萩尾望都の『半神』
あらすじ
萩尾望都の名作『半神』は、腰と腰がくっついた、シャムの双子の物語だ。
一人は天使のように美しい妹のユーシー。
もう一人は、天使のように美しい妹に全ての栄養を吸い取られて、カビカビのお婆さんみたいになってしまったユージーだ。
しかし、知能においてはユージーの方がはるかに優り、無知で赤ん坊のようなユーシーを傍らでずっと世話しなければならない。
姉のユージーがいなければ、妹のユーシーはまともに食事することもできず、まるで顔だけが取り柄の人形のようだった。
にもかかわらず、周囲の関心や愛情やユーシー一人に注がれ、ユージーはいつも貧乏くじ。
何をしても美しい妹と比べられ、ユージーには居場所がない。
だから、ユージーは決して表に出さないが、心の奥底にはこんな苦悩を抱えている。
わたしは一生 こういう目にあうのか
一生 妹への褒め言葉を聞き
妹をかかえて歩き 妹にじゃまされ
一生 このいらだちとともにすごすのか
いっそ妹を殺したい
私の不幸はそれほど深い
そんなユージーの苦悩も、13才になったある日、ついに終わりを告げる。
ドクターが二人の分離手術を申し出たのだ。
このままだと栄養が十分に行き渡らず、二人とも死んでしまう。
今のうちに切り離せば、どちらか一人は生き残るだろうという判断だった。
大手術の後、ユージーとユーシーはついに切り離され、ユージーは徐々に体力を取り戻していく。
だが、元々身体の弱かったユーシーは、まるで花が萎れるように、どんどん痩せ細っていく。
その姿は、かつての自分自身を見るようであった。
やがてユーシーは息を引き取り、ユージーは一人の女性として幸せな暮らしを手に入れる。
だが、時折、ユーシーの顔がまぶたに浮かび、悲しい気持ちになるのだった。
半神 (1984年) 小学館『プチフラワー』に掲載。
自分より美しい妹 ~半身が神である理由
ユージーの葛藤は、年の近い姉妹、あるいは、容姿や能力に優れた友人がいれば、大なり小なり経験する気持ちではないだろうか。
どれほど相手と親しくても、常に容姿や能力で比較されれば、心が傷つくし、妬みもする。
ユージーのように、「あんな子、いなくなればいいのに」と思う人も少なくないだろう。
だが、それは決して呪いの気持ではなく、自分という存在が他者によって押し潰されていく、切実な心の叫びだ。
相手と近ければ近いほど、負の感情は自分自身に向かうし、心が高潔であればこそ、負の感情に苦しみもする。
ユージーも、大きな声で、、「私を見て! こんなに頑張ってるのに、どうして皆はユーシーばかり贔屓するの?」と言えたら、周りとの関係も違っていただろうに、本音を口にするには、余りに聡明で、責任感の強い子供だった。
耐えて、堪えて、必死に自分に言い聞かせ、ユーシーの面倒を見るけれど、ユージーの不満は相手の死を願うほど心の中で膨らんでいく。
やがて分離手術に成功し、ユージーは念願かなってユーシーから切り離されるが、ユーシーはまるで光と影が入れ替わるように痩せ衰え、彼女の目の前からいなくなる。
その時、初めて気づくのだ。
憎しみの対象が目の前から消え去っても、負の感情はなくならないということを。
人は誰しも影のような半身を持っている。
それは決して自分から切り離せない、心の一部だ。
ならば、影を道連れに、前を向いて生きていこう。
それもまた、愛すべき自分自身であり、切っても切り離せない妹みたいな存在だからだ。
ユーシーの肉体は失われたが、ユージーの面影は、いつまでも心の中で生き続ける。
ユージーの人生を導く,影の『半神』として。
萩尾望都のお気に入りコミック
萩尾さんの凄いところは、短編でも、長編でも、そこに一つの宇宙が誕生する、という点だ。
同業者でも神のように崇める人が居るのも頷ける話。
竹宮恵子、山岸凉子と三人合わせて、ファンタジー漫画の三位一体という感じ。
池田理代子は才人、青池保子は職人、という位置づけです。
11人いる !
これも傑作中の傑作。
ハリウッドで映画化すれば脚本賞取れるんじゃないか。
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宇宙大学の入学試験で、最終テストは、外部との接触を断たれた宇宙船『白』号で、53日間、生き延びることだった。
1チームの定員は、10人。
ところが、宇宙船には、11人いた。
さまざまな星系から、それぞれの文化を背負ってやって来た11人の受験生が、様々なトラブルを乗り越え、生きる力と友情を育む、SF漫画の傑作。
ちなみに、「11人目」とは、「宇宙では想定外の出来事が起こり得る」の象徴で、どんなハプニングが起きても、冷静に対処し、全員が生き抜く事が最重要との喩えである。
ウは宇宙船のウ
世界広しといえど、レイ・ブラッドベリの世界を完璧に視覚化できるのは萩尾さんぐらいではないかと重う。
詩のように抒情的なストーリーに、命の儚さや人の淋しさが織り込まれ、宇宙を旅するような感動に包まれる。
原作は、ブラッドベリの同名小説「ウは宇宙船のウ【新版】 (創元SF文庫)
ちなみに、私のお気に入りは、「宇宙船のパイロットである夫が、もし星の彼方で死んだら、夜空を見るのがきっと辛くなる……という母の元に届いたのは、船が太陽に落ちたという訃報。それから母と僕の生活は──」という短編。
A-A’(エー、エーダッシュ)
一角獣種(といっても頭に角があるわけではなく頭に盛り上がった部分があり、そこの髪が赤い)のヒロイン、アディ(A)は未開の惑星プロキシマの研究中に事故死し、そのクローン(A’)が再生されてコンピューター・プロデュースの仕事を続行する。
アディのオリジナル(A)に恋していたレグは、クローンのアディ(A’)にオリジナルに対するような愛情を抱けない、
いや、抱いているのかもしれないが、レグとの記憶を持ち合わせないAダッシュともう一度恋人の関係を築くのは不可能だった。
クローン羊ドリーの誕生や、理論的に人のクローンを作ることが可能となってしまった現在、科学が抱える問題を視覚化すると言う野心的な作品だが、なんといっても萩尾望都が一番描きたかったのは、恋の不思議だろう。
何度生まれ変わっても、君に恋をする的な展開がよい。
※ ポーの一族はあまりに有名すぎて、紹介するまでもない。
一子相伝の北斗神拳の伝承者をめぐって三兄弟が死闘を繰り広げる。老王アサムと三兄弟のエピソード、「兄より優れた弟なんて」と嫉妬するジャギは特に印象的。「きょうだい」をテーマにしたコラムです。