無人島に不時着した少年たちは、苛酷な野外生活の中で次第に人間性を失い、逆らう者を処罰するようになる。現代文明との対比が素晴らしく、大人不在の社会の異様さを如実に描く衝撃のドラマ。
作品の概要
あらすじ
アメリカの陸軍幼年学校の生徒たちを乗せた飛行機が南太平洋上に墜落する。
少年らは、負傷した機長と共に、近くの無人島に漂着し、陸軍学校の生徒らしく、秩序をもって困難を乗り切ろうとするが、野生の島で、飢えや暴風雨の恐怖にさらされるうち、次第に理性と秩序を失ってゆく。
最後まで人間らしく生きようとする、リーダー格のラルフとピギー。狩猟派を組織し、力でもって生き延びようとするジャック。
やがて幼い少年らはジャックに付き従い、野生の本能に突き動かされるようになる。
統率力を失ったラルフは、何とか少年たちを人間らしい道に引き戻そうとするが……。
蠅の王(1990年)
原作 : ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』(Lord of the Flies)
監督 : ハリー・フック
主演 : バルサザール・ゲティ(ラルフ)、 クリス・ヒュール(ジャック)
現在、市販のDVDは廃盤になっており、通販では入手不可ですが、U-NEXTで視聴可能です。
少年たちにこれほどの演技を求めた制作サイドの肝っ玉も凄いですが、それに全力で応えた少年たちも凄い。
みな、ちゃんと成長したのだろうか(^_^;
生涯のトラウマになりそうな怪演です。
https://www.video.unext.jp/title/SID0030044
ある意味、純真無垢な少年だからこそ、大人の企図通りに演じることができたんですよね。
それこそ、この作品の本質という気がするのですが、皆さんはいかがですか?
獣性という名の悪魔
前々から興味はあったが、なかなか視聴する機会がなく、素通りすること、十数年。
U-NEXTのお試し期間を利用して、今日、初めて鑑賞した。
感想は『恐ろしい』のひと言に尽きる。
それもスプラッタ的な恐ろしさではなく、鑑賞後、じわじわくる、気味悪さみたいなものだ。
原題は、「Lord of the Flies」。
すなわち、魔王ベルゼブブのこと。
作中でも、狩猟派の少年達が切り落としたブタの頭に無数の蠅がたかる場面が何度も映し出されるが、これぞ魔物の象徴。
少年達は、まるでたがが外れたように暴力的になり、人間性を失っていく。
果たして、彼らは本当に悪魔に取り憑かれたのか。
正解は、人間の中に、獣性と人間性の二面が存在することだろう。
普段、わたしたちは、分別や思いやりによって獣性を制御し、人間性をつなぎ止めているが、一度、たがが外れれば、獣性がむき出しになる。
学校のいじめも同様、最初は皆で様子を窺っているが、一度、たがが外れれば、殴る、蹴る、嫌がらせをする、その凄まじさたるや、ヤクザ顔負けである。
一体、親や教師は何をしているのかと首をかしげたくなるが、それこそ『蠅の王』の世界だ。
「たが」となる大人不在の世界では、子供は獣性をむき出しにして、弱い子供に襲いかかる。
悪魔に魅入られたというよりは、人間とは、本来、そういうものなのだ。
長い年月をかけて、人の世の規律と機微を学び、導かれる中で、獣から人間へと成長する。
教えられない子供は獣人のまま、規律も思いやりもあったものではない。
本作では、最後まで人間らしさを保とうとするリーダー格のラルフと、野生の力によって生き延びようとするジャックとの対比が強調して描かれる。
だが、獣人と化すジャックも、ジャックに引きずられるように狩猟派に寝返る年少者も、最初は陸軍学校の生徒らしく、規律に従おうとしていたのだ。
しかし、野獣が咆哮する無人島で、規律や思いやりなど、何の役にも立たないことを子ども心に悟ったのだろう。
幼い少年たちは、学級委員のようなラルフよりも、槍一つで野生の豚(イノシシ)を仕留め、仲間に焼き肉を振る舞うジャックに従うようになる。
だが、野生においては、それが正解なのだ。
我々の祖先も、そうして生き延びてきた。
そうでなければ、鋭い牙も爪も持たない人類など、到底、生存することはできなかっただろう。
だが、文明の発達とともに、人類は最強の生物となり、現代社会においては、狩猟よりも共同作業、筋肉よりも知識と技術の方が重宝される。
もはや野獣を一撃で倒すような剛力は、以前ほど必要とされず、それよりも、愛と知性で万人を導く人間の方がはるかに尊敬される。
ラルフはまさにそちら側の人間で、野生の島でも、愛と知性を貫こうとするが、ここは都会ではなく、一度のハリケーンで、住まいも焚き火も跡形もなく吹き飛ばされる地獄である。
自分たちが必死で築き上げたものが、一夜で潰える野生を目の当たりにして、幼い少年たちが「ジャックこそ、自分たちを導く救世主」と崇め、従ったのも、頷ける話である。
だからといって、皆が皆、生命の危機に瀕したら、野性に返るわけではなく、戦争や災害の最中にあっても、市民の多くが人間性を維持できるのは、ひとえに教育の賜であろう。
被災地の救援所でも、市民が一列に並んで順番待ちする姿が立派だと報じられるが、幼い頃から、「盗め、疑え」と教えられるような環境であれば、たちまち略奪が始まり、支援施設も地獄絵と化すはずだ。
本作では、本来、少年達の規範となるべき「大人の機長」が頭部に重傷を負い、指導力を失ってしまう。
もはや正常な判断もできず、少年たちの心の慰めにもならないような大人は、あっという間に少年たちから見捨てられ、惨めな最後を迎える。
それはさながら、大人不在の子供社会を象徴するかのようだ。
重傷の機長や、真面目なラルフを、少年たちが無視し始めたように、現代においても、影響力をなくした大人を尻目に、子供たちは身勝手な振舞をするようになっている。
もう一度、こちらに振り向かせようとしても、一度、権威を失墜した大人は、二度と顧みられることはなく、獣人と化した少年たちにとっては、無益なボロに過ぎない。
本作における最大の悲劇は、無人島に漂着したことではなく、大人不在の世界に置き去りにされたことであり、それは現代の学校や地域も同じではないだろうか。
ちなみに最後は意外な終わり方をする。
ハッピーエンドといえば、ハッピーエンドだが、手放しで喜べないのは、少年たちの為す様があまりに生々しいからだろう。
あるいは、こういう子供だちだからこそ、過去のことはけろっと忘れて、すんなり現代社会に戻っていくのかもしれないが(それはそれで、怖い)
それにしても、ラストシーンの、現代文明 VS 原始の対比は凄まじすぎる。
「お前たち、何をやってるんだ?」のひと言が、これほど重い作品もまたとない。
当分、豚肉が食べられなくなる、不気味ながらも奥の深い異色作である。
蠅の王〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)
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