この記事では「海洋小説 MORGENROOD -曙光」に登場するレアメタル『ニムロディウム』のモチーフとなった世界の工業事情と鉱業問題について紹介しています。
今後ますますレアメタルの需要が高まる中、現代文明と現代人の生活について考えるきっかけになれば幸いです。
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レアメタルについて
『レアメタル』とは、最先端テクノロジーに欠かせない希少金属の総称です。
鉄、銅、鉛、アルミニウムといった「ベースメタル」に少量添加することで、耐圧性、耐食性、伝導性など、常用金属の性能を飛躍的に向上させることができることから、スマホ、コンピュータ、自動車、ハイテク家電など、様々な製品に使われ、現代文明のエッセンスと言われています。
しかしながら、その元となる鉱物は(タンタル石、コルタン鉱物、砂白金など)、元々、賦存量が少ない上に、開発の難しい地域に存在したり、精製が複雑だったり、紛争地域に集中して安定供給が困難だったり、様々な理由から大量生産が不可能である為、「レア(希少)」とされています。(賦存量が十分でも、生産が追いつかず、安定供給できない金属もレアメタルに分類されます)
臼井朗氏の著書『海底鉱物資源—未利用レアメタルの探査と開発— 』では次のように分類されています。
- 岩石中の平均濃度がきわめて低いもの
- 鉱石となる物質が稀である
- 濃度が高くても抽出(分類)が困難なもの
- 用途・特性も不明なもの
上記の定義にプラスして、「産地に政情不安などにより安定供給が困難である」も、金属資源としての価値に大きく影響します。
例 鉱業問題が手軽に分かる ゴルゴ13『コルタン狂想曲』 / タンタルと携帯電話
有史以前、人類はまず固い岩石を道具や建材として利用しはじめ、つぎに土壌を陶器や土器の材料として使うことを学んだ。やがて、より高いエネルギーを使って素材に化学変化を与え、銅や鉄などの金属元素を選択的に使うようになった。
そして、現在では、利用している大半の金属元素は、もはや地球上に天然の化合物として存在しないものばかりとなっている。
たとえば、私たちが「ベースメタル」と呼んで大量に利用する鉄、アルミニウム、銅などの単体金属は、一般に地表にも地中にも天然物資としては存在しない。私たちは、金属酸化物などの化合物に別のエネルギーを加えることによって、「化学結合を引き離す」という人工的なプロセスによってこれらを作り出しているのである。
≪中略≫
さらに、現代の人類はあらゆる金属元素を利用するようになり、たとえば電子機器などに用いられるガリウム、インジウム、ニッケル、医療などに用いられるコバルト、バリウム、白金(プラチナ)などの稀少な金属元素も私たちの暮らしと密接に関わるようになってきた。これらはレアメタルと呼ばれ、不足や枯渇の恐れが大きくなってきている。
現在、人類が直面する地球規模の課題は、環境保全とエネルギー確保といわれている。一方で、鉱物資源の枯渇・不足については、生産効率や省エネ・リサイクル技術の向上によって対応可能であると思われがちである。しかし、物理学の基本法則に従えば、物質が不滅であると同時にエネルギーもまた不滅なのである。
つまり、鉱物資源のリサイクル率を極端に上げることや、高度な処理技術にのみ頼ることは、結局膨大なエネルギーを費やすことにほかならず、地球全体のマテリアルフローとしては決定的な解決策にはならない。
≪中略≫
鉱物資源には、目的物質を回収(採掘、選鉱、製錬過程)できる限界濃度(鉱石の品位)が存在し、その値に近づくにつれて、その処理コスト(負荷)は急激に増加する。
現在の大規模かつ高水準の生活・生産活動を維持するために、エネルギーのみならず、資源物質の持続的供給が必要なのである。
海底鉱物資源—未利用レアメタルの探査と開発— (臼井朗)
海底鉱物資源とは
そこで注目されているのが、『海底鉱物資源』です。
海底鉱物資源とは、「海底熱水鉱床」「マンガン団塊」「コバルトリッチ・クラスト」といった、稀少な金属元素を豊富に含む海底の鉱物資源のことです。その大半は水深数百メートルから数千メートルの大水深に存在し、調査や採掘が難しいことから、実用的な採鉱システムはいまだに稼働していません。また、環境保護や政治情勢の問題もあり、テスト採鉱もままならないのが現状です。
日本でも、日本の独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構[JOGMEC]が長年、採鉱システムの研究開発に取り組んでいます。果たして採鉱に成功し、日本も資源大国に生まれ変わるのか、興味は尽きません。
下記リンクに詳しい解説がありますので、興味のある方はご一読ください。
JOGMEC 海洋鉱物資源の概要 / JOGMECの取り組み
『鉱物資源』の定義
海底鉱物資源について理解する前に、まず『鉱物資源とは何か』を改めて定義します。
海底鉱物資源—未利用レアメタルの探査と開発— (臼井朗)によると、
鉱物資源とは、私たちが「工業的に利用できる天然の岩石」と定義される。
海底鉱物資源—未利用レアメタルの探査と開発— (臼井朗)
たとえば、校庭の砂場に磁石を入れると、黒い砂鉄がくっついてくることがあります。砂鉄の主要な成分は、磁鉄鉱(マグネタイト)やチタン鉄鉱(イルメナイト)ですから、学校の砂場にも鉱物が存在することになります。
しかし、子供の磁石にくっついてくる程度のものを『鉱物資源』と呼ぶことはありません。
たとえば、たたらNaviでも紹介されているように、川岸や海岸などに大量に堆積し、一日、数トンから数十トンという砂鉄を利用して、製錬することができれば、立派な製鉄業として成り立ちます。
たとえ大鉱床が見つかっても、「前人未踏の山奥にある」「紛争地域にあり、いつ武力勢力に襲われるか分からない」というような状況では、とても鉱業として成り立ちません。
「鉱物資源」と呼ばれるには、商業的価値と安定供給が必須で、ただ存在する――というだけでは役に立たないんですね。
海底鉱物資源の取り組み
レアメタルの安定供給のため、日本でも海底鉱物資源に対する関心が、年々、高まっています。
世界屈指の火山国であり、地殻活動も活発な日本近海の海底には、豊富な鉱物資源が存在することが知られています。
海洋における鉱物資源の概要(資源エネルギー庁)でも紹介されているように、海底に存在する鉱物資源は、「マンガン団塊」「海底熱水鉱床」「コバルト・リッチ・クラスト」の三種類が有力視されています。
もし、これらを効率よく採鉱して、商業的に生産すること(製錬)が可能になれば、日本も他国からの輸入に全面的に依存するのではなく、自前で金属材料を調達することができますし、上手く行けば、資源輸入国から輸出国に転身することも夢ではありません。
深海の苛酷さと水中技術の困難さ
しかしながら、海底鉱物資源を効率よく揚収し、商業的に成功するには、様々なハードルをクリアしなければなりません。
その最たるものが水中技術です。
『今行なうか、永遠に成さないか』でも言及しているように、深海は超高圧の世界であり、手軽にドローンを飛ばすようなわけにいきません。超高圧に耐える調査機器や重機、高い航行能力を備えた支援船、熟練のスタッフとノウハウ、深海もサポートするナビゲーションシステム等々、技術的課題は山のようにあります。
こちらは、ソロモン海域で実際にテスト採鉱していたNautilus Minerals社の採鉱システムのモデルです。採鉱システムに関しては、『海底鉱物資源の採鉱プラットフォームについて』『破砕機・集鉱機・揚鉱管・水中ポンプの概要』をご参照下さい。
ユニークなレアメタル
金属には「固くて丈夫」なイメージがありますが、中には、常温で液体化するもの、固形でもぽろぽろ崩れやすいもの、ユニークな性状を持つ金属が数多く存在します。
イリジウム
イリジウム(wiki参照)は、白金族元素に分類される元素の一つで、白金(プラチナ)の精錬時に副産物として得られるレアメタルです。地殻に含まれる絶対量が少ないことから、レア中のレアで知られますが、耐熱性、耐食性にすぐれ、超高温にも耐えることから、様々な金属に添加して、合金化することで、その性能を高めることができ、自動車の点火プラグや万年筆のペン先などに使われています。
(参照 → ISHIFUKU イリジウムについて)
また恐竜絶滅をもたらした巨大隕石の衝突によって、地殻の深部から地上に大量に降り注いだことで知られ、隕石衝突を示す重要な指標の一つです。
以下の動画では、イリジウムのユニークな特性が紹介されています(字幕付き)
ガリウム
融点が「29.8度」、体温よりも低い温度で融解してしまう為、まるで液体みたいな金属です。ユニークな特性を利用して、様々な合金が作られ、半導体レーザー、青色発光ダイオード、液柱温度計など、工業製品に利用されています。
リチウム
リチウム電池でお馴染みの『リチウム』も代表的な希少金属です。
地球上に広く分布する金属であり、海中にも存在しますが、「埋蔵場所がアンデス山脈など限定的」「反応性が高いため、単体で存在しない」など、商業化が難しい金属です。
ボリビアのウユニ塩原も、世界最大の埋蔵量で知られますが、政治的・技術的な問題から商業採掘に至っておらず、「量は多いけれど、生産が難しい」レアメタルの一つと言えます。
バナジウム
合金、触媒、顔料・塗料、電気・電子、健康食品など、幅広い用途のあるバナジウムは、地球上の埋蔵量は多いものの、大半が南アフリカ・中国・ロシア・アメリカに偏っているため、安定供給の難しいレアメタルの一つです。最近では、海水中に存在するバナジウムをホヤ貝が体内に蓄積することに着目し、バナジウム採取のためのホヤの養殖も注目されているようです。このネタは『ゴルゴ13』にもありましたね。
参照記事 → 1,000万倍に達するホヤのバナジウム濃縮直接か間接か
カメレオンのようにカラフルな色合いも印象的です。
地殻活動はどのように金属と鉱床を作り出すのか
レアメタル以外にも、地球上には、山体を貫くような大鉱床や地中の奥深くに生成される結晶、美しい宝石など、不思議な鉱物がたくさん存在します。それらはどうやって形成されるのでしょうか。
地殻活動のダイナミズムを感じさせるBBC制作のHD動画です。字幕付きなので、興味のある方はぜひ。
「大地」「水」「風」「火」の四大元素をテーマにしたシリーズものです。
レアメタルと政治問題
高度な工業力と生活レベルを誇る経済先進国にとって、レアメタルの安定供給は国家の命運を左右する重要な課題です。鉱業問題が手軽に分かる ゴルゴ13『コルタン狂想曲』 / タンタルと携帯電話でも述べられているように、いくら技術があっても、それを実現する物質(マテリアル)がなければ、何の意味もないからです。
資源エネルギー庁の『xEVに必須のレアメタル「コバルト」の安定供給にオールジャパンで挑戦』では、電気自動車の製造に不可欠な『コバルト』を通して、金属資源と政治問題の関わりが分かりやすく解説されています。
レアメタルが持つ大きな課題のひとつとして、存在する国が偏っており、政情に不安のある国が多いことがあります。中でもコバルトは、アフリカのコンゴ民主共和国が世界生産の半分以上を占めていますが、2000年代に入っても不安定な情勢が続いてきました。2009年に停戦し、情勢は改善傾向にありますが、課題も残っています。
日本企業も、ある程度のリスクを覚悟して資源を確保する必要性に迫られています。xEV向けリチウムイオン電池に必須であるコバルトの安定供給を実現しなければ、この先、日本ではxEVがつくれなくなり、世界の電動化の流れに取り残されてしまう可能性もあります。
ただ、コンゴ民主共和国には政情不安とは別に、児童労働や紛争鉱物(紛争の資金源となってしまっている鉱物)といったリスクも存在しています。日本の民間企業が主導して鉱山投資を行うことは、相当に難しいものがあると言えます。
紛争メタル(コンフリクトメタル)について勉強したい方は、YouTubeにも分かりやすい動画がたくさん公開されています。Conflict Metal で検索してみて下さい。
海底鉱物資源に関する本
執筆にあたって参考にした、「海底鉱物資源」と「鉱物資源問題」に関する書籍です。
いずれも海洋学、社会学、工学の様々な面から海底鉱物資源の意義と可能性が考察されていて、初心者にも分かりやすい内容に仕上がっています。電子版はありませんが、興味のある方はぜひ。
海底鉱物資源—未利用レアメタルの探査と開発
一時期、日本でも政治的理由からレアメタル不足が話題になりましたが、その頃に発刊されたものです。
図解入りで分かりやすいです。
海底資源 -海洋国日本の大きな隠し財産
海洋科学の側面からアプローチした海底鉱物資源の入門編。
Kindle版は、紙本のレプリカ版なので、画像なのもそのまま閲覧することができます。
ルポ 資源大陸アフリカ 暴力が結ぶ貧困と反映
白戸圭一氏による迫真のルポルタージュ。モザンビーク、ナイジェリア、コンゴ、スーダンなど、資源をめぐる争いと大国の思惑が生々しく伝わってきます。Kindle版あり。
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レアメタルと鉱業に関する話題は、こちらにも掲載しています。興味のある方はぜひご一読下さい。
こちらは、白戸圭一氏のルポルタージュをメインに現代文明とレアメタルに関する問題を紹介するコラムです。
【小説】海底鉱物資源を採掘せよ 宇宙文明の根幹を成すレアメタル
海洋小説 MORGENROOD -曙光では、宇宙文明の根幹を成すレアメタル『ニムロディウム』が鉱山会社ファルコン・マイニング社に寡占されます。特殊鋼メーカー、MIGインダストリアル社のアル・マクダエルは、独自にニムロディウムを得るため、海の星アステリアから海台クラストの採掘に挑みます。
以下は、寡占の背景と採掘に至る経緯を描いた作品の冒頭です。
Kindleストア
上記のパートは、『第1章 運命と意思』に掲載されています。
ストアで立ち読みもできますので、興味のある方はお気軽に覗いて下さい。