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生物冶金(バイオリーチング) 可能性を世界に知らしめる ~海底鉱物資源の製錬所を見学

スティーブン・スピルバーグのアカデミー受賞作「シンドラーのリスト」の見どころを動画で紹介。オフィシエンチム(アウシュビッツ)博物館の日本人ガイド中谷剛氏の著書とテキストから、歴史教育に関する考察を掲載しています。

「鉱業に限らず、石油も、天然ガスも、そうそう計画通りに行くものではありません。相手は地下深くに存在する自然物です。いくら技術が発達しても、完全に制御できないのが当たり前です。しかし、ここでの生物冶金の手法は世界的にも注目されていますし、既に特許も取得しています。目標値を十分に達成できなくても、他が生物冶金の技術を導入すれば、かなりのロイヤリティが入りますし、一部では『真空直接電解法』に匹敵する技術革新と期待されています。二の手、三の手は打っていますからご心配なく」

第三章 海洋情報ネットワーク

『MORGENROOD -曙光』では、海台クラストの破砕物からニムロディウムを製錬する過程で『生物冶金』の手法を取り入れています。

製錬所を見学したヒロインのリズは、海台クラストの採鉱システムが必ずしも理想通りに稼働していない事を知り(無駄な屑石を多量に吸い上げている)、先行きに不安を覚えますが、上記のような所長の言葉を聞き、採鉱プラットフォームの目的が収益よりも手法を世界に知らしめることに有ることを理解します。

採鉱プラットフォームに関しては、下記の記事をご参照下さい。

目次 🏃

【解説】 金属成分を凝集する微生物

生物冶金(バイオリーチング)について

『海台クラストの生物冶金』の元ネタはたくさんあります。実際に、生物冶金(バイオリーチング)は、鉱業の世界で実用化されていますし、鉱業でなくても、微生物を使った還元や分解はリサイクルなどの分野で応用が広がっています。

バクテリアを使った低品位銅鉱石からの生産技術開発(石油天然ガス・金属資源開発機構)バイオリーチングの説明あり。バクテリアを使って、効率よく金属を溶かし出す。
小さな怪物! 金属資源とバクテリア(同上)

近年では、金のウンコをする微生物の存在が話題になりました。金塊を生み出すというよりは、生命活動の結果として、体内に金を濃縮する生物がいるということです。

「金塊を生み出す微生物」が見つかる:研究結果 WIRED

あらゆる元素と同じように、金は微生物の反応サイクルのなかで、絶えずつくり変えられている。だがある微生物は、金が含まれた鉱石から金を溶かし出し、純金の小さな金塊へと濃縮することができる。

「自然界では、金は生物地球化学的な風化作用によって、地表や堆積物、水路の中に入り込み、それから海に行き着きます」。研究の著者のひとり、フランク・リースは言う。「しかし、なかには金を溶かし出し、濃縮させる微生物がいます」

しかも、これは金に限ったことではなく、鉄、マンガン、銅など、あらゆる鉱物が微生物によって還元されたり、濃縮されたり。鉱物も微生物も、全てが一体となって、地球というシステムを作り上げているのです。



現代文明を支える鉄鉱石の鉱床、『縞状鉄鉱床』も、海中に溶け込んだ大量の鉄イオンを、古代の微生物が数億年かけて酸化して作り上げたもので、ある意味、世界最大の生物冶金みたいなものです。詳しくは下記のURLをご参照下さい。

ストロマトライトの存在と縞状鉄鉱床の生成

鉄鉱石って、何? その生い立ちに迫る by 新日鉄住金(PDF)

人間も、腸内に3万種類、約2キロほどの微生物を持っています。乳酸菌とか、ビフィズス菌とか。彼らも人間の生命活動に欠かせない存在です。地上にあるものは、全て微生物と共存しており、人間も、厳密には、単体ではなく、複合体です。どれを欠いても、地球のシステムは成り立たず、このように複雑な生命の連鎖が自然に作り出された事自体が奇跡なんですよね。

現代のバイオリーチング

「金塊を生み出す微生物」が見つかる:研究結果 WIRED でも紹介されているように、ある種の微生物は、生命活動の結果として、鉱物に含まれた金属成分を還元したり、濃縮したりする機能を有します。

現代文明を支える鉄鉱石の鉱床、『縞状鉄鉱床』も、海中に溶け込んだ大量の鉄イオンを、古代の微生物が数億年かけて酸化して作り上げたもので、ある意味、世界最大の生物冶金みたいなものです。

実際、微生物を利用した生物冶金は一部で実用化されており、有害な物質を排出せず、より自然に近い形で還元や濃縮のプロセスを可能にすることから、今後ますます需要が高まると思われます。

微生物1個が濃縮できる量など、たかが知れていますが、環境さえ整えば、どんどん増殖して、無限に働いてくれるので、使い勝手のいい労働者ですね。

【コラム】 鉱物資源は技術と社会を変える

人類の歴史は常に新技術と共にありました。原始的な石器に始まり、青銅、鉄、火薬、蒸気、電気、通信、原子力と、新しい技術が世に送り出される度に世界の構図も変わり、現代も百年前からは考えられないような情勢にあります。ある意味、技術というのは、富や権力にも勝るパワーであり、不可能が可能になる時、世界もその手の下にひれ伏すのかもしれません。

このパートでは、ファルコン・グループの一党支配に風穴を開けるべく、海底鉱物資源の採掘事業に乗り出した本当の動機が描かれています。

地下深く坑道を掘り進め、貧しい労働者を投入し、原始的なやり方でレアメタルを採掘しなくても、完全自動化された採鉱プラットフォームで海底鉱物資源を回収し、これまでとは違った方法で製錬する。その新たな手法を世界に示すこと自体が目的であり、それが広く実用化されて、「ニムロディウムの採掘→精製」のプロセスがファルコン・グループの独壇場でなくなれば、世界の構図も変わる……というわけです。

実際、石油の価値も、20世紀とは変わりつつありますし、それがいよいよ本格化すれば、中東をはじめとする世界情勢も大きく変化するでしょう。

未来世紀、今度は宇宙植民地で鉱物資源の採掘が始まれば、「世界」とか「国際」とかいう概念自体も大きく変質し、いよいよボーダーレス、そして、上下の格差が顕著な映画『エリジウム』の世界観に突入するのではないでしょうか。
(マット・ディモン主演の映画。近未来では、富裕層は『エリジウム』と呼ばれる美麗な人工衛星都市に暮らし、下層民は荒れ果てた地上で搾取されながら生きていく)

【小説】 生物冶金 可能性を世界に知らしめる

その頃、リズは工業港の第一埠頭にあるニムロディウムの製錬所を見学していた。

製錬所は第一埠頭の北側にあり、遠目には船会社の倉庫みたいだが、内部は高度な空調システムが取り入れられ、バイオ工場のような様相である。

プラットフォームから運び込まれた細粒状のクラストは第一チャンバーでさらに細かく選別され、還元分離や溶解の工程を経て、九九・九九九九九パーセントという高純度のニムロディウムに精製される。その過程で特殊な微生物が使われるため、一部のスペースはバイオ工場のように室温や湿度が一定に保たれているのだ。

リズはエンタープライズ社の担当者や区の行政官と一緒にオートメーション制御室や廃棄物処理施設を見て回ったが、見学ながらも、ディスポーザブルの医療ガウンやキャップの着用を求められ、一体、どんな微生物を使っているのか、気になるところではある。

製錬されたニムロディウムは棒状や粉状の中間生産物に加工され、大型トラックで島の北東部にある宇宙港に搬送されるが、現在は行政の立ち入り検査のため倉庫にストックされている。

十月十八日、第一弾の原鉱が到着して以来、製錬所もフルピッチで稼働しているが、プラットフォームの選鉱プラントで処理されるクラストに若干品質上の問題があり、採鉱システムや選鉱プラントの担当者と毎日のように協議しているという。

「採鉱システムが正常に稼働するからといって、必ずしも理想通りとはいきません」

所長も渋い顔をする。

「採鉱事業の成否は、いかに高品位のクラストを採掘するか、また選鉱処理された細粒から純度の高いニムロディウムを分離するかにかかっています。肝心の金属成分が回収できないことには、何トン採掘したところで意味がありませんから」

「それは破砕機や集鉱機の問題ですか? それとも選鉱プラントの処理能力に依るのでしょうか?」

「それを今、分析しているところです。破砕機がクラストを掘り過ぎているのかもしれないし、マッピングデータそのものに間違いがあるのかもしれない。陸上の鉱山と違い、水深三〇〇〇メートルの堆積物を肉眼で確認することはできませんから、一度、問題が生じると原因を特定するのは難しいです」

「では経済的なロスも多いのですか?」

「それは長期にわたって収支を見ないと分かりません。ニムロディウムの市場価格にも左右されますし、採鉱システムや製錬所が順調だからといって、十分な利益にならなければ、採鉱事業そのものが負担になってしまいます」

「負担になる」という言葉に、リズは軽いショックを受けたが、「しかし、まだ始まったばかりです」と所長は力説する。

「鉱業に限らず、石油も、天然ガスも、そうそう計画通りに行くものではありません。相手は地下深くに存在する自然物です。いくら技術が発達しても、完全に制御できないのが当たり前です。しかし、ここでの生物冶金の手法は世界的にも注目されていますし、既に特許も取得しています。目標値を十分に達成できなくても、他が生物冶金の技術を導入すれば、かなりのロイヤリティが入りますし、一部では『真空直接電解法』に匹敵する技術革新と期待されています。二の手、三の手は打っていますからご心配なく」

(そうか)とリズは納得した。

プラットフォームも製錬所も莫大な収益を上げることが目的ではない。父も『一つのモデルケース』と言っていた。

世界に知らしめる。

それこそが採鉱プラットフォームの真の目的だ。

ニムロデ鉱山とファルコン・マイニング社が唯一無二の存在ではないこと。アステリアの海には莫大な鉱物資源が眠り、それを商業的に採掘する方法があること。この二つを技術的に立証すれば、さらなる門戸が開く。たとえ採鉱プラットフォームが当初の目標を達成できなくても、後に続くものが必ず現れるはずだ。

ならば私も父のビジョンを信じよう。ある意味、ファルコン・マイニング社が動き出したのも、採鉱プラットフォームが無視できない存在になりつつある証しではないか。

リズは一息つくと、皆の後に付いて製錬所を出た。

彼からテキストメッセージを受け取ったのは、ちょうどその時だった。

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上記のパートは、『第3章 海洋情報ネットワーク』に掲載されています。
ストアで立ち読みもできますので、興味のある方はお気軽に覗いてみて下さい。

誰かにこっそり教えたい 👂
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