映画『しあわせへのまわり道』
作品の概要
しあわせへのまわり道 - Learning to Drive (運転を学ぶ。自動車教習の意味)
主演 : パトリシア・クラークソン(ウェンディ)、ベン・キングスレー(インド系の教官・ダルワーン)
混乱するウェンディの所にやって来たのは、その時、タクシーの運転手だったインド系アメリカ人のダルワーンだ。彼女がタクシーの中に置き忘れた物を届けてくれたのだ。
お礼に、ウェンディはダルワーンの自動車教習を受けることになる。
車の運転を学ぶうち、ウェンディは次第に落ち着きを取り戻し、また、ダルワーンも見合い結婚して、新たな人生を始める。
人生もドライブの如く
本作は、何人かのレビュワーも書かれているが、若い人が見ても良さは分かりにくいと思う。
だが、ある年代を超えると、本作に散りばめられたウィットやユーモアが理解できるようになる。
特にこだわりがなければ、吹替え版から見ることをおすすめする。
声優さんも上手だし、字幕では伝えきれないメッセージをストレートに表現してくれるからだ。
ドライブは人生の如く ハーブ・アルパート『ルート101』と六田登『F』 ~自分の走りを見失わないにも書いているが、車の運転は本当に人生に似ている。
恐れてもだめ。
競ってもだめ。
いかなる時も自分を見失うことなく、ルールに則って、安全運転を心がけておれば、いつか行きたい場所にたどり着ける。
肝心なのは、最初の一歩を踏み出すこと。
そして、自分を信じることだ。
本作では、教官であるダルワーンが、運動オンチ(?)のウェンディに、車の運転の仕方をあれこれレクチャーする。
それも高圧的に教え諭すのではなく、「周りをよく見て、焦らないで」みたいな内容だ。
だが、その当たり前のことが、車道でも、人生でも実践できない。
誰かに追い抜かれたら、焦って、抜き返そうとするし、歩行者の飛び出し、嫌がらせなど、思わぬ事態に遭遇すれば、激しく動揺して、運転もおろそかになってしまう。
日本の交通標語にも、『注意一瞬、ケガ一生』という名言があるが、本当にその通りで、どれほど強い人間でも、予想外の出来事には、かくも脆いものかと痛感させられる。
人気書評家のウェンディも、これまで順風満帆の人生。大好きな本に囲まれ、仕事でも高評価を得ていた。
だが、本ばかり見て、夫のことは少しも顧みず、ついには愛想を尽かされてしまう。
「結婚って、ずっと続くものだと思ってた」というウェンディの言葉は、既婚者には非常に重いし、「お前はいつもPCばかり見ていて、オレのことなど何も見ようとしなかった」という夫の言葉も重い。
いよいよ、予想外の事態になって、慌てふためいても、もう遅い。
そんな時、私たちはどうやって次の一歩を踏み出せばいいのか。
それをサジェストするのが、本作の醍醐味だ。
初めての運転席に座って、「ダメよ、私には無理」と嘆くウェンディの姿は、私たちも同じ。
こんな時、威風堂々と振る舞える方がどうかしている。
しかし、ダルワーンという等身大の相棒と、日常の些細なことをいろいろお喋りするうちに、ウェンディも心が落ち着き、次第に強さを取り戻す。
ここで肝心なのは、ダルワーンが、いわゆる「グル」でも聖人でも何でもないところ。
むしろ、本人自身は、見合い結婚で同郷の女性を迎え、よくある亭主の如く、奥さんの調理に文句を言ったり、異教に越してきたばかりの女性に「学べ、やってみろ」と偉そうに説教を垂れたり。
ダメというなら、ダルワーンも似たようなものだ。
だからこそ、二人の語らいがフラットな立ち位置で長続きする。
どちらかが上位に立つ会話では、お互いにお互いの言葉が素直に聞けずに終っていただろう。
人生も同じ。
結局、人の心を動かすのは、偉い先生や有名人の言葉ではなく、すぐ隣にいる人の、些細なひと言ではないだろうか。
かくして、ウェンディは車の運転をマスターし、夫なしでも自由に遠出ができるようになる。
ラストの清々しい笑顔は、クリント・イーストウッドの『グラン・トリノ』に通じるところもあり、きっと誰もが救われたような気持になるだろう。
本作は決してお涙頂戴の感動ドラマではないし、主人公の身の上に劇的な出来事が起きて、激しくアップダウンすることもない。
若い人が見て、消化不良を起こすのも分かる気がする。
しかし、中高年――特に既婚者には心に響くエピソードが満載だ。
個人的に一番印象に残ったのは、ぽつんとダルワーンの新居(それも半地下^_^;) に取り残されたインド系の新妻が、とうとう自分で買い物に出掛ける場面だ。
そのアイテムも、男性には頼みにくい、「生理用品」という演出も心憎い。
それがきっかけで、ほとんど引きこもりだった新妻さんの暮らしが変わり、ダルワーンの考え方も大きく変わっていくのだから、改めて日常の繋がりの大切さを考えさせられる。
本作は、大仰な展開はないが、細部まで心が行き届いて、後味もすっきりとした良質なヒューマンドラマだ。
日々の暮らしに疲れた方は、気分転換にご覧になってはいかがだろうか。