映画『Wの悲劇』と薬師丸ひろ子
作品の概要
Wの悲劇(1984年)
監督 : 澤井信一郎
主演 : 薬師丸ひろ子(静香)、三田佳子(大女優・羽鳥翔)、世良公則(静香の恋人・森口昭夫)、高木美保(静香のライバル・かおり)
あらすじ
劇団「海」の研究生、静香(薬師丸ひろ子)は、次回公演『Wの悲劇』のオーディションを受けるが、主役に選ばれたのは、かおり(高木美保)だった。静香はプロンプターとして好演に同行するが、ある晩、大女優・羽鳥翔の部屋に呼び出され、身代わりになって欲しいと告げられる。なんと愛人の堂島が腹上死してしまったのだ。怯える静香に、羽鳥翔は「あなた役者でしょ?」とけしかけ、上手く隠し通すことができたら、見返りとして東京公演の主役に据えることを約束する。静香は羽鳥翔の身代わりとして記者会見にのぞみ、羽鳥翔は約束通り、かおりを降板させ、静香を主役に抜擢する。
東京公演は大成功に終わり、何もかも上手くいったように見えたが、真相を知ったかおりは激情し、劇場裏で静香に襲いかかる――。
見どころ
本作は、高倉健主演のアクション映画『野生の証明』で一躍有名になり、清純アイドルとして国民的人気を博した薬師丸ひろ子の「卒業公演」として制作されたメモリアル映画。
千葉真一主演の娯楽ファンタジー『里見八犬伝』では真田広之とのラブシーンを体当たりで演じ、大人の女優に一歩近づいた薬師丸ひろ子が、アイドルの少女時代に別れを告げ、大人の世界に旅立っていく過程を主人公・静香に重ねて描いている。
本作の見どころは、夏樹静子のミステリー小説『Wの悲劇』を劇中劇として取り入れ、静香が大女優・羽鳥翔の身代わりとなる現実と舞台の筋書きが一致している点。
舞台『Wの悲劇』では、娘・摩子が祖父殺しの真犯人である母の身代わりとなり、母がその苦しい心中を告白する。それらの台詞が、現実と重なり、あたかも女優・羽鳥翔が己の過ちを舞台上で告白するような演出になっている。
またシャウト系人気歌手の世良公則が、本作では心優しい恋人役を演じ、「顔をぶたないで! 私、女優なんだから」という薬師丸ひろ子の台詞は本作のキャッチコピーにもなった。
主題歌の『Wの悲劇』も大ヒットし、薬師丸ひろ子に対する制作スタッフのなみなみならぬ思い入れを感じる傑作である。(昨今の使い捨てアイドルと違い、周りの大人が大事に育てた)
ちなみに記者会見の場面では、当時、人気のあった梨本勝氏をはじめ、本職の芸能リポーターがカメオ出演しており、実戦さながらの迫力に、薬師丸ひろ子は本気で泣いたそう(当時の週刊誌のインタビューで答えていたのが記憶に残っています)
三田佳子の女優魂が光る名場面
今の若い人たちは、三田佳子がどれほど巨大な存在だったか、まったく知らないし、想像もつかないだろう。
誰も彼もが小粒になって、『大女優』という肩書きさえ陳腐に思える現代において、三田佳子はまさに国民的女優、女王の中の女王、存在そのものが大女優という、希有な存在だった。私生活のスキャンダルさえなければ、今も昭和の名女優として仰ぎ見られていただろう。
そう考えると、本作の後、羽鳥翔の役回りを彷彿とするようなスキャンダルが発覚し、大女優の地位を追われたことは、運命的でもある。
それでも三田佳子の存在感は圧倒的だし、脚本も上手い。
本作では、長年の愛人であり、パトロンでもある、大物経済人の堂島が情事の最中に腹上死してしまう。
スキャンダルを恐れた翔は、従順そうな静香に目を付け、「あなたの部屋で死んだことにしてくれる?」と身代わりを申し出る。
「わたしにできるかしら・・」と静香が躊躇すると、翔は静香の肩を掴み、「できるわよ! あなた、役者でしょ? 演技するの!」と説得する。
それも大女優が新人女優に発破をかけるような印象で、非常に力強い。
新劇の研究生だったら、生活も苦しいだろうし。
才能があったってさ、演出家が気に入らなきゃ、役だってもらえないんだもの。
チケットもいっぱい買ってもらって、ね、でなきゃ、役なんか付かないでしょ。
チケット買ってやるから、どうはらりょうぞうに迫られたんだろう、って、非難はこの人に集中するわ。
私があなただったらな。でも、駄目なの。私、もう有名だから。スターなんだもん。
すきあらば引きずり下ろそうってさ、皆で待ち構えて
あ~~もう私、駄目だわ、おしまい……
ただの女になっちゃう。
ねえ、あなたの部屋で死んだことにしてくれない?
あんた摩子やりたいんでしょ。
やらせてあげる。約束する。信じて。
そうよ、スキャンダルを逆手にとるの。一生恩に着る。
あなた、オーディションに落ちたこと、わかってないの?
女中役好きなの?
チャンスなのよ!
彼を運んでさ、フロントに電話して、芝居すんのよ。嘘を演じるの。
また、長年の友人である俳優・五代淳(三田村邦彦)に、酔った弾みで愛人騒動の真相を語って聞かせ、「この世界は浮いたり、沈んだり……絶対に沈んでたまるもんですかと、まるで自分に言い聞かせるような鬼気迫る台詞も素晴らしい。(後に本当に私生活スキャンダルで失脚することを思うと、いっそう胸に迫る)
だが、なんと言っても、実感がこもっているのは、静香を東京公演の主役に据えるため、渋るスタッフらに強く言い聞かせる場面。
私生活と舞台とどんな関係があるの。
私生活がきれいじゃなきゃ、舞台に立つ資格がないとおっしゃるの?
それじゃ、どなたかしら、舞台に立つ資格がおありになるのは
みんな、資格なんか、無いんじゃないの?
そして、有名な、「女、使いませんでした?」
でも、お金がない、アルバイトしていると、稽古が出来ない。
そんな時、女、使いませんでした?
私はしてきたわ。
あたしが今、この舞台に立てるのも、楽屋が花でいっぱいになるのも、あたしを抱いてくれた男たちのおかげかもしれない。
身に覚えのある、やすえさん……
この場面も、大女優から若手へのエールという感じで、すごく実感がこもっている。
22年前のあたしなの。そうやって芝居を作ってきたんじゃないの。
みな、心の真ん中で、芝居を作る為だと思いながら
あたし、この子を止めさせるんだったら、あたしも退団するわ。
翔の恫喝はさらにエスカレート。
舞台後、スタッフの前で、かおり(高木美保)の演技をコテンパンにこき下ろし、静香を後押しする。
「摩子役、誰かに変わってくれなきゃ、東京に行かないわよ」。
わがまま大女優って、本当にこんな感じなのかしらーと、溜め息。
こうして、静香はまんまと主役の座を射止めるが、真相を知った恋人の森口昭夫(世良公則)は激怒し、思わずビンタを食らわせてしまう。
そして、有名なあの台詞。
顔をぶたないで。あたし、女優なんだから
そして、念願の初舞台。緊張で固くなる静香に、翔が励ます。
この場面の、女優! 女優! 女優! という台詞も、女優・三田佳子の実感がこもっていて素晴らしい。
勝つか負けるかよ、いい?
だが、静香と羽鳥翔の策略は、五代淳の裏切りと、かおりの恨みによって崩壊。
泥をかぶった静香はぼろぼろに傷つき、退団を余儀なくされる。
そんな静香を、恋人の森口は親身に支えようとするが、
「そうしろよ。してくれよ」
「したいけど、でも、できない」
「どうして」
「駄目になっちゃう もっと駄目になっちゃう
自分の人生をちゃんと生きなくちゃ、舞台の上のどんな役も生きられない、って
やっと女優に憧れてた馬鹿な女の子が分かったんだから
だから、二人じゃなくて、一人でやり直すの」
「芝居、やめないのか」
「あなたは自分を見つめてるもう一人の自分がいやで芝居をやめたんでしょう。
私はもう一人の自分って厄介だけど、でも、付き合っていくわ」
「じゃあ、これが俺たちの千秋楽か」
「もう一人の自分が、泣いちゃいけないって……ここは笑った方がいい、って」
ラストの笑顔は何度観ても魅力的だ。
静香のカーテンコールは、国民的アイドル・薬師丸ひろ子の、少女時代との決別でもある。
この作品を転機に、大人の女優に転身を遂げ、息の長い役者としてキャリアを積み上げることができた。
薬師丸ひろ子といい、原田知世といい、当時の角川事務所は、若いアイドル女優を本当に大切に育てたと思う。
大ヒットとなった『Wの悲劇』も、歌詞、メロディとも素晴らしいので、ぜひ視聴して頂きたい。(歌も上手いです)
初稿 2009年11月4日