「水深数千メートルの海底って、どんな世界?」
第2章 採鉱プラットフォーム
「真っ暗だよ。あらゆる波長の光が吸収され、強い投光器で照らしても、目視できるのは、せいぜい半径十メートルほど。音もなく、色もなく、生き物もほとんど見かけない。でも、地上よりはるかにダイナミズムにあふれた世界が広がっている。人間が介在しない、ありのままの自然だ」
『海洋小説 MORGENROOD -曙光』では、潜水艇パイロットのヴァルター・フォーゲルが深海で活躍します。元々、『海洋土木のエキスパート』という設定だったのですが、深海と潜水艇の場面を描写するにあたって、土木の専門家より、潜水艇パイロットそのものの方が説得力があると気付き、職業変更しました。
深海を描くにあたっては、このページで紹介している、地球物理学者の堀田宏先生の著者が大いに役立ちました。一般的に、深海をテーマにした著書は稀少で、専門家向けのガチガチの技術書か、エッセイ本が主流で、その中間ぐらいの本を見つけるのが非常に難しかったんですね。
その点、堀田先生の本は、海洋科学に興味を抱いた万人向けに書かれていて、理論や技術の部分もきっちり盛り込まれ、とてもバランスの良い科学読本に仕上がっていました。
文章からは、真面目で優しいお人柄も窺えて、海洋科学技術センター(現在のJAMSTEC)の一般公開の日にお会いしたのですが(詳しくは下巻のあとがきに書いています)、本当に文章通りの方で、先生の励ましなしにはここまで書けなかったと思います。
思いがけなく急逝されて、完成稿を見せることは出来ませんでしたが、海の深みから楽しんで頂ければ・・と今も願っています。
ちなみに、本書の冒頭に献辞として記している「想像力で潜る」という言葉は、執筆前、堀田先生に言われた言葉です。
「あなたは実際に深海に行かないと書けないの? そうじゃないでしょう。あなたは人間を書くのが仕事でしょう。想像力で潜るんだよ」と。
深海底から見た地球 ~堀田宏氏の著書より
私が深海に興味を持ったのは、日本の海洋科学の第一人者である堀田宏先生の著書『深海底からみた地球』がきっかけです。それ以前も、海洋科学の本はたくさん読んでいましたが、どれも専門家向けの難解な内容で、概要を理解するのが精一杯。とても「親しむ」という気持ちにはなれなかったのですが、堀田先生の著者は一般向けに分かりやすく解説されていて、しかも世界観が優しい。科学者でありながら、どこかロマンチストで、書籍の内容も、学研の科学シリーズを彷彿とさせる明るさと楽しさ。
やっと探し求めていた本に出会えた、みたいな心境でした。
「科学の人でありながら、詩人」というヴァルター・フォーゲルのキャラクターは、堀田先生と深海の著書にインスパイアされました。
『はじめに』の部分を紹介します。
「海」という言葉は、私たちにとって身近なものであり、その言葉からは白い砂浜の向こうに続く、青々とした海原を思い浮かべる人が多いであろう。そして、その海のなかでは、上からサンサンと注ぎ込む明るい太陽の光にキラキラと鱗を輝かせ、群れをなして泳ぐ魚たち、あくまでも透きとおる海の水……。
ところが、海の水はけっして透明ではない。これが数十メートルもの深さともなれば底を見ることは難しい。その様子は、少し高い崖の上から海を見たり、飛行機で海岸近くを飛んでいる時に下を見ると、波打ち際の底は見えるが、すこし離れると海面だけしか見えないことから察しがつく。
最近は、さらにずっと離れて宇宙空間から見た地球の姿を目にすることがある。それは、暗い闇のなかに浮かぶ白いレースをまとったような青く美しく輝く天体である。その青さの大部分は、いうまでもなく地球の表面の約七割を占める海のものであり、白い模様は雲である。いずれも水であるから、いかにも黒々とした大地を思わせる「地球」というよりも、「水球」とよばれるほうがふさわしい天体である。しかし、不透明な水におおわれたこの姿からは、地球の素顔をうかがい知ることはできない。
では、海はどれくらい深いのであろうか? 答えは、平均で約3800メートルである。また世界で最も深い所は、日本からはほぼ真っ直ぐ南に約2400キロメートル離れたマリアナ海溝のなかにあり、深さは10924メートルである。
このように海は意外に深く、単に陸地が水におおわれたものとはいえないのであり、地球の正体はこの深い海の下に潜んでいるのである。したがって、この深い海を調べ、そこでの自然現象やその仕組みを知ることは、私たちが住む地球を正しく理解し、今後、その自然となじんで地球上の生態系の一部として、生きのびていくためには欠くことのできない大切な仕事である。
この美しい地球を大切に、そしてそれを愛する心が今、求められているのである。
地球物理学者 堀田宏
書籍案内
深海底からみた地球 〈「しんかい6500」がさぐる世界〉
潜水調査艦「しんかい2000」「しんかい6500」を駆使し、深海底研究の最前線で長年活躍してきた地球物理学者が、生まれたばかりの海底、衝突し、沈み込む海底など、ダイナミックに躍動する現場をレポートし、地球の謎の解明に挑む。
深海に挑む
地球表面の約70パーセントを占めている海の中で、光が差し込むことができない約200メートルより深い海を深海という。その深海について、海洋科学技術センターが行ってきた様々な実験や調査を紹介。
【動画】深海調査の世界
地球最後のフロンティア『深海』の謎に迫る科学ドキュメンタリー。
支援船、水中無人機、有人潜水艇など、様々な機材を投入して、水深数千メートルの世界に挑みます。
昨今の支援船は高度なITシステムや実験室を備え、さながら洋上のラボラトリです。
アメリカの海洋調査チーム『Nautilus』の2019年度のハイライト。
深海に生息するユニークな生き物や、活動中の海底火山から湧き出るバブル、熱水噴出孔など、一般にもお馴染みの自然現象が満載。
参考になる記事
「しんかい6500」 潜航記(自然科学のとびら) 山下浩之(学芸員)
しんかい6500の潜航調査やオペレーションの様子が詳しくレポートされています。
6,500m潜水調査船「しんかい6500」/支援母船「よこすか」システム誕生物語
耐圧球の材料、潜航深度、小型・軽量化の努力、観測窓の配置など、設計から製造に至るまでの過程が詳しく解説されています。
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想像力で深海に潜る ~耐圧殻の中で
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頑なで、人付き合いの苦手なヴァルターが、初めてリズに心を開く印象的な場面です。
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上記のエピソードは『第2章 採鉱プラットフォーム』に収録されています。