あぶさんとの出会い ~エロ本の間で見つけた単行本
子供の頃、夏になると、山の麓にある親族の家に1週間ほど滞在するのが楽しみでした。
京都の町中では決して体験できない、山村の生活と海遊び。
五右衛門風呂に風穴洞。
巨大な鶏舎にトウモロコシ畑。
都会育ちの私にとっては、まさに自然がいっぱいのワンダーランドで、遠くから聞こえるミンミンゼミの鳴き声さえ新鮮に感じたものです。
そんな親族宅にあった、秘密の間。
二畳ほどの小部屋に、少年誌とエッチな男性誌がうずたかく積み上げられ、子供が入室することは固く禁じられていました。
が、「入るな」と言われると、入りたくなるのが子供心。
祖父母や両親の目を盗んでは、姉と二人で忍び入り、読書三昧。
少年マガジンや少年チャンピオンといった少年誌はもとより、裸のお姉さんが大股開きしている雑誌も手に取っては、「すげーわ」と貪るよう読み耽ったものです。部屋の外に親の気配を感じたら、すぐさま少年チャンピオンに切り替える高等テクニックも身に付きました。
そんな小学校五年生の夏の日。
山積みになった雑誌の中から、たまたま目に留まったのが、水島新司の『あぶさん』です。
ビッグコミックの分厚い単行本で、タイトルは『母子酒』
主人公の「あぶさん」こと景浦安武は、「代打屋」「一発屋」と言われる、南海ホークスのピンチヒッター。
無双の大酒飲みで、野村克也監督も一目おくような強肩とバッティングセンスの持ち主です。
しかし、大酒飲みでスタミナがない為、九回をフル出場することができず、チームがピンチの時だけバッターボックスに立つ「代打屋」が専門。
野村監督をして、「こと一打席にかけちゃ、本物のバッターは、日本一の四番打者やで」と言わしめるほどの強打者で、チームの勝利に貢献します。
そんな『あぶさん』のトレードマークは、「物干し竿」と呼ばれる丈の長いバットと、打席に入る前、バットのグリップに「ぶふぉ」と酒しぶきを吹きかける縁起担ぎの儀式。
何より、お酒を飲んだ後の「うまい!」という爽快な笑顔が印象的です。
マンガながら、「こんな素敵な男性が世の中にいるのかしら」と一目惚れ。
それから毎月一冊ずつコミックを買い続け、コレクションは、いつの間にか20冊をこえました。
毎日のように読み返しては、「あぶさんって、素敵❤」と見惚れていたのです。
が、しかし。
そんな『あぶさん萌え』も、突然、終わりを迎えました。
六畳一間、男一人暮らしのあぶさんが、「ついに」というか、「とうとう」というか、飲み屋の娘・さっちゃんと結婚してしまったのです。
その前に、トーク番組『徹子の部屋』で、司会の黒柳徹子の「いつか、あぶさんも結婚するのですか?」という質問に、水島新司先生が「ええ、結婚する時は、さっちゃんと」と明言されていたので、(いつかは)と覚悟していましたが、本当にその場面が訪れるとは想わなかった(というより、思いたくなかった)だけに、目玉が落ちるようなショックを受けて、ついに読むのを止めてしまったんですね。ここが女性ファンの怖い所です、漫画家先生。
とはいえ、『あぶさん』に教わったことは数知れず。
「仕事に差し支えるような酒の飲み方はするな」
「酒を飲むなら、美味しい酒を飲め」
これらの訓戒は、18歳未満の私の心にも響くものがありました。
『あぶさん』が美味しそうにお酒を飲む度に、「私もお酒に強くなろう。どうせなら、あぶさんみたいな『いい酒飲み』になりたい」と強く願ってきました。
そして、晴れてお酒が解禁となり、浴びるように飲むようになっても、『あぶさん』の言葉を決して忘れることはなかったのです。
今でも「一緒に飲んでて、楽しい」と言われるのが何よりも嬉しい。
『あぶさん』に憧れていた私には、最高の褒め言葉です。
海外に移り住んでからは、日本酒を飲む機会もめっきり減り、ウォッカとワインがメインですが、今でも『あぶさん』に教わった升酒を忘れることはありません。
升の隅っこに盛り塩して、冷酒をぎゅーっと一気に飲むのが美味しいんですよね。
本物の酒飲みは、伯方の塩だけを肴に楽しめるんですよ。ジュース割も刺身も要らない。
いつかまた日本に帰ったら、越乃寒梅で升酒するのが夢です。
あぶさんの故郷は新潟なので、やっぱり新潟のお酒が好きになりました。
*
そんなあぶさんも、マンガの中では62歳。
ついに現役引退とのこと。
お疲れさま。
そして、ありがとう。
あなたのおかげで、私は「いい酒飲み」になった……と思います。
★ニュース元 http://www.daily.co.jp(ニュースURLは削除されています)
37年間のプロ野球選手生活にピリオド-。水島新司さん(70)の人気野球漫画「あぶさん」の主人公、あぶさんこと景浦安武選手が5日発売の漫画誌「ビッグコミックオリジナル」(小学館、10月20日号)の中で現役を引退することが3日分かった。作品の連載は続けられる。同号に掲載されるのは「さようなら90番」というタイトルの第873話。プロ野球福岡ソフトバンクホークスに所属する62歳のあぶさんがレギュラーシーズン最終戦に出場し、試合後、ファンに引退のあいさつをする-というストーリー。
作品は1973年連載開始。実在のプロ野球選手や監督らを登場させながら、あぶさんの活躍を描く物語で、現在までに単行本94巻、2千万部が刊行された。今年3月、作品中で今季限りの現役引退を予告していた。
小学館は「引退後のあぶさんの活動に期待してほしい」とコメント。水島さんも「あぶさんの人生はこれからです」と話しているという。
初稿 2009年10月4日
母子酒と『あぶさん』のあだ名の由来
表題の「母子酒」は、あぶさんの実母(今は再婚して、他に所帯を持っている)が、いきつけの飲み屋『大虎』にひょっこり現れるが、結局、行き違いになる物語です。
「さっき、そこに座っていた女の人も、銘酒『立山』を浴びるように飲んでいったわよ」という、さっちゃんの一言で、それが自分の母親であることに気付きますが、「今から追いかけていっても、特急立山に間に合わん」と母が使っていた大桝で『立山』を一気飲みする、というオチ。
あぶさんほど美味そうに酒を飲む男はいない──という周囲の言葉通り、あぶさんの飲みっぷりは本当に惚れ惚れします。
それが仕事=バッティングに絶対に響かない、という点が最高に好きでした。
「あぶさん」の名前の由来は、19世紀ヨーロッパで「緑の妖精」と呼ばれ、多くの中毒患者(?)を出した、度数70パーセントの『アプサント』。
アプサントに溺れた芸術家の一人に、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホがいます。映画『太陽と月に背いて』では、詩人のポール・ヴェルレーヌと若きランボーがアプサントに耽る姿が描かれていました。
アプサントの愛称でもある「グリーンフェアリー」は、ニコール・キッドマン主演、バズ・ラーマン監督の現代ミュージカル映画『ムーラン・ルージュ 』にも登場します。
スプーンの上に角砂糖をのせ、酒を滴らせながら飲むのが通。私も一度、やってみたい。
画像:The history of absinthe and five examples to try
和製ソルティドッグ 『升酒』を飲もう
日本酒の最高に美味しい飲み方といえば、『升酒』に限ります。
小ぶりの白いお皿に升をのせ、よく冷やした酒をなみなみと注ぎ、升の角にひとつまみの粗塩(岩塩)を盛って、ずずず~っといただく。
和製ソルティドッグです。
こちらに升酒の飲み方が掲載されています。
升酒の飲み方&塩をつまみに飲む作法とは? (SAKERU)
この飲み方も「あぶさん」に教わりました。
あぶさんが、南海電車で居合わせた飲んだくれのおじいさん。
居酒屋に誘うと、おじいさんは塩と升酒だけを注文。
店のオヤジが「他に肴は?」と聞くと、「アホッ! 美味い酒に肴などいらん」(確かそんな返事だった)
日本酒がなみなみと注がれた升にたっぷり盛り塩して、ずずず~~っと飲み干します。
それを見たあぶさんが、「この人は本当の酒好きだ」と納得。
「そうか、本物の酒好きは粗塩だけで飲むんだ」と子供心に学んだ私が、升酒を実践するようになったのは20代後半になってから。
なぜか私の周りにも日本酒大好きの女の子が多かったので(類は友を呼ぶ)、よく居酒屋に出掛けては、升酒しましたわ。
「おじさん、塩! 塩、持って来て!」とまさにあぶさんの世界。
「お姉さん、よう飲むなあ、あんた、ホンマもんの酒好きやな」
と言われたこともありましたわ。
そりゃ、「あぶさん」読んで、筋金入りですからネ。