「お前も卑屈だな。普通、重役会議に呼ばれたら、舞い上がりこそすれ、恨んだりしない。仕事をする上で顔と名前を覚えてもらうのは重要だし、僕らには重役に直接アイデアを伝える機会さえ無いんだよ。第一、お前がしくじれば、本当の意味で恥をかくのは、お前を連れてきたマクダエル理事長だろう。出来ると信じればこその機会だ。もっと良い風に考えろよ」
第2章 採鉱プラットフォーム
ここでは海洋小説『MORGENROOD -曙光』に登場する揚鉱管とパイプラックについて紹介しています。
本作では、主人公のヴァルター・フォーゲルが、突然、重役会議に呼び出され、プレゼンテーションをさせられて、重役たちの前で大恥をかきます。
その時のことを、パイプラックで揚鉱管(ライザーパイプ)の点検をしているプロジェクト・リーダーのマードックに愚痴りますが、マードックは逆に「重役会議に呼ばれるなんて、凄いじゃないか」と感嘆します。
「僕なんか二十年以上ここにいるけど、一度も重役会議に呼ばれたことはないよ。ダグやガーフだって縁はない。それなのに、来て一週間で意見を求められるなんて凄いじゃないか」
彼らの仕事哲学と採鉱プラットフォームの全容が垣間見える画面です。
揚鉱管(ライザーパイプ)について
本作に登場する『揚鉱管(ライザーパイプ)』は、地球深部探査掘削船『ちきゅう』(JAMSTEC)のライザーシステムと、海外のオフショアで稼働する石油リグのライザーパイプを参考にしています。
ライザーパイプ(Riser Pipe)とは、その名の通り、海底、もしくは海底下のガスや堆積物を洋上施設に回収する為の装置で、近年では、メキシコ湾石油流出事故をモチーフにした映画『バーニング・オーシャン』(予告編を見る)の爆発シーンで、存在を知った人も少なくないのではないでしょうか。
引用元URLにも詳しく記載されていますが、海底の物質を洋上に回収するには、ライザーパイプだけでなく、『泥水(パイプ内で物質を循環させる為の特殊な流体)』『ドリルパイプとピット(地中を掘削する)』『防噴装置(BOP)(地層内の水、ガス、油などの流体が坑内に浸入するのを監視し、制御する為の装置。)』との連携が不可欠です。
ちなみに、『バーニング・オーシャン』で問題になったのは、防噴装置(BOP)です。管理を怠り、海底油田から逆流してきた天然ガスが引火爆発して、石油リグ全体が火災に包まれた上、掘削パイプを破損して、大量の原油がメキシコ湾に流出する大惨事となりました。
ライザー掘削方式
2.1 ライザーパイプとは
一般的にライザーとは、海底から海面上の設備まで流体を揚げるパイプを指す。ライザーには、海洋掘削用に海底坑口装置と海上の掘削装置を繋いで泥水を循環させるマリン・ライザーと、海洋生産用に海底から海面上の生産設備までの油・ガスの流路となるプロダクション・ライザーがあるが、技術的には異なる部分が多い。本稿では掘削用のマリン・ライザーに絞って話を進めることとする。
通常、マリン・ライザーのライザーパイプは鋼製で、両端に接続用のフランジ部を有する。直径は16″または21″で、長さは3mから21mまで種々のものがあり、水深に合わせて全長を調節することが可能である。船上からドリルパイプを通してビットから掘削坑に送りこまれた泥水は、削り屑とともにこのライザーパイプのアニュラスを通って船上に返される。パイプの外側には暴噴抑圧用泥水を循環するためのキルライン、チョークラインがついている。海底坑口装置の直上にはフレックスジョイントが取り付けられ、掘削船の水平移動によるライザーパイプの傾斜に対応している。ライザーパイプの上端には、掘削船の上下動を緩衝するために、内筒と外筒の二重構造をしたテレスコーピックジョイントが取り付けられている。その外筒はライザーテンショナーによってライザーパイプの自重、泥水重、潮流力に等しい上向きの張力で吊り上げられている。内筒はロータリーテーブルの床下に取り付けられ、掘削船と一緒に上下動する。
大水深・大深度掘削技術の現状と技術課題 著・田 村 兼 吉
地球深部探査掘削船『ちきゅう』とライザーパイプ
最新では、JAMSTECの所有する地球深部探査掘削船『ちきゅう』の資料が参考になります。
こちらは公式の動画。
【動画】ライザーパイプとムーンプールのオペレーション
動画『Riser Running』では、パイプラックから引き出されたライザーパイプがタワーデリックで連結され、ムーンプールより海中降下される過程が紹介されています。
こちらのCGアニメーションも分かりやすいです。
パイプラックについて
これらのライザーパイプを船上(リグ)に収納し、管理するのが『パイプラック』です。
ナショナル・ジオグラフィック 『巨大探査船 「ちきゅう」を動かす三人の男たち』によると、
ドリルパイプは1本9.5メートルで重さ350キロ、ライザーパイプは27メートルで27トン(2万7000キロ!)もある。2000メートルの海底まで繋げたら、その空中重量は約2000トンにもなる。そのため、パイプの周りに水深に応じた浮力体を装着して海に沈める。
本日は、ドリルパイプはおよそ1000本、ライザーパイプはおよそ90本が積まれている。
話をやぐらの麓に戻そう。パイプを海へ下ろすマンホールのそばに、ガラス張りのちょっとした部屋がある。
ドリラーズハウス。掘削機械のコントロールルームだ。
その中へ入ると、やぐらの真下をのぞむ特等席に、座り心地の良さそうないすが2脚並んでいる。左が、パイプを操って海底下を掘削するメインドリラーの席、右がパイプを運搬するアシスタントドリラーの席。どちらも肘掛け部分に腕を乗せるとちょうど両手が届くあたりに、操作用のボタンやジョイスティックが並んでいる。
パイプラックでは、単に収納するだけでなく、パイプに亀裂や歪みがないか、定期的に点検しています。
こちらは石油リグにおけるライザーパイプのオペレーションの模様をCGで分かりやすく解説しています。
こうした大規模なオペレーションも完全自動化され、コントロールルームから全て遠隔操作で行われます。
【小説】 重役会議に呼ばれるのは期待されているから
海底鉱物資源を採掘するため、採鉱プラットフォームの接続ミッションにスカウトされた潜水艇パイロットのヴァルター・フォーゲルは、危険な水中作業のプロセスを知り、雇い主であるアル・マクダエルに激しく憤ります。
しかも、何の予告もなく、重役会議でプレゼンテーションを命じられ、ろくに準備をしてなかったヴァルターは、MIGの重鎮らの前で赤恥をかきます。
唯一、彼の味方であるプロジェクト・リーダーのマードックは、パイプラックと揚鉱管(ライザーパイプ)の点検をしながら、ヴァルターの愚痴に耳を傾け、
「お前も卑屈だな。普通、重役会議に呼ばれたら、舞い上がりこそすれ、恨んだりしない。仕事をする上で顔と名前を覚えてもらうのは重要だし、僕らには重役に直接アイデアを伝える機会さえ無いんだよ。第一、お前がしくじれば、本当の意味で恥をかくのは、お前を連れてきたマクダエル理事長だろう。出来ると信じればこその機会だ。もっと良い風に考えろよ」
と励まします。
パイプラックの外観やメンテナンスについて表現しています。
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上記のパートは、『第2章 採鉱プラットフォーム』に収録されています。