この堤防はフェールダムの生命線だ。一見、普通のコンクリートダムだが、緻密な計算に基づいて作られた頑丈な堤防だ。だがここ数年、深刻な異常気象が続いている。冬の高潮。夏の豪雨。季節外れのブリザード。この数百年、何も無かったからといって、この先、数百年も何も起きないとは限らない。国作りする者は、何十年、何百年後の未来を見据えて、国土を築く必要がある。僕の仕事は治水の問題点を見つけ出し、改善策を提示することだ。地味な仕事だけど、やり甲斐がある。何と言っても、お前の将来に関わる話だからね。
第1章 運命と意思
海洋小説 MORGENROOD -曙光では、オランダの締め切り大堤防(アフシュライトダイク)に感銘を受け、土木技師になったグンターが、まだ赤ん坊の息子ヴァルターに堤防と治水の理念を語って聞かせます。
『ネーデルラントはネーデルラント人が作った』の諺にもあるように、低地の国・オランダ(ネーデルラント)にとって、堤防は国土を守る生命線。その設計には、百年の計が込められています。
この記事では、海面より低いオランダの治水の仕組みと、壊滅的な被害を出した1953年の北海大洪水について紹介しています。
数百年に一度の水害に備える
いつの時代も、自然災害は予測をはるかに超えるものです。
高度なコンピューティングシステムを使って、予測や分析が出来るようになったのも、ここ数十年ほどの話で、技術的には一世紀の歴史もありません。
日本で起きた数々の大噴火や大地震も、顧問所や歴史書が当時の被害をわずかに伝えるのみで、津波の速度や高さ、男装のずれ、プレートの動きや形状の違いなど、詳しい情報を得られるようになったのは、Windows95の搭乗で、PCとインターネットが一般にも普及し始めた1995年あたりからでしょう。
それとは対照的に、地殻活動や気象変動は、数百年、数千年という長いスパンで変化するわけですから、人間が完全に予測する事などできません。
自分たちの代さえ安全ならそれでいいのか、私たちは常に自身と社会に問いかける必要があります。
1953年 オランダの北海大洪水
死者2551名 ~国家的大災害
オランダで「大洪水」と言えば、1953年、オランダ南部の沿岸部を襲った「北海大洪水」を差します。
非常に発達した冬の低気圧と大潮の時期が重なったために、海面が最大5.6メートル上昇。
海抜0メートル以下の沿岸部は瞬く間に冠水し、統計上の死者はオランダ国内だけで1800名以上、欧州全体を含めれば、2551名(公式発表)の市民が命を落とし、47300戸以上の家屋が損壊しました。
この水害を教訓に、オランダは国家を挙げて治水を強化する第一次デルタ計画を打ち立て、南部ゼーラント州の三角州(デルタ)地帯を中心に、堤防や水門などの治水施設を増強しました。
現在は、地球温暖化とそれに伴う海面上昇に備えて、いっそうの治水強化に取り組んでいます。
キンデルダイク博物館の説明では、もしオランダ中の治水設備が停止したら、48時間以内に国土の三分の一が冠水すると言われています。
こちらは色付けされた記録映像。濁流の凄まじさがいっそう伝わってきます。
【写真で紹介】 海抜 0メートルの砂浜
オランダの国土がどれくらい平たいか(低地)といえば、午前中(満潮から数時間)、すぐ側まで迫っていた波打ち際が……
干潮の頃には、海水がほとんど引いてしまって、波打ち際も見えません。
場所によっては、その差は数百メートルにも及びます。
それだけ国土が平らで、海底面の高低差がほぼ「ゼロ」ということですね。
この地形高潮が発生し、海面が数十㎝上昇するだけでも、海水がどっと町中に押し寄せ、大変な水害になります。日本の場合、海岸近くにも高台があって、国土の1/3が水没するような事態には決してなりませんが。
オランダは海水だけでなく、上流から流れ込むライン川の水量と相成って、被害も甚大です。
重機もコンクリートもなかった時代、人々がどれほど水害に苦しめられてきたか、分かるような気がします。
オランダの水との闘いは、干拓地(ポルダー)、風車(排水ポンプ)、運河(水路)、ハイテク堤防といった、様々な文化資産を生み出してきました。
God schiep de Aarde, maar de Nederlanders schiepen Nederland
世界は神が創り給うたが、ネーデルラントはネーデルラント人が作った
治水を究めることは、自らの手で国土を創出することでもあります。
上記の言葉にも国民の強い自負が感じられますね。
締切堤防 N57と美しい干拓地
こちらが本作のモデルとなったN57号線の締切堤防。全長3キロメートルで、広大なスヘルデ河口を完全に仕切っています。仕切った河口は、ほのかに辛いフェールセ塩湖となり、ウィンドサーフィンやボート遊びのメッカとなっています。水も堤防で仕切ったとは思えないほど透明できれいです。内側には自動車専用道路が走り、沿岸の南北を結ぶ交通の要所でもあります。
遠くに見えるのが防潮水門。これも広大な河口を仕切り、水位を調整しています。第一次デルタ計画で防潮水門や締切堤防が建設される以前は、しばしば悲劇的な水害に襲われました。もしオランダの排水施設が完全にストップしたら、約三ヶ月で、西側一帯が冠水するといわれています。
こちらはモデルとなった海の風景です。砂浜が素晴らしく綺麗で、地元では有名なビーチリゾートです。ただし、風が非常に強いので、日本人的な感覚では寒いと感じるかも。カイトサーフィンのメッカです。厳冬期の寒さは筆舌に尽くしがたいでしょうね。
レストランやサマーハウスもあります。
サイクリングやマラソンで賑わう締切堤防の天端。見晴らしもよく、市民の憩いの場です。
本作の舞台となった小さな港町フェーレ(Veere)。
締切堤防で現出したフェールセ塩湖のほとりにあり、連絡船の発着場でもあります。
観光客は自転車を積んで、塩湖の向こうのカンベルラントに向かいます。
まとめ
堤防は、まさに社会の生命線です。
あれやこれやと備えても、何年、何十年、あるいは何百年と、何も起こらないかもしれません。
しかし、ひとたび決壊すれば、その被害は計り知れません。
いつ訪れるか知れない、何千日、何万日かの、たった一日、あるいは一夜の為に、何億もの費用を出して、「その日」に備えるのは無駄なように見えますが、堤防が決壊すれば、それ以上のものが失われます。
今日の油断は、子孫のツケなのです。
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コルネリス・レリーの偉業
オランダが誇る全長47㎞の締め切り大堤防。重機もPCもない時代、人力で海を締め切り、高機能堤防を創出しました。現在は南北を結ぶ交通路としても活躍。展望台もあり、観光名所になっています。実際に現地を訪れた筆者が動画と画像で紹介。
決壊した堤防と冠水した干拓地の再建の為に、成長したヴァルターが人工地盤の技術を生かした『緑の堤防』を企画するエピソードです。現存のインプラント工法や地盤造成術について紹介しています。