ベルばらには、しばしば『ショコラ』が登場します。
わけても有名なのが、アンドレがジェローデルの顔にショコラをぶっかけ、「そのショコラが熱くなかったことを幸いに思え!」という捨て台詞を吐いて立ち去る場面でしょう。
ベルサイユのばら・第6巻『燃えあがる革命の火』では、にわかにオスカルの結婚話が持ち上がります。
フランスの不穏な未来を感じ取った両親――とりわけ、父であるレニエ・ジャルジェ将軍は、娘の幸福を思い、人物、家柄ともに一流のジェローデルとの結婚話を進めます。
しかし、この結婚話に一番ショックを受けたのは、オスカルよりも、彼女を熱烈に愛するアンドレでした。
アンドレはオスカルの部屋に熱いショコラを運ぶ途中、婚約者として屋敷に出入りを許されたジェローデルト廊下でばったり出くわします。
「俺の役目は終わった。これからはあなたが……」と身を引こうとするアンドレに対し、ジェローデル巷巷で大流行の小説『ヌーベル・エロイーズ』について語って聞かせます。
ヌーベル・エロイーズは、大貴族の令嬢が、従僕との身分違いの恋に苦しみ、最後は天国で結ばれることを願って息を引き取る物語です。
ジェローデルは、ヌーベル・エロイーズの従僕を引き合いに出し、「妻を慕う召使いを、妻の側に付けてやるくらいの寛容さは持ち合わせています」とアンドレに持ちかけます。
しかし、アンドレは侮辱に感じ、ジェローデルの顔にショコラをぶっかけ、「そのショコラが熱くなかったことを幸いに思え」と捨て台詞を吐いて、その場を立ち去ります。
その後、ジェローデルが、高級なレースのハンカチ(?)で顔をふきふきするリアクションが何とも雅やかで、ファンにとっては忘れられないワンシーンと言えましょう。
その他にも、オスカルがショコラを嗜む場面はいくつかあり、当時、小学生だった私には非常に高価で、ミステリアスな飲み物に感じられました。
多分、「ココアみたいな飲み物」と分かってはいましたが、ネットもない時代ですから、確かな情報を持っている人など周りにはおりません。
まして、当時は「1ドル=360円」みたいな驚異の円安で、欧州ははるか遠い夢の世界。
ショコラに対する憧れだけが膨らんでいったのです。
そんなある日、知人が教えてくれました。
「ショコラというのは、チョコレートを溶かしたものなんや。フランス人は毎日飲んでるらしいで」
それなら一度、手作りしてみようと思い立ち、市販の板チョコをティーカップに入れて、熱湯を注いで、溶かしたことがありました。
なるほど、カレーのようにどろりとした流動体になり、ココアのような香りがしましたが、味は最悪。
甘くないし、飲めないし。
本物のチョコレートは、もっとたくさんのチョコレートを使うのだろうと思い、手作りショコラは諦めた次第です。
それから二十年後。
念願叶って、パリを訪れた時、オープンカフェで本物のショコラを味わう機会に恵まれました。
それはいたって「普通のココア」でした。
チョコレートの欠片は、どこにも見当たりませんでした。
それでも、本場パリで、オスカル様も嗜んでいた『ショコラ』を味わったのは、人生のいい思い出です。
知らないからこそ、想像たくましく、何年でも夢見る事ができました。
IT全盛期、ちょっと調べたら、写真でも、レシピでも、簡単に見つかって、画像だけで満足してしまう時代なら、そんなにまでショコラにもパリにも憧れなかったかもしれません。
ベルばらには、ショコラ以外にも、「アントルメ」「ダマスク織り」「カルタの会」「朗読係」など、何それ? 美味しいの? みたいな用語がたくさんありました。
「アンシャン・レジーム」や「シトワイヤン」もベルばらで学びましたね。
当時の小中学生がやたらフランス革命史に詳しく、社会科の先生も舌を巻いた逸話も頷ける話です。
ちなみに、最後まで謎だったのがオスカル様の食卓に並ぶ「ゼリー」です。
当時は、粉末を熱湯で溶いて作る、「ハウスのフルーツゼリー」しか知りませんでしたから、「毎食、おやつのゼリーが付いていいなあ。当時は冷蔵庫なんて無いだろうに、井戸で冷やしてたのかなぁ」とか、いろいろ思い巡らせていました。
今ではそれが何か知っています。
ベルばらが開いてくれた知的好奇心の旅は計り知れません。
ベルばらのトリビア
こちらはポーランド版ショコラ、『Czekolada Pitna』(飲むチョコレート)、もしくは『gorąca czekolada』(熱いチョコレート)と呼ばれています。
「飲むチョコレート」と言えば、「チョコレートを湯煎して溶かす」というイメージがありますが、本物のホットチョコレートは、バター、小麦粉、砂糖、牛乳を混ぜ合わせ、ホワイトルーの状態にしてから、カカオ濃度の高いダークチョコレートを加えます。
甘いものが好きな方には「美味しそう!」と思うかもしれませんが、そうでない人は、「濃すぎ+甘すぎ」で、到底飲みきれません。
カフェもたくさんありますが、私は絶対に注文しないです😅
こちらは、パリ式ホットチョコレートの作り方。
バターは入れませんが、濃厚クリーム+砂糖で、やはり私には無理です。
世の中には、甘いものが苦手な人もいるんですよぉ~
鶏肉のゼリー寄せ
オスカル様の食卓にも並んだゼリー寄せ。
本場の作り方は、鶏の足からスープを煮出し、にんじん、グリーンピース、鶏肉などをあわせて、ゼラチンで固めます。
ワンカップでも、非常に贅沢な料理だという事が分かりますね。インスタントのゼラチンも、ブイヨンも無い時代です。
コミックの案内
オスカルの結婚話と、ショコラぶっかけエピソードは、第6巻に収録されています。
ベルばらの扉絵は美しいものがたくさんありますが、オスカルに関しては、この絵が一番いいですね。
こちらがオリジナルの扉絵。
6巻あたりから、オスカルの顔が大人の女っぽっくなり、いよいよ物語も佳境でした。
不穏な世の中と、オスカルの揺れる心情が重なり合い、読み応えのある巻に仕上がっています。