『海洋小説 MORGENROOD -曙光』には、水深3000メートルに存在するクラスト状の海底鉱物資源を採掘する為に、ローレシア島沖に採鉱プラットフォームを建造します。採鉱システムは、洋上の支援設備(半潜水式リグ)と揚鉱管、海底でクラストを掘削する二台の重機からなり、詳細は、パプアニューギニア沖のソルワラ海域で海底鉱物資源(海底熱水鉱床)の試験採掘を行なっていたNautilus Minerals社のプランをモデルにしています。
企業プロフィールとシステムの全容は下記をご参照下さい。
ソルワラ海域における海底鉱物資源の調査、賦存状況、システムの概要、プロジェクトチームの構成など、詳しいデータが見たい方は、下記リンクからどうぞ。
操業時、投資家や株主向けに公開されていたオフィシャルの資料です。当時は誰でも閲覧&ダウンロード可能でした。275ページからなる膨大なPDF資料なので、閲覧の際はお気をつけ下さい。
Nautilus Minerals社の海底鉱物資源 採鉱システム Offshore Production System Definition and Cost Study
採鉱システムの構成 「破砕」「集鉱」「揚鉱」
【画像と動画で紹介】採鉱システムの実際
採鉱システムの要は要は「破砕」「集鉱」「揚鉱」です。
深海底から掘削された鉱物資源は、次の三つの工程を経て、洋上の支援施設に揚収されます。
洋上の支援施設(Nautilus Minerals社の採鉱システムではSupport Vessel支援船、小説では半潜水式のプラットフォーム)に揚収された鉱物は、コンテナ船で工業港に輸送され、陸路で処理工場に運び込まれます。
- 破砕(Auxiliary & Bulk)
基礎岩から金属資源の含まれる部分を掘削して剥ぎ取り、揚鉱しやすいように、細かく砕く。 - 揚鉱(Gathering)
破砕した鉱物を効率よく回収する - 揚鉱(Liser & Lift)
集鉱機が回収した鉱物を洋上に揚収する。(水中ポンプで揚鉱管の物質を循環させる)
採掘用重機の外観
下図が、海底鉱物資源の掘削と集鉱に使われる三台の重機の外観です。
左から、掘削機(Auxiliary Machine)、破砕機(Bulk Machine)、集鉱機(Gathering Machine)です。
イメージだけでなく、実際に制作され、試験採掘もしていました。
事業整理後、これらの重機がどうなったのか、今は知る由もありませんが、レガシーとして保管されているのではないかと想像します。
【動画】 オペレーションのイメージ
一連の流れは動画の通りです。
洋上の支援船から複合ケーブルで重機を降下し、有索で遠隔オペレーションを行ないます。
【動画】 製作の様子(Nautilus Minerals社の整備工場にて)
こちらはNautilus Minerals社で実際に製作された実機です。
作業員と見比べても、その大きさが分かります。陸上の鉱山に匹敵します。
それだけに環境保護の観点から反対の声が大きかったのも頷ける話です。
掘削機 Auxiliary Minerと 破砕機Bulk Miner
Auxiliary Miner(掘削機)
本作に登場する『ビートル型破砕機』のモデルは下図の通り。
Nautilus Minerals社の採鉱システムでは、『Auxiliary Miner』と呼ばれています。
PDF資料によると、「全長13.5m 高さ5.2m 横幅7m」です。
PDF資料に掲載されていた設計図はこちら。
Bulk Miner (破砕機)
破砕機 Bulk Minerのモデルです。
小説には登場しませんが、Nautilus Minerals社の採鉱システムでは、破砕機が基礎眼から掘削した被覆岩(鉱物を含む)をさらに細かく砕く役割があります。
集鉱機 Gathering Machine
本作に登場する『ドーザー型集鉱機』のモデルは下図の通り。
Nautilus Minerals社の採鉱システムでは、『Gathering Machine』、もしくは『Collcting Machine』と呼ばれています。
PDF資料では、「全長8.5m、 横幅7.7m、 高さ6.4m」と設定されています。
水中ポンプと揚鉱管(ライザーパイプ)
重機によって掘削された海底鉱物資源は、集鉱機で集められ、水中ポンプと揚鉱管によって、洋上の支援施設に揚収されます。
PDF資料の164Pあたりに詳しく記載されています。
- Riser Transfer Pipe (フレキシブルホース)
- Subsea Lift Pump (水中リフトポンプ)
- Main Vertical Riser (揚鉱管 ライザーパイプ)
揚収の経路は下図のようなイメージです。
海底面で掘削した鉱物を細かく砕き、集鉱機で集めて、フレキシブルホースを経由で揚鉱管に送られます。
水中ポンプ(Subsea Lift Pump)
水中ポンプのイメージは下図の通り。
リアクターと球体チャンバーが揚鉱管(ライザーパイプ)に環流を作り出し、海底の鉱物を洋上の支援施設に揚収します。本作では、接続ミッションの最後の行程で、有人潜水艇から小型無人機をランチャーし、リアクターの電源を入れる作業が登場します。
詳しくは、 採鉱システムの接続ミッション ~水中ポンプと高電圧リアクターについてをご参照ください。
揚鉱管(Riser Transfer Pipe)
揚収の要となるのが『ライザーパイプ』です。
本作では、一般読者を意識して、「揚鉱管」で統一しています。
商業採掘においては、海底で採取した鉱物を、いかに効率よく洋上施設に回収するかが重要なポイントです。すでに石油リグや深海掘削船で多くの実績があるので、泥漿化(スラリー)した鉱物を洋上の支援施設に揚収するのも、それほど困難ではないそうですが、重機と連携して稼働させるのは難度が高いのではないでしょうか。
(海底で破砕した鉱物は石コロのまま引き揚げるのではなく、細かく砕いて、環流水と混ぜ合わせ、泥水の状態で揚収します)
上記でも紹介したように、水中ポンプから集鉱機に至る部分は掃除機のようなフレキシブルホースになっており、途中で脱落したり、回収物が詰まったりしないよう、様々な工夫がなされています。
ライザーパイプについては、『パイプラックの語らい』でも詳しく紹介しています。
画像は、Nautilus Minerals社の資料に掲載されていたものです。
作業員の大きさと見比べても、非常に大規模なものであることが見て取れます。
本作の揚鉱管(ライザーパイプ)は「泥漿を吸い上げるメインライザー管の直径が36センチ、海水を循環させるインジェクションパイプの直径が18センチ。パイプ一本の長さは20メートル」と設定され、写真ほど大きくはありません。
日本の海底鉱物資源プロジェクト
日本では、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構[JOGMEC]が海底鉱物資源の採掘に向けて、地道に研究開発を続けています。
海洋資源調査船『白嶺(はくれい)』をはじめ、遠隔操作型無人潜水機や掘削装置を投入して、試験採鉱も行なっています。
下記リンクに詳しい解説がありますので、興味のある方はご一読ください。
JOGMEC 海洋鉱物資源の概要 / JOGMECの取り組み
マンガン団塊の採鉱システムについて
Nautilus Minerals社やJOGMECの取り組みでは、「海底熱水鉱床」(地殻活動の活溌な熱水噴出孔の周囲に堆積する鉱物資源)が対象ですが、それよりもっと深い所に存在する「マンガン団塊(Wikiで見る)」の採鉱システムも、昭和の時代からいろいろ考案されています。
形状的には、ジャガイモみたいなマンガン団塊の方が回収しやすいイメージがありますが、多くは数千メートルの大深度に存在する為、数百メートル以浅に存在する熱水鉱床の方が採掘しやすいのでしょう。
成分だけ見れば、まさにマンガンの宝庫で、産業のみならず、人体にも必須のミネラルなので、採掘できれば、ずいぶん助けになるんだろうとは思います。
こちらはマンガン団塊の研究開発を進めるBlue NodulesによるPRビデオ。
掃除機みたいに深海底の表面に転がっている団塊を吸い取るだけなので、熱水鉱床の重機システムに比べてシンプルな印象ですが、数千メートルを揚収するとなれば、ライザーシステムの開発が容易ではないでしょう。
日本語の資料は、海底熱水鉱床 採掘要素技術試験機の開発(三菱重工技報・2013)が参考になります。
【コラム】海底鉱物資源と日本の将来
レアメタルと海底鉱物資源 ~テクノロジーと社会問題でも紹介していますが、「産業のエッセンス」としてのレアメタルは、今後、ますます重要性が高まるにもかかわらず、政治問題や環境保護が複雑に絡んで、安定供給には程遠いのが現実です。
その点、日本は四方を海に囲まれ、政治的にも安定していることから、海底鉱物資源の研究開発には非常に適した環境だと思うのですが、実際に操業するとなると、環境への配慮は必須ですし、漁業や領海への影響も懸念されます。技術的には可能でも、社会的に対応が難しいのは、どこの国も同じかもしれません。
また、人材確保においても、難問山積みです。チリやオーストラリアのように、日常的に大規模な採鉱が行われ、機材のオペレーションにも長けた人材が多数育成されている国と異なり、日本では洋上施設を見たこともなければ、鉱業にも興味がない人が圧倒多数でしょう。
資源産出国のように、当たり前のように鉱業大学や鉱業大臣が存在し、鉱業専門の企業や教育機関も数多く存在する環境に比べれば、最低限のノウハウを身に付けるだけでもハードルが高い気がします。
その分、資源調査や安定供給のための外交を頑張るのが、一番現実に即しているかもしれませんね。
それでも、日本近海で海底鉱物資源の採掘に成功すれば、世界の構図が変わるのは確かで、それこそ未来の救世主になるかもしれません(海水からリチウムを抽出する話もどうなったのでしょう・・)
そうした想いもあって、『海洋小説 MORGENROOD -曙光』を執筆したのですが、いつか、誰かが興味をもって、採鉱システムを実現して下さったら、これほど嬉しいことはありません。
海底鉱物資源、しいては海洋開発について考えることは、日本の未来に思いを馳せることであり、いつまでも世界に誇る海洋国であり続けることを願っています。
【小説】採鉱システムと接続ミッション
海洋小説 MORGENROOD -曙光では、採鉱システムのプロジェクト・リーダーのマードックが潜水艇パイロットのヴァルターに、システムの全容と深海での接続ミッションについて説明します。
ヴァルターは深海調査のベテランで、サンプリングや写真撮影の経験はありますが、水中での機械作業は全く経験がありません。それが主要な任務と知って激怒するまでの過程が描かれています。