中国の台頭と移民社会の未来を描く 映画『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』

80年代、21世紀の中国台頭について予見していたマイケル・チミノ監督のアクション映画。ニューヨークのチャイナタウンを舞台に昇竜の如く勢力を伸ばすチャイニーズ・マフィアとNY市警の死闘を描く。コラム「移民社会は国家より強し」と併せて。

この記事は最後までネタバレします。未見の方はご注意下さい。

目次 🏃

映画『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』 あらすじと見どころ

作品の概要

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン(1985年) ー Year of the Dragon

監督 : マイケル・チミノ
主演 : ミッキー・ローク(スタンリー刑事)、ジョン・ローン(チャイニーズ・マフィア ジョーイ・タイ)、アリアーヌ・コイズミ(女性キャスター トレイシー)

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン [Blu-ray]
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※ 日本語吹き替えは、安原義人&池田秀一のゴールデンコンビ。ブルーレイ版にやっと収録されました♥

あらすじ

ニューヨークではチャイニーズ・マフィアが台頭。チャイナタウンを中心に犯罪が相次いでいた。
ポーランド系移民のスタンリー刑事は、組織を壊滅すべく、中華系の若い警察官を潜入捜査官として派遣し、ジョーイ・タイの監視に当たらされるが、逆にジョーイに見抜かれ、スタンリーの妻や愛人が標的になる。
果たしてスタンリーはジョーイ・タイを逮捕し、マフィアを壊滅することができるのか。

見どころ

本作の見どころは、主演を演じたミッキー・ローク & ジョン・ローンの若さと美しさにある。
ミッキー・ロークは性愛映画『ナインハーフ』で一躍有名になり、ヒット作を連発。ジョン・ローンも、女性のように怜悧な美貌が注目を集め、大作のオファーが目白押しであった。(後に中国最後の皇帝・溥儀の生涯を描いた『ラストエンペラー』でアカデミー主演男優賞を受賞)

脚本の稚拙さは、しばしば指摘されるが(大人版BL漫画のよう)、完全に破綻しているわけでもなく、最後まで一気に楽しめる。チャイニーズ・マフィアの容赦ない暴力と支配を昔の松竹映画みたいに描き出し、抒情あふれる『ゴッドファーザー』とは実に対照的だ。

ミッキー・ローク、ジョン・ローン、両者のファンなら必見の秀作である。

『21世紀は中国の時代』 早すぎたマイケル・チミノ監督の予見

映画『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』は、1985年、人気沸騰だったセクシー俳優ミッキー・ロークと、京劇出身の美男俳優ジョン・ローンを主役に迎え、ベトナム戦争の悲劇を描いた『ディア・ハンター』でアカデミー賞を受賞したマイケル・チミノ監督が移民社会の脅威を描いた意欲作だ。

アメリカが世界最強の勢いを誇り、日本もバブル景気に湧いていた80年代、「21世紀は中国の時代になる」というマイケル・チミノ監督の預言は一笑に付され、誰も中国が米国に並ぶ強国になるとは夢にも思わなかったが、チミノ監督も、一部の識者も、とうにその未来を予見し、米国の地下社会に根を張る中国系マフィアと移民コミュニティを通して、その現実を世に問うた。

しかしながら、今ひとつ盛り上がりに欠けるエンディングと、ミッキー・ロークのお色気のせいで、本作は高く評価されることなく、一部のファンが事実を理解するにとどまった。

そして、そのまま歴史の彼方に忘れ去られ、チミノ監督のキャリアも中折れしてしまったが、この後、中国系マフィアの若きリーダーを演じたジョン・ローンは、ベルトリッチ監督の『ラストエンペラー』でアカデミー賞主演男優賞に輝き、世界情勢も、マイケル・チミノ監督が予見した通りになっている。

世間がチミノ監督を侮りすぎたのか、それとも、チミノ監督が何歩も先を行きすぎたのかは分からないが、本作を見れば、社会の奥深くに根付いた移民コミュニティがいかに国家の脅威となるか、理解できると思う。

今、欧米諸国も移民・難民問題で揺れているが、歴史をひもとけば、いつの時代も、動乱の引き金は侵略だった。

かつてはそれが武力で行われ、現在は、経済(貨幣と権利)が大きな影響力をもつ。

人間はみな平等であるが、文化が違えば摩擦が生じ、数で勝れば脅威となる現実を、もっとシビアに考えるべきだろう。

ちなみに、あなたは誰かが家の中に土足で入ってきたら、不快に感じるタイプだろうか。

もし、失礼・無礼と感じるならば、他文化の人間と暮らすのは無理である。

【画像で紹介】 作品の見どころ

物語は中国の正月のお祝いから始まる。

『ここはアメリカ』のはずなのに、一帯は完全に中国化して、どこの異国に来たのかと目を見張るほどだ。
それだけ中国系移民の文化、生活、経済力が、アメリカ社会にも深く根を下ろしている証でもある。

そんな祭りの最中、和やかにランチを楽しむチャイニーズ・マフィアのドンに刺客が差し向けられる。
ドンは死亡し、中華街で盛大な葬儀が催される。

そんな中、身を賭して、中国系移民社会の闇に切り込もうとする一人の女性の姿があった。
人気ニュースキャスターのトレイシーだ。
彼女もまた中国系移民の二世だが、底辺の移民とは異なり、社会的に成功している立場である。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

そんなトレイシーに目を留めたのが、問題の地区に新しく配属されたスタンリー刑事だ。
彼もまたポーランド移民であり、米国ではマイノリティの側である。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

殺害されたボスの跡目を継いだのは、中国人社会の若きリーダー、ジョーイ・タイ。
ジョン・ローンの美貌が冷酷なヤング・マフィアのイメージにマッチして、氷雪のように際立つ。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

アメリカ社会に深く根を下ろした中国人移民の存在を象徴するワンショット。
米国であって、もはや米国ではない現実が描かれている。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

スタンリー刑事は、事件の真相を追うべく、単身、チャイニーズ・マフィアの中枢に乗り込むが、言葉も、外見も、価値観も、風習も、何もかもが異なる移民の集団に圧倒される。
彼らはれっきとした米国民でありながら、超法的な態度を取り、独自のルールで、移民社会を治めていた。

数千年来 中国人は警察にはたよらない

捜査に行き詰まったスタンリー刑事は、同じ中国系移民であるトレイシーに協力を要請する。
知的な美人キャスターを演じるアリアーヌ・コイズミさん、お父さんが日本人で、お母さんがオランダ人のハーフだそう。
現代でも十分に通用する、個性的な美貌です。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

スタンリー刑事は、中国系の若い警官をスパイとして送り込み、ジョーイらの会話を登頂させる。
トレイシーが勝ち組の象徴なら、若い警官は「真面目で、平凡な、その他大勢」の象徴であり、大半の中国系移民はこちらに属する。
そして、移民同士、あるいは、自国民 VS 移民の争いに巻き込まれ、命を落とすのは、彼のように真面目な移民なのだ。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

やがて、スタンリー刑事とジョーイ・タイの対立は、家族やトレイシーの命も脅かし、スタンリー刑事は窮地に追い込まれる。
だが、近日中に、ジョーイ・タイが麻薬密輸の取引を手がけることを知ると、スタンリー刑事は命をかけて取引現場に潜入する――。

このラストシーンが、案外、拍子抜けだったのと、ジョン・ローンが女形のように美しく、ミッキー・ロークも刑事とは思えない官能的な魅力から、社会派アクションというよりは、”男たちの挽歌”といった印象で、女性ファンはうっとり大満足、男性ファンは肩透かしを喰らう、中途半端な幕切れになってしまった。

実際、映画評の中には、ジョーイ・タイとスタンリー刑事は同性愛だったのではないかという指摘もあり、なるほどと納得させられる。

男同士の友情というか、池上遼一風・ヤクザ漫画として見れば、非常に楽しめる一作である。

○○はこちらの作品にも出演しています

賛否両論 中国系移民からのクレーム

映画Wikiによると、本作に対して、アメリカ在住の中国人移民から、人種差別ではないかとクレームがあったようだ。

監督のチミノは、Jeune Cinémaとのインタビューの中で、以下のように話している[7]。

この映画は人種差別を扱っていますが、人種差別を推奨するための映画ではありません。
このような問題を扱うにあたって、人種差別の傾向を明かしていくことは必要となります。
かつてアメリカに移住した中国人が経験したように、周辺的な地位に追いやられるということは我々にとっても初めてでした。
そのことについて、人々は、あまりにも無知なのです。
実際1943年まで中国人にはアメリカの市民権が与えられなかったことに、現在のアメリカ人たちは驚くでしょう。
彼等は妻をアメリカに連れて行くことすら許されなかったのです。
クォンがスタンリーに話したことは、称賛されるべきなのです。
これらの理由から、中国人はこの映画が大好きです。
そして、記者たちの批判は、これらの悪い事実を知られたくないところからきているのでしょう。

同様のエピソードに、イタリア系移民を描いた『ゴッドファーザー』が挙げられる。
ドン・コルレオーネとイタリアン・マフィアの絆を描いた名作にも、イタリア系移民、ついでに、本職の方からもクレームが入ったのは有名だ。
ある意味、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』は、ゴッドファーザーの中国版であり、スタンリー刑事が幹部とオフィスで話し合う場面などは、ドン・コルレオーネの執務室をどこか意識しているように感じる。
衣装も、ドン・コルレオーネが黒色スーツであるのに対し、本作は白色スーツで統一。
それがまたアジア系の容貌にぴったりマッチして、どこから見ても池上遼一の世界である。

しかし、本作をじっくり見れば分かるが、決して中国移民そのものを批判しておらず、文化習慣の違う異国人が大勢で移り住み、政治、経済、文化、あらゆる分野に深く入り込むと、第二の国ができますよ、という現実を如実に描いている。

では、なぜ中国がクローズアップされたかといえば、「華僑」に代表されるように、中国人のコミュニティは世界の津々浦々に広がり、身内同士で強固に結びついているからだ。
日本人在住社会のように、自分たちと所属が違えば、皆で無視する、というお国柄ではない。
たとえ貧しい山村の出身であっても、同胞と分かれば大切にし、生活の面倒を見たり、コネクションに加える文化風習がある。
そうした血族的なコミュニティは、イタリア系移民のように根強く、長続きする。
だから、母数が増大すると、脅威になりやすいのだ。

たとえば、日本人が1000万人、海外に移住したとしても、他国を脅かすような脅威にはならないだろう。
何故なら、日本人社会は、いっそう偏狭な身内社会であり、たとえ同じ日本人であっても、自分たちと違うものは徹底的に排除するからだ。

そう考えると、いつの時代もしぶとく生き残るのは、血族の繋がりを重視する民族で、経済力も基礎学力も、血の繋がりには勝てないと感じる。

参考記事 : 映画と原作から読み解く『ゴッドファーザー』人生を支える第二の父親

映画史上、初めて女性の騎馬位を描いた

真面目な話、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』は、初めて女性の騎馬位を描いた作品でもある。(映画評にそう書かれていた)

以前は、女性が男性の下になるのが当たり前、女性が男性の身体にまたがって、自ら性を楽しむような描写は皆無だった。(存在したかもしれないが、メジャー作では見たことがない)

しかし、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』を皮切りに、女性の騎馬位が積極的に描かれるようになり、20世紀後半のウーマンリブの時代を象徴するような作品でもあった。

ちなみに、アメリカのポルノ業界では、女性の嫌がる演出は御法度であり、一般の映画ファンにとっても、女性が一方的に男性に組みしだかれる演出よりは、女性の方から積極的に絡む演出の方が抵抗が少ないように感じる。

本作では、人気ニュースキャスターであるトレイシーは、都会の夜景が一望に見渡せる、厳重警備のペントハウスの上階に住み、インテリアも、寝室、リビング、浴室まで、すべて一続きというお洒落な作り。特に、居室の続きに浴室があり、ガラスの仕切りも何も無い設計にはびっくりしたが(このインテリアは本作で堪能して欲しい)、米国にとっても、本作が公開された頃が一つの絶頂であり、変わり目だったのだろう。

数十年を経て、マイケル・チミノ監督の預言が現実になり、女性と男性の在り方も1980年代から大きく変わったのも感慨深い。

【コラム】 移民社会は国家より強し

同族の結びつきは、国家よりもはるかに強い。

私の周囲にも、国境をまたいで交流するコミュニティはたくさんある。

親族一同は言うに及ばず、ビジネス、文化、娯楽、等々。

彼らの行動を見ていると、もはや国境などあってないようなものだし、国家も単なる枠組みでしかなく、基本は家族、もしくは同族、血の繋がりと文化的バックボーンこそ人生の礎と感じる。

思えば、『ゴッドファーザー』に描かれたマフィアの所業も、元はといえば、圧倒的なカリスマ性と実行力を備えた青年ヴィトー・コルレオーネが、立場の弱いイタリア移民の同族の悩みを聞くことから始まった。世知に長けたヴィトーは、「界隈で幅をきかせていたファヌッチを倒した」という噂と相成って(実際に射殺した)、頼もしい相談役となり、イタリア系コミュニティの信望を集めるようになる。やがてその繋がりは組織化され、問題解決の手段に暴力が使われるようになった。

だが、それは、ドン・コルレオーネやイタリア系移民に限った話ではなく、どこのコミュニティにも方々に顔の利くリーダーがいて、開店資金を都合してくれたり、仕事を斡旋したり、地元のチンピラとの揉め事を仲介したり、あれこれ世話してくれるものだ。

だが、そうした世話も、完全無償というわけではなく、貸借には義理と忠義がつきまとうし、裏切りには報復が待っている。

意図して組織化しなくても、自ずと上下関係は生まれるし、人情から断り切れないこともある。

やがて手段が過激化し、いわゆるマフィアと化すのも、最初は面倒見でしたことが、だんだん縄張り争いや権力闘争、恨み辛みに取って代わるからだろう。

そう考えると、移民社会の結びつきも紙一重。

どの民族がどう、という問題ではなく、同族で強固に結びつき、利益誘導に走れば、誰でもそうなっていくのだと思う。

政治においては、理念よりも『数』の方がはるかに強い。

真n脅威は、異なる文化や価値観ではなく、『数』そのものではないだろうか。

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