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現代文明とレアメタル ~金属資源がもたらす混乱と悲劇

この記事では海洋小説 MORGENROOD -曙光に登場するレアメタル『ニムロディウム』のモチーフとなった世界の鉱業問題について紹介しています。

目次 🏃

戦略的物質としてのレアメタル

スマホ、パソコン、自動車、高機能家電、医療器具に至るまで、私たちが身近に使用しているハイテク機器には、必ずといっていいほど、レアメタル(稀少金属)が使われています。

海底鉱物資源を採掘せよ ~宇宙文明を支えるレアメタルにも書いているように、最先端の技術は特殊な性質を持つレアメタルなくして成り立ちません。

どれほど技術が確立され、理論的に可能であっても、それを実現するマテリアル(物質)がなければ、絵に描いた餅です。

喩えるなら、レアメタルは、餅をいっそう美味しくする魔法の粉末のようなもの。

ハイテク機器が必要とする通電性、耐熱性、持久性、発色性といった、高機能を実現するには、レアメタルが絶対不可欠なのです。

しかしながら、レアメタルを含む鉱石は、賦存量も、埋蔵する場所も、鉱石から金属成分を取り出す技術も、何もかもが限られる為、鉄や石炭のように、大量生産するわけにいきません。

しかも、その埋蔵場所は、政情不安な地域に集中することから、武装勢力の資金源となったり、権力争いの原因になったり、常に大勢の犠牲がつきまといます。

こうした現実を徹底的に取材し、一冊の本にまとめたのが、アフリカのルポルタージュで定評のある白戸圭一氏の著書『ルポ 資源大陸アフリカ 暴力が結ぶ貧困と繁栄 (朝日文庫) 』です。

豊富な資源が秩序の崩壊をもたらす ~コンゴ民主共和国

白戸圭一氏の著書「ルポ 資源大陸アフリカ」では、「格差が生み出す治安の崩壊 ~モザンビーク共和国」「油上の楼閣から染み出す犯罪組織 ~ナイジェリア連邦共和国」「グローバリズムが支える出口なき紛争 ~スーダン共和国」「世界の脅威となった無政府国家 ~ソマリア民主共和国」が紹介されていますが、特に鉱物資源に言及しているのが「火薬庫となった資源国 ~コンゴ民主共和国」の章です。

コンゴ民主共和国は、アフリカでも影響力のある国の一つであり、6700万人の人口を有しますが、長期にわたる紛争によって経済は疲弊し、子どもや女性に対する深刻な暴力も問題になっています。

その背景には、金や銀、ダイヤモンドといった豊富な鉱物資源が存在し、これらを必要とする大国の思惑と相成って、国の再建は非常に厳しいものとなっています。

特に注目されているのは、稀少金属のタンタルで、エレクトロニクスや航空宇宙産業など、最先端の技術に欠かせない金属資源です。

しかしながら、タンタルそのものが稀少な物質である上、工業的に原料として仕える鉱物はごく一部であることから、その豊富な鉱脈は戦略的にも重要視され、汚職や紛争の原因となっています。

コンゴ民主共和国も、世界有数の豊富な鉱脈を有しながら、国民全体がその恩恵に預かることはありません。

その背景について、白戸氏は次のように解説しています。(一部、当方で編集しています)

東西冷戦の時代、米国はザイールをアフリカにおける、「民主の砦」に位置づけ、モブツ体制の安定化に全力を注いだ。 (注・モブツ国軍参謀総長は、1965年にクーデーターで政権を掌握し、その後、訳32年間、コンゴを支配した。

1971年には、国名を植民地時代の「コンゴ」から地元の言葉である「ザイール」に変え、主都の名も旧宗主国ベルギー国王の名にたいなんだ「レオポルトヴィル」から「キンシャサ」に変えた。

自らは上半身にヒョウをまとってアフリカ民族主義を鼓舞し、派手な振る舞いで「民族の英雄」を演じ続けたが、自らは西洋を後ろ盾にして、アフリカ史上空前と言われる巨額の不正蓄財を行った。

米国がザイールを重視したもう一つの理由は、熱帯雨林の足元に眠る豊富な地下資源だった。1945年8月6日に広島に投下された原爆に使用されたのは、当時ベルギー植民地だったこの地で採取されたウランだ。

この他に、金、ダイヤモンド、スズ、銅の鉱山があり、コバルトは世界の埋蔵量の65%を占めると言われる。近年は携帯電話やゲーム機のコンデンサに使われるタンタルの原料コルタンの埋蔵地としても注目されている。

「反共の砦」と「資源の宝庫」。

どちらにしてもコンゴの住民の意思や都合とは全く関係のない理由により、この独裁者は米国の手厚い庇護を受け、その必然的帰結として国民のための開発は放棄された。モブツの政権掌握から25年経った1990年の段階で、この国の一人あたり国民総所得はわずか220ドルであった。 ≪中略≫

コンゴ情勢混乱の引き金を引いたのは、東隣の小国、ルワンダで1994年に発生した大虐殺だった。

丘陵地帯にコーヒー畑が広がる緑豊かなこの小国には、フツ人とツチ人という二大民族が住んでいる。1962年の独立後、政治の中枢にあったのはフツ人であり、90年からは隣国ウガンダに拠点を置くツチ人中心の反政府勢力「ルワンダ愛国戦線(RPF)」との間で紛争状態が続いていた。

1994年4月、政権のフツ人過激派により、ルワンダ大虐殺が実行された。軍部による計画的襲撃、さらにはラジオに扇動された民衆の参加により、国内のツチ人の殲滅が実行され、約3ヶ月に及んだ虐殺の犠牲者は100万人を超えたと推定されている。 ≪中略≫

1994年のルワンダ大虐殺の後、コンゴ領内に逃げ込んだフツ系ルワンダ人の武装勢力が、コンゴ政府の庇護の下にほとんど無傷のまま残ったのである。それ、がカーン族団長から虐殺の実行犯と断定されるFDLR(ルワンダ解放民主軍)であった。 コンゴ東部に根を張ったFDLRが、なぜ、住民虐殺を働くのか。この点について、カーン旅団長は「混乱の持続」という興味深い見解を示した。FDLRが存続し、様々な恩恵を被り続けるためには、コンゴ東部での紛争状態と混乱が持続する必要があるとの分析であった。 ≪中略≫

カーン旅団長にインタビューした際、旅団長はFDLRの資金源について、私に次のように明言していた。 「FDLRの資金源の一つは、明らかに鉱物資源の違法採掘と密貿易です。FDLRはこの地域の金山、タンタル鉱山などを支配下に置いています。採掘された鉱物資源をウガンダ、ブルジンなどへ運び出す過程で、FDLR指導部は莫大な利益を上げているとの情報があります。問題は、今後政府がもはや政府の体を成していないことです。コンゴ東部の警察、軍、税関、入国管理機関などの政府機関はFDLRに庇護を与え、鉱物資源の密貿易で上がる利益をFDLRと分けています」

『ルポ 資源大陸アフリカ』白戸圭一

著書が発行されたのは、2012年なので、現在は状況も大きく変わっていますが、鉱物資源が資金源として戦略的に利用され、腐敗や暴力の温床となっている背景が窺えます。

またその不正を知りながら、鉱物資源を安価で供給する為に、見て見ぬ振りをする大国や大企業の思惑も絡んで、事態をいっそう複雑、かつ深刻にしています。

このことは、『紛争ダイヤ』でも問題視され、世界的に取り組みがなされています。

鉱物資源を資金源に続いた紛争では、西アフリカのシエラレオネ内線(1991~2002年)が知られている。この内戦では、反政府勢力「革命統一戦線(RUF)」による住民虐殺や残虐行為が相次いだ。そのRUFの活動資金源となったのが、シエラレオネ国内でのダイヤモンドの違法採掘だ。そして、違法に採掘されたダイヤを買い付け、国際市場に横流しして莫大な利ざやを稼いだのが、隣国リベリアのチャールズ・テーラー大統領(当時)であった。テーラーは2003年8月に大統領を辞任してナイジェリアに亡命したが、06年3月に身柄を拘束され、オランダ・ハーグの国際刑事裁判所に殺人、性的暴行、少年に対する徴兵などの罪に問われている。 ダイヤモンドが紛争当事者の資金源となる問題は、南部アフリカのアンゴラでも1990年代に深刻化していた。紛争当事者の資金源と化したダイヤは「血のダイヤ(ブラッドダイヤモンド)」や「紛争ダイヤ」の異名で呼ばれた。ダイヤモンドのイメージが傷つくことを恐れたダイヤモンド業界は紛争ダイヤの追放に腰を上げ、2002年11月、紛争資金源となっているダイヤを世界市場から排除する仕組みを作り上げた。会場の行われた南アフリカのダイヤ鉱山の町キンバリーにちなみ、この仕組みは「キンバリープロセス認定制度」と呼ばれる。

『ルポ 資源大陸アフリカ』白戸圭一

紛争ダイヤについては、レオナルド・ディカプリオ主演の映画『ブラッドダイヤモンド』がアクション大作として分かりやすく描いています。
本作を見て、紛争ダイヤの実態を知った人も少なくないのではないでしょうか。ちなみにゴルゴ13のコルタン狂想曲も、コンゴのコルタン石(タンタル)と先進国企業の現状を如実に描いています。

参考記事  鉱業問題が手軽に分かる『ゴルゴ13 コルタン狂想曲』と『ブラッド・ダイヤモンド』

最後に、白戸圭一氏のコルタンに関する解説と結びを紹介します。

コルタンは鉱石の一種で、精錬すると携帯電話やゲーム機のコンデンサに使われている粉末状タンタルを得ることができる。1980年代初頭には年間100トンに満たなかった日本のタンタルの年間主要産地はオーストラリアやカナダだが、埋蔵量ではコンゴが世界一とみられている。英国のNGO「グローバル・ウィットネス」は2008年10月、コンゴ産各種資源の管理強化を改めて国際社会に訴えたが、事態が改善される見込みはないという。 金、コルタン、ダイヤモンド、コバルト、スズ、タンタル、銅――。 西欧全域に等しい広大な国土を有するコンゴの足元には、こうした様々な資源が埋まっている。しかし、豊富な資源はこの国に、平和と繁栄ではなく武装勢力の群雄割拠と秩序の崩壊をもたらした。 人間の欲望にかき乱され、混乱を極めるコンゴ民主共和国。 私たちは美しい宝飾品や身近なハイテク製品を通じて、この遠い国の紛争に、皮肉にも知らず知らずのうちに「軍資金」の一部を提供しているのである。

『ルポ 資源大陸アフリカ』白戸圭一

紛争メタル ~わたしたちにできること

コンゴ共和国をはじめ、世界各地で起きている紛争メタルや紛争ダイヤモンドによる悲劇は、人ひとりの力でどうこうできるものではありません。

当事国の政治家や武装勢力はもちろん、鉱物資源を安価で得ようとする他国の大企業、「より速く、より強く」といっそうの高機能を求める消費者、様々な要素が絡んで、問題解決を難しくしているからです。

しかし、映画『ブラッドダイヤモンド』でもあったように、女性たちが高価なダイヤモンドを買い求めることを止めれば、ダイヤの価値も下がり、子どもが過酷な労働環境に置かれることも少なくなるかもしれません。

消費者が高機能よりも安全・節約を第一に考えるようになれば、金属市場の傾向も変わってくるかもしれません。

それは夢みたいな話かもしれませんが、自動車がガソリン車からEV車にシフトしつつあるように、鉱物資源の需要や生産方法も、リサイクルや技術革新によって大きく変わる可能性はあります。

実際、金属リサイクル市場はここ数年で飛躍的に伸びていますし、レアメタル代替技術開発も急ピッチで進んでいます。

紛争地域の鉱物資源に頼らなくても、工業製品を製造するメーカーが積極的にリサイクルを行い、また先進国の消費者が賢い買い物をすることで、変えられることもたくさんあるのではないでしょうか。

人ひとりが中古の携帯電話をリサイクル業者に持ち込み、紛争メタルの使用に敏感になったところで、今すぐ、何かが変わるわけではありませんが、個人の努力や気遣いが何百倍、何千倍になれば、それは市場に反映されますし、メーカーも無思慮に金属材料を仕入れたり、経緯不明な製品を作り続けるわけにいかなくなります。

肝心なのは、関心をもつこと。

そして、ささやかながら実行すること。

地上には、何十億人の人間がいて、誰もが豊かで幸せな暮らしを願っています。

たとえ力及ばずとも、地上の現実を忘れずにいることが、回り回って、わたしたちの暮らしを真に豊かなものにするのではないでしょうか。

本作では、技術革新によって低品位鉱物から高純度のレアメタル『ニムロディウム』を精錬することで、ニムロデ鉱山に依存した鉱業の在り方を変え、海底鉱物資源の採掘によって、ニムロディウム市場全体に変革をもたらす過程を描いています。

書籍の紹介

鉱物資源に興味を持った方に、ぜひ読んで頂きたいのが、白戸圭一氏のルポルタージュです。重い内容ながら、文章も読みやすく、資源国の現状が非常に分かりやすく解説されています。
2012年の著者で、政情も変わった点はありますが、資源と鉱業と政治経済の関わりは同じです。
現代文明の構造を知る上で必読の書です。
Amazon、楽天ブックスとも、紙の本と電子書籍があります。

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MORGENROOD -曙光では、宇宙文明の根幹を成すレアメタル『ニムロディウム』を鉱山会社ファルコン・マイニング社の寡占から解放するため、MIGの雄、アル・マクダエルが海底鉱物資源の採鉱に挑む過程が描かれています。

【小説】現代文明を支えるのはボロボロになった人の手だから

海洋小説 MORGENROOD -曙光では、海の星アステリアの深海から宇宙文明の根幹を成すレアメタル《ニムロディウム》を含む海台クラストを採掘する為、潜水艇パイロットのヴァルター・フォーゲルを機械作業のアシスタントとしてスカウトします。
下記はアステリアの海洋開発と、ローレシア沖に広がるダイナミックなティターン海台について、専務のセス・ブライトが解説する場面です。

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上記のエピソードは『第2章 採鉱プラットフォーム』に収録されています。
ストアで試し読みもできますので、興味のある方はお気軽にご覧下さい。

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