前に河合隼雄さんの本で読んだ。
真っ暗な夜の海で遭難した釣り人たちが、 なんとか生き延びる道を探そうと、手持ちの明かりをあちこちにかざして見た。
ところが、なけなしの光はすべて闇に吸い込まれて、 自分たちがどの辺りにいるかという検討さえつかなくなってしまった。
そこで明かりを一斉に消してみた。
すると闇の彼方にぼんやりと灯台の明かりが見えてきた――
という話である。
「なまじ生き残る術が有ると、それにしがみつき、 かえって方向を見失うものかもしれない」と河合氏は書いていた。
私もそう思う。
同じ花を探すにしても、森の中で探すよりは、 砂漠のど真ん中に立って探した方が見つけやすい。
いっそ何もかもキレイに無くなった方が、建物も立て直しやすいのと同じでね。
今はまだ感情が先に立っているから、広く、冷静に物事が見えないけれど、 夏になって、全部振り出しに戻れば、また違う局面が見えてくるだろう。
とにもかくにも、『何を第一にとるか』が問題だ。
そしてその『第一』が、今後十年の方向を決める(と、思う)。
何を選ぶにしても、「自分の心に忠実に」。
「前に読んだ本」というのは、確かこの本だったと思う。
今はもう手元にないけれど、河合先生の優しさと人間に対する洞察力が非常によく表れた作品だったと記憶する。
各章の目次タイトルは、「人のこころなどわかるはずがない」、「危機の際には生地がでてくる」「『理解ある親』をもつ子はたまらない」、「心の支えがたましいの重荷になる」など格言風に小気味よくまとめてあり、著者の専門家としての豊富な経験から調合された薬効ある文章が読者に語りかける。
河合先生が亡くなられたのは本当に淋しいことだ。
初稿:99/05/26 メールマガジン 【 Clair de Lune 】 より