「すごいわ。海のエネルギーをぎゅっと凝縮したみたい。この水面が水深三〇〇〇メートルの海底まで続いているのね」
第2章 採鉱プラットフォーム
「そうだ。砂浜から見れば静かに横たわっているように見えるが、内側には計り知れないエネルギーを秘めている。何千年とかけて惑星の隅々に物質を運び、岩を削り、熱を伝え、そのメカニズムを知れば、波の一つ一つが惑星の呼吸に聞こえる」
「そのエネルギーが海台クラストを作ったのね」
「クラストに限らず、海底の鉱物は、潮流、噴火、風雨、微生物、あらゆる自然現象の結晶だ。海はそれを何百万年、何千万年と懐に抱いて醸成させる。今こうしている間にも新たな鉱物が作られ、星の形状を変えて行く。海はまさに生きているんだよ」
海底鉱物資源の採掘において、最も重要なのは、海底から洋上の支援施設に鉱物を引き揚げる揚収システムです。その窓口となるムーンプール(moonpool)は洋上と深海を繋ぐ開口部で、揚鉱管(ライザーパイプ)や水中機器を海中降下するのに使われます。
深海に直結するムーンプールは、海洋アクション映画でもモンスターの侵入口として描かれ、インスピレーションを搔き立てる存在です。
ここではムーンプールの外観を動画で紹介しています。
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ムーンプール(開口部)
ムーンプールとは、石油リグや掘削船や海洋調査船など、洋上で作業する施設に設けられた開口部です。
機材を海中に降下したり、ケーブルや揚鉱管を降ろしたり、洋上での作業は非常な危険を伴います。
甲板から機材を降ろすことも可能ですが、波風の影響を受け、下手すれば、船や機材が損傷しかねません。
そこで、施設のほぼ中央に開口部を設け、洋上でバランスを取りながら、安全に作業を進めるのがムーンプールの役割です。
石油リグのムーンプール。海面が激しく上下するのが分かります。
ムーンプールからROV(有策無人機)を降下する場面。
ライザーパイプだけでなく、深海調査や水中作業を行う無人機の出入り口でもあります。
こちらは嵐に遭遇した深海掘削船のムーンプールとライザーパイプの様子です。
海面が激しく波立ち、ライザーパイプが上下に激しく揺さぶられる様子が見て取れます。
投稿者によると、波の高さが12メートルを超えたため、緊急切断システムが作動し、海底面に設置されたBOP(防噴装置)からライザーシステムが切り離されましたが、掘削船のムーンプールには、全長2000メートルのライザーパイプが繋がったままであり、パイプがぶら下がったような状態で波にあおられるので、掘削船の衝撃は更に大きくなります。
『ムーンプール』という言葉の響きは美しいですが、現実には、深海に連なる「あの世の窓口」でもあります。場所によっては、水深数千メートルにもなりますから、落下すればひとたまりもありません。(というより、落下の衝撃で絶命する)
絶えず水が激しく打ち付け、機材やケーブルも剥き出しで、浮き輪や救命ボートが出せるような環境でもないことから、洋上施設の中でも特に危険度の高い場所といえます。
一方、洋上で唯一、海に面し、ダイナミズムを感じる場所でもあり、さながら「もう一つの宇宙を覗き見る窓」です。
海のエネルギーがぎゅっと凝縮された、エキサイティングなスポットです。
海洋SF映画のマストアイテム
深海に唯一通じるムーンプールは、海洋SF映画のマストアイテムでもあります。
深海のエイリアンが侵入したり、ハイテク潜水服に身を包んだクルーが小型潜水艇に乗りこんで出入りしたり。そのうち施設内で爆発が生じ、海水が一気に流れ込んで、どんくさい人が非常ドアの向こうに閉じ込められて、怪物の餌食になるのも海洋パニック映画のお約束事です。仲間を見捨てて、我先に逃げ出した薄情なクルーが、脱出ポッドの急激な気圧の変化に耐えられず、全身から血を噴き出して、ぺしゃんこになる結末も――。
不気味で神秘的なムーンプールをもっとも効果的に描いたのが映画『タイタニック』や『ターミネーター2』の特撮でお馴染みのジェームズ・キャメロン監督です。この二作で大ヒットする前、『アビス(Abyss・深海の意味)』という深海アクション映画を作成し、マニアの間で高い評価を得ました。作中に登場する水型エイリアンは、『ターミネーター2』に登場する液体金属ターミネーターの習作であり、また本作での水の描写が『タイタニック』に結実しました。何でも一朝一夕には身につかない実例でもありますね。
ともあれ、神秘的なムーンプールは、制作サイドの腕の見せ所であり、今後、どんな深海のクリーチャーや、クールな潜水艇が登場するのか、興味は尽きません。
【小説】深海とはムーンプールに広がるもう一つの宇宙
採鉱プラットフォームの接続ミッションにスカウトされたヴァルターは、古参スタッフと意見が合わず、彼に好意を寄せるリズにも素直になれなかったが、ミッションの前夜、リズの願いを聞き入れ、ムーンプールに案内する。
ダイナミックなムーンプールの向こうにもう一つの宇宙を感じる場面です。
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上記のエピソードは『第2章 採鉱プラットフォーム』に収録されています。