馬が草など食べている。そのむこうに一艘の船が見える。それは馬がこの島へ来るとき乗った船で、いずれ帰るときにも乗る船だ。
もともとひとりぽっちの馬ではない。
ほかの馬との付き合いが大好きだから、こうしてひとりでいると退屈でたまらない。
何か、ほかの馬の役に立つことをしたいと馬は思う。
≪中略≫
そこで草を食べ食べ、大計画を立てる。
その大計画とはこうだ。
仲間のところへ帰って、みんなに言う。
「これは変わらなきゃいけない ・・≪中略≫・・ ぼくらのくらしが変わらなきゃいけない。ぼくらのくらしはあんまり惨めだ。ぼくらはあんまり不仕合わせだ。こんな有様が長続きするはずがない」
けれども、常日頃おいしいものを食べている肥った馬たち。人間のお偉方の霊柩車や王様の四輪馬車を引っ張り、頭に大きな藁の飾りをつけている馬たちは、この馬の話を邪魔して言うだろう。
「お前、何がそんなに不満なんだ。馬は≪人間に仕える動物のなかでもっとも高貴なもの≫だと言うじゃないか。お前はそうじゃないのかい」
そう言って、からかうだろう。
≪中略≫
けれども、今この島でじっくり考えている馬は、声を張りあげるだろう。
「人間はぼくらに山ほど贈り物をくれた。でもあんまり気前がよすぎるとは思わないか。 ≪中略≫ ぼくはもうまっぴらだ。人間から預かっている宝物は、もうそろそろ引き取ってもらったらどうだろう……馬小屋や、騎兵隊の兵舎や、屠殺場や、競馬場や、桜肉屋の壁にまで、人間は大まじめに大きな文字で<動物愛護>なんて書いているが、あれはどう考えてもぼくら馬にたいする侮辱じゃないか。きみたちはそう思わないのか!」
すると、荷車を引っ張る馬たちはみんな納得して、みんなで人間たちに面会を申し込み、大声でこう言うだろう。
馬たち
但し、それはあんた方へのサービスなのだから、ぼくらにもサービスを返してもらわなければ困る。
その点をはっきりさせておこうい。
ときどきあんた方は死んだぼくらを食べるが、それはべつにかまわない。それがあんた方の好みなのだから。
好みもさまざまだが、ときどきあんた方はぼくらを殴る。
これは二度と繰り返されてはならない」
「それから、ぼくらは毎日、燕麦を食べたい。
毎日おいしい水を飲みたい。
それから休みの日が欲しいし、何よりもまず、ぼくらを尊敬すること。
ぼくらは馬であって、牛ではないのだ」
「今後、一度殴った人間は(馬に)噛みつかれるだろう。二度殴った人間は殺されるだろう。以上終わり」
ここで人間は、自分たちのやり方がひどすぎたことを悟って、もっと道理をわきまえるようになるだろう。
いつの日か、きっとこうなるに違いない。
いろんな場面を空想して、馬はにっこりする。
唄のかわりに馬は叫ぶ。
「自由ばんざい」
ほかの島で、ほかの馬たちがその声を聞き、自分たちも力いっぱい叫ぶ。
「自由ばんざい」
島々に住む人間たち、大陸に住む人間たちも、みんなその声を聞いて、あれは何だろうと訝るが、すぐ安心し、肩をすくめて言う。
「なんでもない。馬のいななきだ」
馬たちが計画していることなど夢にも知らないで。
ジャック・プレヴェール 『島の馬』
一頭の馬のいななきが、万の馬に響いたかどうかは分からない。
それは孤独な馬の一人語りかもしれないし、暇な馬の夢想かもしれない。
だが、もしかしたら、万の馬の心を動かし、馬の革命に発展するかもしれない。
離れ小島の、一匹の馬の思い付きも、万の馬が行動すれば、人間社会だってひっくり返るだろう。
黄色いベストが「馬」とは言わないが、そう感じていた人も多いはず。
『何よりもまず、ぼくらを尊敬すること』
政治における優先順位は、人間の尊厳の問題でもある。
書類の上の増税も、ある人にとっては、侮辱や疎外に感じるだろう。
貧乏人は、欲しいものが手に入らない苦しみよりも、社会の下層で虐げられる苦痛の方がはるかに強いのだ。
ジレ・ジョーヌを着た幾千万の馬たちは、プレヴェールの詩の通り、政府が道理をわきまえるまでデモを繰り返し、大統領の退陣まで続くのか。
あるいは、社会の底が抜けるまで。
一人ではか弱い馬も、百万頭が一つにまとまって駆け出せば、巨人も簡単になぎ倒す。
社会が分断するから、混乱するのではない。
混乱させる為に、社会を分断する。
民衆を弱体化させる最善の方法は、世代や所得や肩書きで細分化し、互いに争わせることなんだよ。
By Obier – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, Link