JavaScriptを有効にして下さい

恋の航路、愛の彼岸

「そんなに怖がらなくても、何もしないよ。前に約束しただろう。お互いに心の底から好きと思えるようになったら、その時、恋人同士のキスをしようと。だからといって、俺のことを『いい人』なんて思わないで欲しい。俺は憧れのキャプテン・ドレイクでもなければ、白馬に乗った王子さまでもない。欠点もあれば、下心もある、普通の男だよ」

「……好きになってはいけないの?」

「そういう意味じゃない。もしかしたら、俺も君と同じ気持ちかもしれない。だが、俺はまともに女性と付き合えるタイプじゃないし、たとえ付き合ったとしても、幸せにはできないだろう。俺なんかと付き合わなくても、君ならいくらでも立派な男性と知り合う機会があるだろう。俺は本当にろくでもない人間だよ。君は俺がしてきた事も、どんな人間かも知らないだけだ」

「だとしても、私はあなたの誠実を信じるわ。あなたとなら、心と心で語り合える。あなたと話していると、この世には愛も正義も存在すると実感するの。なおに、そんな風に卑下されたら、かえって気持ちが傷つくわ。いっそ『君なんかタイプじゃない』と無視された方がまし」

「現実はそんな美しいものじゃないよ。今だって、君の身体が欲しいだけかもしれないし、ただ単に同情しているだけかもしれない。いつか俺という人間を知れば、憧れの気持ちも消えて無くなる。そして俺は何も与ええてやれない自分にいっそう失望するんだ。君の思い描くようなハッピーエンドには決してならない」
「どうして、そんな風に言い切れるの? いくら私が脳天気でも、白鳥とカラスを見誤るほど愚かではないわ。あなたの言う通り、私はあなたの事など何一つ知らないかもしれない。でも、あなただって、私の全てを知っているわけじゃない。まだお互いの事をよく知りもしないのに、一人で結論付けないで」

「だからといって、『いい人』の振りをするのは御免だし、君と中学生みたいな交際をする気もない。愛する時は身も心も一緒だ。たとえパパの逆鱗に触れようと、俺は欲しいものは欲しいと、駄々っ子みたいに欲しがるよ」

 一瞬、リズは身をすくめ、この場から逃げ出したいような衝動に駆られたが、ふと彼の顔を見上げると、少年みたいに臆病な瞳が彼女を見つめている。

 新しい船出を前にして、恐れ、戸惑う気持ちは、彼も同じだ。その航路は、彼の言う通り、遠く、険しく、愛の彼岸には決して辿り着けないかもしれない。
 それでも、誰とも向き合うことなく、自分の殻に閉じこもって人生を終えるのが最善とも思えない。悩み、苦しんでも構わない。無様に泣き崩れる中にも、豊かに実るものがあるのではないか。

書籍情報

アルの美しい愛娘リズは、風来坊で、接続ミッションの為に雇われた潜水艇パイロット、ヴァルター・フォーゲルに恋をする。

彼も彼女に好意を抱きながらも、そこから一歩踏み出すことができない。

上記は、ヴァルターの部屋で二人きりで過ごした時の会話です。

誰かにこっそり教えたい 👂
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次 🏃