1980年代、娘の非行と親子関係をテーマにした『積木くずし 親と子の二百日戦争』という本がベストセラーになりました。
2005年にも再ドラマ化されたので、若いお母さん世代もご存知の方が多いのではないかと思います。
『積木くずし ~親と子の200日戦争~』は、80年代の「ツッパリ全盛期」に非行に走った、俳優・穂積隆信さんの娘さんとの壮絶な日々を綴った自伝です。当時「ヤンキー」と呼ばれる子供の非行に頭を痛めていた親御さんから絶大な支持を得て、人気タレント・高部知子さん主演のTVドラマと共に大ブームとなりました。
その後、娘さんは更正され、一時、家庭内に平和が戻りましたが、皮肉にも「教育評論家(?)」としての穂積さんの名前が高まり、多忙を極めるようになると、「お父さんは私をネタにお金儲けしている」と娘さんの反抗心に再び火が付き、今度は覚醒剤事件で逮捕されるなど、その経緯は決して平坦なものではありませんでした。
お嬢さんは、父・穂積氏の離婚や自身の離婚などを経験しながら、35歳の若さで病死されたのですが、その後の穂積さんの手記を読んでいると、親に伝えたいことが上手く伝わらず、全身で「何か」訴えようとしていたという印象を受けます。
私は穂積さんの著書を全て読んだわけではないですが、親子関係というのはまさに「積んでは崩れ」の繰り返しだと思います。
先日、メールを下さったパパさんのお返事の中に、
一見きれいだけれど線の細ーい不安定な積み木より、マグマのように不揃いだけれど頑丈な積み木を築きたいものですね。
という一文がありましたが、本当にその通りです。
昨今は、親も子供と衝突するのを避けて、「体当たりで、家族を作る」というよりは、
自分たちが、いかに『幸せな勝ち組』であるか。
仲の良い親子で、出来た母親(父親)であるか。
ということを、周囲にアピールする方に気を取られてないでしょうか。
どこの家庭も、大なり小なり問題を抱えているのが当たり前なのに、「周りの人に上手くやっているように見られたい」「いつもニコニコの幸せ家族ではならない」みたいな見栄や思い込みから、本音でぶつかるよりも、表面だけ取り繕う方を選ぶのです。
あるいは、親自身、本音でぶつかり合うのが怖いのかもしれません。
こちらにも興味深い記事があります。
【溶けゆく日本人】蔓延するミーイズム(4)衝突避ける家庭
http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/080207/sty0802070808001-n1.htm (リンクは削除されています)
『積木くずし』の大ヒットにより、穂積さんが「教育家」として名を上げた時、「娘には、それらしく、きちんとして欲しい」という父親の得手勝手な願望をいち早く見抜いたのは、他ならぬ娘さん自身でした。
それが娘さんの気持ちをさらに傷つけ、死を早めてしまったことは、何とも皮肉であると同時に、世の親の弱さ・哀しさを感じずにいません。
今はネットの影響もあり、「私はこういう人間です」と自己肯定するよりも、「周りにこう見られたい」と周りに評価される方が重要で、それは親子関係や家庭作りに関しても同様ではないかと。
でも、家庭とか、親子関係って、もっとドタバタした、みっともないものでいいんじゃないかと思います。
人間が生活する場所なのですから。
『摩擦が多いのは、関係が深い証』と言いますしね。
途中、何度も崩れてもいいから、「一見きれいだけれど線の細ーい不安定な積み木」ではなく、「マグマのように不揃いだけれど頑丈な積み木」を築きたいものですね。
パパさん、素敵な一文をありがとうございました(^^)
コラム子育て・家育て 一日一歩の『ママ哲』 第31号より 2007年5月20日
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