どうすれば「いい子」に育つのか。
これって、親にとっては、永遠のテーマでしょうね。
ところで、「いい子」か、そうでないかは、誰が決めるのでしょう。
親ですか。
他人ですか。
親ならたいてい、自分の子は、「いい子」だと思ってるでしょうし。
……となると、私たちが、「いい子」という言葉を口にする時、そこには、「他人も認めるいい子」というニュアンスが含まれているのではないか、と思います。
自分一人が「いい子」と思っていても、他人様はそうは思ってない――そのような場合は、「親バカ」ってことになってしまいますものねえ。
「いい子」。
その対義語は、「悪い子」。
じゃ、「いい子」の枠内に入れなかった子は、「悪い子」で、親も子もダメってことなんでしょうか。
それも変ですよね。
毎日を自分らしく生きているだけなのに、上から、「いい」だの「悪い」だのって、評価されている子どもは、本当に気の毒です。
雲の上の神様だって、そんな意地の悪い見方はなさらないですよ。
神様は、ひたすら、人間を信じ、愛して下さる。
親もそれでいいんじゃないかと思います。
親が我が子を信じてやらなかったら、誰が我が子を信じてくれるんですか?
「いい」とか「悪い」とかじゃなくて、子どもは子ども、我が子は我が子です。
本当に、ありのままを愛していたら、「いい」とか「悪い」とかって言葉は出てこないと思うんですけど。
でも、親って、「いい子」という言葉に弱いんですよね。
欲があるからでしょうね。