映画『デーヴ』とシガーニー・ウィーバー
大統領の物真似が得意なコメディアンのデーヴは、愛人と情事の最中に脳卒中を起こしたミッチェル大統領の替え玉としてホワイトハウスに雇われる。美しいファースト・レディのエレンの目を欺き、閣僚たちも巻き込んで、デーヴはたちまち米国の人気者となるが、後がまを狙う大統領特別補佐官ランジェラはこれを快く思わず、途中で引きずり下ろす策略を練る。
やがてエレンと深く心を通わすようになったデーヴは、全てを打ち明け、元に戻そうとするが、とんでもない事件が発覚する。
果たしてデーヴは本物の大統領と入れ替わり、事態を収拾することができるのか……。
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本作の見どころは、20世紀の戦う女の象徴だったシガニー・ウィーバーが知的でエレガントなファーストレディをそつなく演じている点。
21世紀のファーストレディのローモデルがシャーリーズ・セロンなら、シガニーは伝統的な大統領夫人という感じ。
(参考: 男女平等より、愛が大事 冴えないジャーナリストと大統領候補のロマンスを描く 映画『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』)
膝丈スカートがシガニーの真っ直ぐな脚にぴたりと似合って、気品あふれるファッションも一見の価値あり。
特に、スカートの裾からちらりと見えるレースの下着は、シガニーだからこそ、美しく映えると思います。
■ 映画情報
デーヴ(1993年) -Dave
監督 : アイヴァン・ライトマン
主演 : ケヴィン・クライン(デーヴ / ミッチェル大統領)、シガニー・ウィーバー(大統領夫人エレン)、フランク・ランジェラ(ボブ・アレグザンダー大統領特別補佐官)
↓ 私もDVD版を所有していますが、ブルーレイ版も持つ価値ありと思います。
吹替えも上手いし、ラストのワンシーンまで手が込んでいて、最後に「あ~!!」となるのが本作の最大の魅力かも。
デーヴ [Blu-ray]
【コラム】 政治と良心 ~全ての人に仕事を!
本作は、デーヴとエレンの心の交流だけに注目しがちだが、作品の根底には大きなテーマが二つある。
一つは、行動すること。
もう一つは、政治のあるべき姿だ。
どんな高い志も、実践しなければ意味がないし、行動したからといって、全てが上手くいくとは限らない。
万人の支持を得るには、『良心』が不可欠で、どれ巧みな策を弄そうと、いつかは地に落ちるのではないだろうか。
本物を演じるうちに、すっかりその気になったデーヴは、最後にこう演説する。
「大統領は国民の雇われ者だ。大統領が執務室で元気に仕事をしていると思えばこそ、国民も安心して暮らすことができる」
当たり前のことだが、政治とは富を分配する機能であり、政治家が国民を”食わせてやっている”わけではない。
それを「雇われ者」という言葉で表した点に、制作者の強い意図を感じる。
日本では、先生、先生と持ち上げられるうちに勘違いして、ただの口利きみたいになっている政治家も少なくないだろう。
では、どのように分配すればいいのか。
本作では、一つの回答として、「すべての人に仕事を」と提案している。
確かに、人ひとり雇うことは、資本にとっては負担だ。
できることなら、複数の働き手が必要な業務を合理化し、一人で事足りるようにしたい。
だが、合理化を徹底すれうば、人間の職場はどんどん失われ、町に失業者が溢れる。
そこで、意図的に雇用を作り出すことが、非常に重要なわけだ。
かといって、企業に全てを押しつけては、肝心の利益追求がおろそかになるので、政府もある程度は支援する。
たとえば、「障がい者を積極的に雇用すれば、給金のいくらかを公的基金が負担する」「就業に必要な職業訓練を公的機関で補助する」、といったことだ。
『人は労働を通して社会的存在になる カール・マルクスの哲学』にも書いているように、労働の全てが苦役というわけではない。
正当に評価され、各人の能力が社会に還元されれば、個々の健康や多幸感に繋がる。
それは国民の希望となって、事業や国家のさらなる発展に繋がっていくだろう。
だから、小手先の給付金や割引制度より、「すべての人に仕事を! 人間らしい暮らしを!」が救国の策となるわけである。
結果的に、デーヴは大統領の代役から退き、元いた場所に帰っていくが、大統領として過ごした経験は彼の人生を大きく変えた。
そして、自分自身も、新たな一歩を踏み出し始める。
その時には、幸運の女神であるエレンが傍らでしっかりサポートしてくれるだろう。
エレンが二度目のファーストレディになる日も近いかもしれない。
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フランク・ランジェラはこちらの作品で主演し、アカデミー賞を受賞しています。
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昨今の政治ドラマは、女性がキーキーと権利を主張したり、人種差別や階級差別にフォーカスしたものが多く、見ていて疲れることしきりです。ハリウッドも、もう一度、『デーヴ』のようにコミカルで、ハートウォームで、それでいて社会に大切なことをきっちり伝える、良心的なドラマに立ち返って欲しいです。あるいは、この頃は、それだけ人と社会に余裕があったのかもしれませんが。時の流れを感じます。
初稿 2010年5月21日