、ひとりの人間対人間として立ち向かっていったからです。
もし、オスカルが、「女と思って、馬鹿にして!」とヒステリックに叫んでいたら、衛兵たちはもっと彼女を馬鹿にして、それこそ手込めにしていたかもしれません。
現実社会において、女性が男性と対等に立ち向かうのは困難です。
相手は腕力もあり、経済力もある。理屈も立つし、世間も男性には寛容です(浮気しても許され、怒鳴るのも指導と言い換える)
そんな中、オスカルのように、一人の人間として堂々と振る舞うことは、多くの女性にとって、非常にハードルが高いかもしれません。
だからこそ、池田理代子先生も、オスカルのようなヒロインを描かずにいられなかった――それが全てではないでしょうか。
後述、虫明亜呂無の評論にもあるように、オスカルほど日本の女性の苦悩と憧れを体現したヒロインはありません。
ほんのちょっとでも、心に留めるだけで、明日からの生き方も変わってくると思います。
そして、それが池田先生の願いであり、オスカルの存在意義ではないでしょうか。
オスカルこそ日本の女 ~虫明亜呂無の評論より
1979年、集英社より刊行されたロードショー特別編集映画『ベルサイユのばら』に収録されている、昭和を代表する作家・評論家、虫明亜呂無氏の評論を紹介します。
このコラムは、1979年、ジャック・ドゥミ監督、カトリオーナ・マッコール主演で公開された、実写版「ベルサイユのばら」のロードショー特別号に寄稿されたものです。
一流のスタッフを招いて、本場・ベルサイユでの撮影とあって、どんな凄い作品が公開されるのかと思っていたら、かなり中途半端な作りで、宝塚歌劇に感激した筋金入りのファンにはがっくりくるような内容だった……という評判に基づきます。
虫明亜呂無氏のコラムは、その矛盾を突きながら、ベルばらとオスカルがこれほどまで日本女性の心を鷲掴みにした理由を説いています。
これほど説得力のある論評もないので、興味のある方は、ぜひご一読下さい。
映画と原作の違いにとまどったひと達へ
虫明亜呂無原作の劇画から宝塚の舞台へ受けつがれ、日本の女性を熱狂させた魅力は何か?
映画『ベルサイユのばら』のむつかしさは、フランス革命についての、日本人と欧米人との考えかたのちがいに原因があると思われる。考えかた、と言いかたが大げさなら、その受けとめかたや、理解のしかた、と言いかえてよいかもしれない。
映画自体はおもしろいが、もうひとりのオスカルが誕生してしまった
映画の脚本を担当したパトリシア・ナップは、池田理代子さんの原作を説明され、ストーリーはもとより、登場人物の性格を聞かされたとき、当惑し、混乱したにちがいない。そして、たぶん、原作が日本の少女劇画で好評を博し、宝塚歌劇で大ヒットをとばしたと言われるにおよんで、その理由を、ますます理解できなかったろうと想像される。
むろん、映画自体の物語の内容は面白い。登場人物のおかれたシチュエーションも劇的に工夫されている。わけても、女主人公オスカルの心情や、感性は、脚色者が女性だけに、申し分なく共感できる。女であったら、こうあってほしいと思われるように、ほぼ完璧に理想化された女性としてオスカルは描かれている。オスカルは女性が身につけてほしいと願う性格を与えられ、行動してほしいと希求する行動を大胆に、果敢に、積極的に実行している。オスカルは理想の女性であり、夢であり、憧れである。脚色者パトリシア・ナップはその点では異論はなかったはずである。たぶん少女劇画的でありすぎるということを除いては、ほぼ全面的にオスカルに傾斜していったと考えてもよいであろう。
が、オスカルを原作に忠実にフォローしていくとなると「フランス革命」が歴史の中で現実としてはたしていった役割が浮いてしまう。ひとことでいえば、オスカルが女性の夢ならば、「フランス革命」もまた、その女性の夢を実現する夢の場になってしまうのである。
≪中略≫ ここでは史実に虚構を織り交ぜ、ドラマ化することの難しさが論述されています。
宝塚の舞台で大人気を呼んだ理由
宝塚歌劇の〝ベルばら〟は、まさに、日本の歌劇史でも特筆される傑作だった。(ただし僕は榛名由梨、大滝子、初風諄の第1作が、いちばん、原作の雰囲気と内容を舞台化するのに成功していたと思う) ≪中略≫
そして、この結実こそ、実は宝塚歌劇が長い伝統の上に築きあげたものであって、それは良くも悪しくも、日本の国土や、日本の女性の心情の歴史だけが産みだしたものなのである。すこし誇張していえば、宝塚歌劇のほんとうの良さを理解するのには、日本の女性のロマンチシズムを正しく把握しなくては不可能なのである。
そういう点で、たぶん、日本の製作者側は外国側に説明不足だったとも思われる。いや、僕のカンでは、このことが、今回の作品のフェータル・エラーになっているとすら極言できるようである。 ≪中略≫
〝ベルばら〟は宝塚の製作側からとりあげたのではなく、宝塚ファンの女性の間から、あの作品をやって見らたならという声があがった。それで、上演してみたら、大ヒットになったといういきさつがある。
そのあたりのきわめて微妙な心情のなりたちが、外国の製作者側には、どうしても、理解できなかった。当然といえば当然なのだが、しかし、そこは、なんとかして、先方に理解させるのが先決問題ではなかったのではないだろうか。なぜならば、『ベルサイユのばら』は日本の女性が原作を書き、日本の女性が宝塚歌劇で演じ、日本の女性ファンが原作と、歌劇に、自分たちの理想と夢の実現を見た作品だからである。僕は映画を作る側はその点についての省察を全く欠如していたと思う。と、いうより、彼らにとっては、そんなことは到底考えられないことだった。
原作からみて、『ベルサイユのばら」は、実は、日本人女性を描かねばならない作品なのである。オスカルは日本女性が願うように人を愛し、人から愛され、人に奉仕し、人に扶(たす)けられ、人から求められ、人に導(みちび)かれ、苦難の道を勇気をもって生き、正義を尊び、生命に不断の火を燃やし、信念に殉じ、希望に魂(たましい)をふくらませ、自分はつねに選ばれた女なのだという自覚にめざめ、自分に授(さず)かった運命を完(まっと)うしていく女である。
彼女はフランスに生をうけ、フランス王朝につかえ、革命に散っていった女性だが、その生きていく姿や思考や感性には、つねに日本の女性の生きていく姿や思考や感性が託されている。そういう点が不明というか、説明不足のまま、外国人側は、彼らの考えているオスカルを、彼らのフランス革命史のまっただ中において、描いていこうとした。製作者側には、日本国内だけでなく、世界の市場でも公開され、外国人にも理解できる作品を、という意図があったようだが、日本の〝オスカル・ファン〟〝ベルばらファン〟には、それが逆効果となったように思えてならない。くりかえすようだが、オスカルは日本の女性なのである。現代の日本女性の心情の、忠実な再現者なのである。
※ 現在、この雑誌は絶版になっています。
ベルサイユのばら―ロードショー特別編集 (1979年)
※ 映画は現在もブルーレイ/DVDで入手可能です。
ベルサイユのばら デジタルリマスター版 [Blu-ray]
全文を読みたい方は下記リンクからどうぞ。PDF形式・5ページ(PC・タブレット推奨)
ギャラリー
公開当時、初めてこれらのスチール写真を見た時は、「違う! これじゃない!」という感が強かったですが、今、じっくり見返すと、得心がいきますね。当時の制作陣は、それなりに見る目があったということでしょう。
「男のような」にこだわるのではなく、日本のファンがよろこびそうな、「大きなお目々」「くるくるカーリー」を取り入れた、フランス人形のように美しいオスカルです。
一方、マリー・アントワネットは、子供の私でもドギマギするほど肉感的でした。
映画では、悲劇の女王より、フランス王室を破綻させた、見栄っ張りで、享楽的な女性という面が強調されていたような気がします。
劇的な、劇的な、春です。レッド
実写版映画の主力スポンサーだった資生堂のCMです。
世にキャッチコピーは数あるけれど、「男にうまれたかった、と思うこともあるけれど~」のひと言ほど、オスカル、しいては、世の女性の幸福な心情を謳った言葉はありません。
女性が女性である自分自身を肯定するとは、こういう気持ちです。
女に生まれてよかった、と言いたい春なのです。
劇的な、劇的な、春です。レッド
【日記】 オスカルとは何者だったのだろう
YouTubeなどで改めて見ると、オスカルって、やっぱり格好いいね。
私も落ち着く所に落ち着いてから、オスカル離れして久しいけれど、こんなオスカル様を見ていると、「ああ、好きだったなあ」と小中学生の頃を思い出してしまう。
まだ世界が自分の思う通りになるような気でいた、大昔の話だ。
私にとって、オスカルとは何者だったのだろう。
凛とした美しさ、意志もって生きる素晴らしさ、自らに従う潔さと素直さ――そうした、真に女性らしい、女性にしか出来ない、豊かでしなやかな生き方を体現してくれた人、そんな感じがする。
一番真似したかったのは、意志もって生きることかな。
そして、死ぬ時は、「悔いなく生きた」と満足して逝く。
これだけ叶えば、十分幸せ。
そこに愛し、愛される幸せが加われば、100%満足でしょう。
オスカルといえば、強い女性の代名詞みたいに思われている部分があるけれど、実体は、誰よりも素直で可愛い女だと思う。
だから突っ張っても、見苦しくない。
泣くときも、甘えるときも、自然に自分を出すことができる。
本物の強さは、その裏に必ず、自分の無力さを認める素直さを持ち合わせているものなのだ。
世界で一番可愛い女、オスカル。
こんなセリフが出てくるなんて、私も、年とったなあ・・(; 😉
*
でも、意外と、私はアンドレには転ばなかったんだよね。(アンドレファンの皆さん、ごめんなさい)
正直言って、全然、タイプじゃなかった。(私には濃すぎた)
オスカルが好きだというから、私も一票・・・って感じで、最初から最後まで、ついにときめかなかったなー。
なんでやろ??
今はもっぱらルイ16世のファンだし。
そうそう、旦那にするなら、ルイ16世みたいなのがお薦めですよ。
女性を真の意味で羽ばたかせてくれるのは、実は、ルイ16世みたいな男性なのだ――ということに気付く時、たいていの女は年老いてしまってるんだよね~~、というのが今の私の結婚観かな(笑)
だけど、出崎監督(アニメ演出家)のアンドレは力石徹みたい。ごつい。
初稿 2007年3月29日