なみだは にんげんのつくることのできる 一番 小さな海です ~寺山修司の海の詩

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寺山修司の海の詩

寺山修司の詩集『少女詩集』『ロング・グッドバイ 寺山修司詩歌選 (講談社文芸文庫)』から、海に関する詩を紹介しています。

なみだは にんげんのつくることのできる 一番 小さな海です

一ばんみじかい叙情詩

なみだは

にんげんのつくることのできる

一番 小さな海です

ロング・グッドバイ 寺山修司詩歌選 (講談社文芸文庫)

なみだが人間の作る一番小さな海だとしたら

この世界は誰の涙でできているのだろう

そして、その人はなぜ泣いているのか

嬉し涙か

人の世を嘆き悲しんでいるのか

涙が渇く時

わたしたちの世界も消える

ほんの一瞬 頬を伝う間の

つかのまの夢

*

人生の初めにどんな作家に出会うかで、その人の人生の価値も変わってしまう。

というのは、決して言い過ぎではなく、

本当の話だ。

私は人生の初めに出会ったのが寺山修司で、非常に幸運だった反面、不幸にもなった。

彼はさんざん私を振り回した挙げ句、人生最高の贈り物をした後に、くるりと背を向けて、去って行ったからだ。

それでも、背表紙を見ながら、時々、思う。

もし、人生の初めに出会ったのが、寺山修司ではなく、他の誰かだったら……

そして、この詩に出会わなかったら……

私の人生も大きく違っていただろうし、ずっと一人だったと思う。

『ことばを友だちに持とう』と教えてくれた、寺山氏。

『書を捨てよ、町を出よう』とそそのかした、寺山クン。

思えば、寺山修司の本だけが、ずっと変わらぬ理解者だった。

世界中で、唯一人、私がやろうとしている事も、私が成し遂げた事も、理解してくれる人だった。

遠くに、カモメの鳴き声を聞きながら、いつも思う。

この詩の後を追いかけて正解。

そして、本当に奇跡は起きたのだ、と。

つきよのうみに

つきよのうみに いちまいの
てがみをながして やりました

つきのひかりに てらされて
てがみはあおく なるでしょう

ひとがさかなと よぶものは
みんなだれかの てがみです

初めてこの詩を読んだ時

世の中には、何と美しい者の考え方をする人がいるのだろうと

感動すると同時に、戦慄したもの。

その言葉づかいに。

それ以前に、私にとって、寺山サンは、過激な言葉で若者を煽動する「家出人の教祖」だったので、

こんなロマンティックな詩をお書きになるとは夢にも思わず、

余計で美しさが胸に響いた理由も大きい。

それから、長いこと、寺山修司という人は、本当に実在したのかと、しばしば思い巡らせることがあった。

あまりに変幻自在で、扇動家と詩人が同居しているような、多面な人だったからだ。

もしかしたら、「寺山修司」という看板の下に、作詩担当とか、社会批評担当とか、

何人もの自称・寺山ライターが存在して、

中世のルネサンス工房みたいに、皆がいろんな原稿を持ち寄って、

「寺山修司」という一人の創作家を作り上げてるんじゃないかと想像したりもした。

一人の才能が信じられなかったのではなく、

優しさと過激さが同居しているのが、何とも不思議だったからだ。

しかし、どちらか一方の性質しか持たない人間など有り得ないように、優しい寺山サンもいれば、扇情家の寺山氏もいる。

どちらも本当で、どちらも正しく、ふとした瞬間に、こんな詩も書けてしまうのが、人間の不思議であり、文学の奥深さであろう。

自称・作家は大勢いるけれど、本物の作家は数えるほどしか無い、と思っている。(有名人も含めて)

その稀少な存在の一人が、寺山修司だ。

他の自称・作家と、どこが違うのか、分からなければ、彼の詩集と、社会批評と、同時に読み比べてみたらいい。

社会、人生、芸術、恋愛、いろんなテーマで、ここまで書ける人など、今の日本にも存在しないから。

そして、コラムと、詩と、一見、筆致は違うけれども、その根底に流れているものはみな同じ。

そこに触れたら、二度と離れられなくなるのが、寺山修司の魅力だと思う。

【追記】

この詩は、月の光に照らされて、手紙が『青く』なる箇所がいい。
月の光といえば、黄金をイメージするけども、ここで語られるのは『青』のイメージ。暗い水、夜の海、淋しさ、静けさ。
手紙は多分、片思いの恋文だろう。
行き場がないから、海に流す。海に流せば、すべては洗われて、この世のどこかに通じる所があるから。
夜の海には、そんな魚がいっぱい。
人の数だけ、悲しみと淋しさがある。

ぼくが死んでも 歌などうたわず

ぼくが死んでも 歌などうたわず
いつものようにドアを半分あけといてくれ

そこから 青い海が見えるように

いつものようにオレンジむいて
海の遠鳴りを教えておくれ

そこから 青い海が見えるように

大学時代にネフローゼ腎症を患って、47歳で急逝してしまった寺山氏の人生を思うと、死は残酷というより、詩人の性分の方が生命よりはるかに荒々しい印象がある。

命あるうちに、全部、書かなきゃ……という感じ。

そして、実際、その通り。

一字一字に命を刻んで、紙に全部、吸い取られてしまった。

この詩は、まだ若い時分に書かれたものなので、死も遠い夢のように綴られている。

どこかで死の足音を聞きながら生きていくのも、決して楽な人生ではないけれど、死がまた様々な霊感を与えてくれるのも真実で、ある意味、死神に魅入られた人は、常人には成し遂げられないような事をやってのける能力を得る。

だからといって、自分も死神と仲よくしたいとは思わないけれど、こんな素敵な詩が書けるなら、一度はその鎌の下をくぐるのも悪くないような気がする。

かなしくなったときは

かなしくなったときは 海を見にゆく
古本屋のかえりも 海を見にゆく

あなたが病気なら 海を見にゆく
こころ貧しい朝も 海を見にゆく

ああ 海よ
大きな肩とひろい胸よ

どんなつらい朝も どんなむごい夜も
いつかは終わる

人生はいつか終わるが
海だけは終わらないのだ

かなしくなったときは 海を見にゆく

一人ぼっちの夜も 海を見にゆく

海は生きとし生けるもの、すべての故郷にも書いたように、私たちが海を懐かしむのは、かつて、そこに棲んでいたからだという。

森林浴すると、生き返ったような気持ちになるのと同じ。

私たちの身体の中には、今も、海と同じ成分や呼吸が刻まれている。

『水は全てを洗い流す』というけれど、海の大きさはそれ以上。

海を前にして、ほんの一瞬でも、無の境地をを感じない人の方が少数だろう。

だが、悲しいかな、人は二度と海に還ることはできない。

母の胎内から生まれた人間が、二度と母の胎内には戻れないように、人もまた進化の過程を遡って、海に還ることは叶わない。

海を前にして、心洗われるような悦びを感じる反面、どこか淋しい気持ちになるのは、どれほど求めても、もう二度と、そこに還ることはできないと知っているからだろう。

海について語った詩は、どれも露草色。

次の朝には、はらりと散るような儚さがある。

どうやっても不器用な人間がいる。

ああしなさい、こうしなさい、頭では分かっていても、どうしても、そうできない人たちだ。

そういう人にとって、心の拠り所は何だろう。

どこかに救いはあるのだろうか。

そんな時、私たちの足は自然に海に向く。

果てしない広がり。

規則的な波の音。

昔そこに住んでいた記憶が

安らかだった時代を思い出させてくれるからだろう。

何の悩みもなく、痛みもなく、

まだ魂しか持たなかった頃

海の揺りかごに包まれた

優しい時間を。

そして、いつかはそこに帰って行ける。

一つの海に繋がれたように。

私たちは、あの果てしない水の向こうで生まれ、

ほんの一時

この世を体験するに過ぎないのだ。

【追記】

この返歌として書いたのが、「【海を想う人の詩】 海が美しいのではなく 海を想う人の心が美しいのだ」。

海なんて、誰の目にも美しく見えるものではない。

ああ、波が荒れてるな……としか感じない人もあれば、機械油でギトギトになった港を見ても何とも思わない人もいる。

海は、それを見る人の心の鏡であり、それ自体が何かを物語るわけではない。

だから、海をどう表現するかを見れば、その人の心が分かる。

海が美しいのではなく、海を想う人の心が美しいのだ。

どんな詩人が
自分の書いた海で
泳ぐことができるというのだろう

自分の書いた言葉に、潜ったり、溺れたり。

真珠 ~この大切ななみだを だいじにとっておきたい

もしも あたしがおとなになって
けっこんして こどもをうむようになったら
お月さまをみて
ひとりでになみだをながすことも
なくなるだろう と
さかなの女の子はおもいました

だからこの大切ななみだを
海のみずとまじりあわないように
だいじにとっておきたい と
貝のなかにしまいました

そして さかなの女の子はおとなになって
そのことを忘れてしまいました

でも 真珠はいつまでも 貝のなかで
女の子がむかえにきてくれるのを
まっていたのです

さかなの女の子 それは だれだ?

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参考記事→ 寺山修司の『時速100キロの人生相談』~高校生の悩みに芸術的回答~

初稿 2010年1月8日

誰かにこっそり教えたい 👂
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